第33話 会えなくていいの?

「まきちゃん、起きて! まきちゃん!」


 身体がだるい。寝不足だ。

 昨日の夜は、もうすぐお別れだと思うと寝るのが惜しくて、なかなか寝付けなかった。

 時計を見る。

 あれ? なぜ、こんな時間? 

 跳ね起きて、時計を掴む。

 もう、とっくに起きるはずの時間が過ぎている。

 やばい。待ち合わせに遅れる。


「やっと、起きた。まきちゃん、なかなか起きないんだもの。目覚ましかけ忘れた?」


 忘れた。大失態。


「おはよう、ユウちゃん」


 ベッドから降りようとして、身体がふらついた。軽い貧血。

 とはいえ、のんびりと準備はしてられない。真島くんと石倉くんと鎌倉まで行く約束がある。

 言い出しっぺの私が遅れては、申し訳ない。


「おはよ~。まきちゃん、急いで。急いで」


 あれ? ユウちゃんの声が明るい。見ると、元気いっぱいといった感じで、左右の腕を交互に上下させて、私を急かしてくる。

 昨日は少し、元気がなかったのに、今日はどうした?

 私の方が元気がないよ。

 今日で、ユウちゃんがどこの誰なのか分かり、記憶が戻ったら、お別れなのかもしれない。

 ユウちゃんのためだとは分かっていても、辛い気持ちは押さえられない。

 複雑な心境だ。

 とはいえ、のんびりと感傷に浸っているわけにはいかない。急いで、準備。

 学校を訪ねるのだからと、セーラー服にした。

 下に降りるとお母さんがいたが、朝食を食べている時間はない。「今日は、早いのね?」と声を掛けられたが、説明するのも面倒だし、あいさつだけして玄関へ向かった。

 朝だというのに、日差しがまぶしい。

 今日も暑くなりそうだ。

 高校へ行く方向とは違う道を歩き出す。


「いい天気だね。旅行日和だ」


 ユウちゃんは相変わらず、ご機嫌だ。

 考えてみれば、これでユウちゃんの素性が分かるかもしれない。自分がどこの誰かが分からないというのは、不安でしょうがないものなのだろう。

 嬉しいと思って当然なのだ。

 私とお別れになったとしても……。


「どうしたの? まきちゃん、具合悪いの?」


 心配そうに眉を寄せる。

 しまった。私が沈んでどうする。

 ユウちゃんのために、張り切って今日を過ごさなければ。安心して、天国に行けるように、ユウちゃんの本当の名前を見つけるんだ。


「ううん、元気だよ。鎌倉で、なにか分かるといいね……やばい。急がなきゃ」


 胸の指輪に手を当て、足を速める。


「急げ~、まきちゃん」


 空を飛びながら、駆け足をするような仕草をする。

 笑っている。やっぱり、元気で笑顔なユウちゃんがいい。


 歩道橋の階段を駆け足で上がる。これを過ぎれば、もう駅はすぐそこ、どうやら、間に合いそうだ。

 途中で足を止める。

 運動不足だ。息が切れる。

 

「まきちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ。少し、休もう」

「うん……でも……あと、少しだから」


 再び、歩を進めようとして、めまいがした。


「まきちゃん!」


 やばい。身体が傾いていく。このままだと、落ちる。

 意識が遠のく中、ユウちゃんが私の背後に回ったのが分かった。

 ああ、ユウちゃん、私を支えようとしてくれたのね。

 ありがとう。

 でも、ユウちゃんは幽霊なんだよ。私の身体、すり抜けちゃうでしょ。支えられないよ。

 きっと、私は大けがだ。この高さを転げ落ちて、無事で済むわけがない。

 鎌倉まで行けない。

 ごめん。

 ユウちゃんのこと、もっと知れるかもしれない、こんな時にドジやっちゃった。

 本当に、私はダメダメだ。

 ユウちゃん……ごめん。

 ごめんなさい。








「まきちゃん、まきちゃん」


 暗闇の中から声がする。ユウちゃんの声だ。


「まきちゃん、聞こえる?」


 聞こえる。返事をしようとしたが、声が出ない。

 あれ? なぜだ?


「聞こえてないかもしれないけど、声が届いていると信じて話すね。もう、時間がないから」


 時間がないってどういうこと?

 それに、ここはどこだ?

 わたしはどうなった?

 身体のあちこちが痛い。 


「まずはまきちゃんのこと。歩道橋の階段から落ちて怪我したけど、お医者さんの話では、たいしたことはない、じきに目を覚ますだろう、ということ。今は、病院のベッドで寝てる。だから、安心して」


 そうだ。階段から落ちたんだ。ユウちゃんが支えようとしてくれたけど、やっぱり無理で、そのまま落ちたんだ。身体の痛みは、その打撲のため。

 私は病院に運ばれたのか。

 参った。

 とんでもないことになってしまった。

 でも、たいしたことないなら、すぐに鎌倉までいけるかな?

 真島くんと、石倉くんは? まだ、私を待ってるのか?


「真島くんと石倉くんも近くにいるよ。救急車が来たから、心配して見に来たみたい。お母さんとも連絡がとれて、こっちに向かってるって」


 参ったな。

 お母さんにまで迷惑かけちゃった。仕事、休んだのかな?

 真島くんと石倉くんにも謝らなきゃ。

 ただの寝不足だと思っていたのに。夏風邪でもひいていたのかもしれない。


「それから……私のこと……」


 そうだ。

 ユウちゃんがどうしたって? 時間がないようなこと言っていたけど?


「私は……とうとう、消えちゃいました。話もこれが最後だと思う」


 え?

 消えた?

 どういうこと?

 まだ、なんにもユウちゃんのこと分かってないよ。それとも、記憶が戻った?

 記憶が戻って、もう現世に未練がなくなったの?

 私のことは? もう、会えないの?

 会えなくていいの?


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