第34話 ユウちゃんが消えた

「本当はね、知ってたんだ。どうして消えかかっているか」


 え?


「まきちゃんと初めて外に出た時、とても楽しくてうれしかった。でも、悲しかった。私が幽霊だということが、とっても」


 ああ、ユウちゃん……確かに、「幽霊は嫌だ」「幽霊はつまらない」などと言っていた。


「これじゃあ、まきちゃんと本当の友達になれない。だから、もう一度、生きたい。生きて、まきちゃんに会いたい。そう思った。その時に、消えかかっているのが分かったから、もう、これはそういうことなんだって気付いたの」


 それじゃあ、私の見る能力が弱まったわけじゃなかった? ユウちゃんの心の問題だったってこと?


「それで、今日、こんなことがあったでしょ。まきちゃんが階段を落ちそうになっても、幽霊の私じゃあ、身体を支えてあげることもできない。怪我して、気を失っていても、救急車も呼べない。誰かに助けを求めることもできない。私が生きた人間だったら、出来たはずのことが、幽霊であるばっかりに、なんにもできない」


 そんなことないよ。私を助けようとしてくれていたことは知ってるよ。私が体調管理を怠ったことが原因で、ユウちゃんのせいじゃないよ。

 友達だよ。

 ユウちゃんが幽霊でも、私の大切な友達だよ。


「まきちゃんが大したことないと分かったとき、やっぱり思ったの。私は幽霊のままじゃいけない。もし、生まれ変わりというものがあるなら、私はもう一度生まれたい。生きて、まきちゃんに会いたい。強く、そう思ったの。そしたら、身体が消えちゃった」


 生まれ変わり?

 仏教でいう輪廻転生。そんな風に思ったんだ。

 私も幽霊ではないユウちゃんと会ってみたいけど、生まれ変わったら、ユウちゃんだってわからないよ。どうしたら、いいの?


「だから、これでさよならです。私はまきちゃんに会えて、友達になれて、すっごく楽しかったし、嬉しかった。まきちゃん、本当に、ありがとう」


 私も楽しかった。友達なんていらないなんて思っていたことが嘘みたい。今じゃ、ユウちゃんのいない人生を生きていく自信がないくらいだよ。

 こちらこそ、ありがとう。

 私の友達になってくれて、本当にありがとう。


「必ず生きて、また会えるから。だから……私を探して」


 ちょっと、待って。

 もう、終わり?

 もう、さよなら?


「私を見つけてね……まきちゃん……ありがとう」


 嫌だ。

 ユウちゃん? ちょっと、待って!

 まだ、私の方からの感謝の言葉が伝えられていないよ。

 まだ、「ありがとう」も「さよなら」も言えてないよ。

 一方的に、言いたいことだけ言って、消えないで。

 待って! 

 ユウちゃん、行かないで!

 私を置いて、行かないで!


 目が覚めた。

 ユウちゃんの言っていた通り、病室のようだ。

 看護師がいる。私に気付いて、出ていき、すぐに医者らしきおじさんが来た。

 胸元に手をやり、何もないことを確認したあと、机の上に無造作に置かれているおもちゃの指輪をみつけた。

 なのに、ユウちゃんの姿はなかった。


「どこか痛いの?」


 看護師が声を掛けてくれた。

 私は涙を押さえられなかった。

 息が詰まり、鼻がぐちゅぐちゅになり、頭がジンジンする。


「うわああああ!」


 とうとう声をあげて泣き叫んでしまった。

 いない。

 ユウちゃんがいない。

 本当に、行ってしまった。

 私を置いて……。







 お母さんには、めちゃくちゃ怒られた。

 怒りながら、泣いていた。

 倒れた場所が駅の方で、高校に向かっていないことが知られたからだ。

 遠くに行くときには、必ず言うこと。体調の悪い時は、無理しないことを約束させられた。

 大失敗だ。

 お母さんには迷惑かけるつもりはなかった。心配かけるつもりはなかった。

 本当に、ドジな娘でごめんなさい。


「それで? どこへ行こうとしていたの?」


 真島くんと石倉くんがいる。

 二人にもちゃんと謝りたいし、事情を説明したいのだが、お母さんには知られたくない。


「鎌倉……友達に会いに行こうと思って」

「鎌倉? ……あ、そう……」


 お母さんの表情が少し動いた。

 意外だったのだろうか?


「どうしたの? 鎌倉になにかあるの?」

「いや、別にね」


 なんだろう? なんか変だ。


「里山、それでどうする? 俺たちだけでも行ってこようか?」


 真島くんが言ってくれた。


「ううん。鎌倉行きは中止。もう、必要なくなった」

「……」

「……」


 真島くんも石倉くんも何か言いたそうだったし、聞きたかっただろう。でも、黙っててくれた。

 私の表情から、感じ取ってくれたのだろうか?

 もう、終わってしまったことを。


「わかった。里山がそう言うなら、そうしよう」

「いやいや、別にいいのよ。中止にしなくても、延期で。まきちゃんが元気になったら、また行ってくれば。お母さんは、別に反対しているわけじゃないから」

「ううん。もう、いいの」


 私は、もうこれ以上、会話をしたくなくて、わざと疲れたような顔をした。

 目を閉じて、眠いというアピールをする。

 実際、疲れていた。

 頭が回らなくて、身体がだるいし、所々痛い。

 それに、油断すると、また、涙が出てきそうになる。

 少し、一人になりたい。

 一人になって、考えたい。



 私は一晩だけ入院し、翌朝には家に帰った。

 どこにも出かける気にならず、ずっと部屋にいた。ベッドの中にいた。

 その日も翌日もその次の日も……。

 ずっと考えているのに、なにも考えられなかった。

 おもちゃの指輪を見ながら、ただぼーっとしていた。

 部屋の中の気配を探ったり、目を凝らしたりもした。

 でも、やはり何も感じない。

 ユウちゃんはどこにもいないのだ。



 外に出ようと思ったのは、三日後だった。

 雨が降っていたから。

 今の自分に、夏の日差しはきつい。雨に煙る視界のほうが落ち着く。

 外に出ると、傘に当たる雨音が心地いい。

 川に向かう。

 いつもは水量の少ない小川だが、今は増水していて水の音が大きくなっている。

 ただ、水の流れを見ていた。

 濁った灰色の流れが、生き物のように形を変える。

 それをただ、見ていた。

 真島くんたちに連絡しなければと思った。

 迷惑かけて、心配かけて、そのままだ。

 スマホを取り出し、真島くんにlineを送る。


(この間は、ごめんなさい。会って説明したいです)


 返事はすぐに返ってきた。


(今、どこだ?)

(いつもの川原にいる)

(すぐに行く)


 びっくりした。今日の補習授業には出ていないのかと思ったら、日曜日だった。

 わざわざ出て来てくれるのも悪いとも思ったが、待つことにした。

 私も会いたい。

 会って、話がしたい。



 しばらくして、真島くんが来た。

 雨の中、走ってきたみたいだ。傘をさしていても、足元が濡れている。

 申し訳ないなと思った。

 でも、真島くんは笑っていた。

 


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