第35話 私の記憶

 真島くんに夢の話をした。

 ユウちゃんが消えてしまったこと。生まれ変わって、また会いたいと言ってくれたこと。最後の別れだったこと。

 真島くんは特に表情を変えることなく、最後まで無言で聞いてくれた。


「だから、もう終わり。ユウちゃん探しは、もう必要なくなった。ごめんなさい」


 言ってて、悲しくなった。

 改めて、これで終わったのだと再認識してしまった。

 せっかく協力してもらったのに、こんな感じの終わり方で申し訳ないと思う。


「良かったんじゃないか? ユウさんが納得して成仏できたのなら」

「……うん」


 そう思うしかない。

 ユウちゃんが、また生まれ変わりたいという前向きな気持ちで天国へ行ったのなら、それは喜ぶべきことなのかもしれない。

 そう思う。

 そう思うのだが……。

 釈然としない気持ちは残る。


「結局のところ、何だったんだろうな? ユウさんが幽霊になった理由」


 そうだ。それもわからない。

 幽霊になってまで、現世に留まりたかった想いがあるはずだ。それは、何なのだろう?

 それだけじゃない。

 ユウちゃんの本当の名前もわからない。

 あの指輪にとり憑いた理由もだ。

 ユウちゃんの記憶は、何一つよみがえっていない。

 記憶が戻ることが、ユウちゃんを助けることになると信じていた。その時こそが、別れになるとも思っていた。

 それなのに、こんなにも唐突に消えてしまうなんて。

 結局、私はユウちゃんの力になることはできなかった。

 友達なのに、助けてあげることができなかった。

 名前を見つけてあげることも、通っていた高校を探してあげることも、幽霊になってまでしたかった想いをかなえてあげることもできなかった。

 何もしてあげられなかった。

 私は、いろいろなものをもらったのに。

 ユウちゃんのおかげで、友達がいる楽しさも、うれしさも知ることが出来た。

 真島くんと仲良くなることができたのも、ユウちゃんのおかげだ。

 お母さんとのわだかまりが解消できたのもそうだ。

 なのに、私は……。

 みじめだ。

 すごくみじめな気持ちでいっぱいだ。


「そんなに、落ち込むな。気晴らしに……遊園地でも行こうか?」

「……あれ?」

「どうした?」

「ううん。なんか、ちょっとデジャヴ……前にも、そんなフレーズを聞いたような気がしたから……」


 小降りだった雨が、いつの間にか止んだようだ。

 視界が少し、明るくなったような気がする。


「雨、止んだな」


 真島くんがさしていた傘を閉じ、空を見上げる。

 つられて、私も見上げた。まだ雲は広がっているが、所々、青空が顔を出している。


「あ、あ、あ……」


 頭の中に、ある映像が浮かぶ。

 幼かった自分の頭を撫でて、母が「そんなに落ち込んでないで、気晴らしに遊園地でも行く?」と言った。

 私は下を向いて、泣いていた。

 手に、あのおもちゃの指輪のケースを持って……。


「どうした? 里山?」

「あれ? あれ? あれ?」


 なんでだ?

 なぜ、指輪を持って、泣いている? 大事そうに、両手に包んでいる。

 拾ったものだなんてとんでもない。もっと、大事で、思い入れの強いものだったはずだ。

 何に落ち込んでいた? なぜ、泣いている?

 ああ、なにか思い出せそう。

 幼い頃……落ち込んでいた……指輪……遊園地……。

 隣の県にある大型遊園地……いや、そうじゃない。結局は行かなかった。

 なぜ、行かなかった? いや、違うところに行ったはず……。

 

「馬鹿だ……私は馬鹿だ……」


 間違っていた。そもそもが違っていた。

 ごめん。

 ユウちゃん、ごめんなさい。


「……里山?」


 真島くんが心配そうな顔を向ける。


「これは私の問題……私が記憶を取り戻さなければいけなかった」


 なんて間抜けなのだ。

 ユウちゃんの記憶を取り戻すことが、彼女を救う方法だと思っていた。

 だから、ユウちゃんの写真を撮ろうとしたり、石倉くんに似顔絵を描いてもらったりした。

 制服やピアノ関係で調べてもらったりもした。

 違う。

 答えは私の中にあった。

 私が思い出さなければいけなかった。

 幼い頃の友達、もらった指輪、願い事……。

 どうして気付かなかった? 

 こんなにも大事なことを、どうして忘れていたのだ。

 もう少し、もう少しですべてが繋がる。


「里山、どこへ行くんだ?」


 私は歩を進めていた。

 あそこへ行けば、きっと思い出せるはず。


「遊園地……」

「え? 今からか?」


 私の後を追いかけてくる真島くんがいた。


「……の近くの神社」

「……はあ? 神社? なんで?」


 私たちの向かう先には、太陽の光がさしていた。

 きっと、このまま晴れていくだろう。もう、傘はいらない。


 ユウちゃんが消えてしまった今でも、なにかできることがあるような気がする。

 私の歩みは、次第に早くなっていた。 

 


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