第32話 くるみ沢音楽学園

 真島くんとユウちゃんに相談し、石倉くんにはすべて話すことにした。

 補習授業を終えた午後の時間、校庭からは運動部員の声が響く。

 教室には、真島くん、石倉くん、私の三人とユウちゃんしかいない。

 石倉くんの席を囲むように、会議が始まった。

 こんなにも協力してくれている石倉くんに、本当のことを話すのが遅れてしまった。それはとても申し訳ないことだ。

 今もまた、こちらの都合で話すことにしている。一人でも事情を理解し、一緒に考えてほしいためだ。

 私はずるいのかもしれない。

 ユウちゃんは幽霊で、私だけが見えること。自身の名前も素性も覚えていないこと。おもちゃの指輪にとり憑いていること。

 石倉くんは、脅える様子もいぶかしがる様子もなく、真剣に聞いてくれていた。


「本当にごめんなさい。石倉くんをだました形になってしまって……」

「石倉には言わないでおこうと提案したのは、俺だ。すまん」


 石倉くんは眉を寄せ、うつむいている。

 気分を害したのだろうか? それは仕方がない。悪いのは私の方だ。

 沈黙の時間が流れる。


「ポジティブに考えるなら……」

 

 石倉くんが声を発した。

 いいよ。恨み言なら、聞くよ。


「ユウさんが現世で、想い残したことを完了しつつある。だから、消えかかっている」

「え? 石倉くん?」

「怒ってたんじゃないのか?」


 びっくりした。想定していた言葉と違う台詞だったから、聞き逃してしまった。

 私の言うことを素直に信じてくれたのもそうだが、嫌みの一つも言わないのが信じられない。


「怒るよりもユウさんのほうが心配だ。そうだろう?」


 すごい。石倉くんは大人だ。

 私がこんな風に仲間外れにされていたなら、絶対にふてくされて、無視するかも。


「ありがとう、石倉くん」

「それで? もう一度、説明してくれるか?」


 石倉くんは姿勢を正す。


「ユウさんが幽霊になったのは、現世で何らかの目的があったからだと考えられる」


 そうだ。冬美さんもそう言っていた。


「うん」

「でも、ユウさんは何も覚えてないんだぞ。その目的がわからないじゃないか」


 真島くんの言う通りだ。だから、手はじめに、ユウちゃんが何者かを探している。


「目的が分からなくても、知らずに達成してしまっているのかもしれない。本人に自覚がなくても、その目的が達成された時点で、現世の未練が断ち切られるシステムなんだよ」


 幽霊にシステムという言葉が適切かどうかはさておき、石倉くんの言いたいことは分かる。

 もしそうなら、ユウちゃんが消えていくことを喜ぶべきなのかもしれない。

 ユウちゃんを見る。

 さっきから大人しい。言い方を変えれば、元気がない。

 悲しい顔こそしていないが、とても目的が達成されているようには見えない。

 私たちがしてきたことは、高校生なら普通にしているようなことばかり。そのどれが現世に留まってまでしたいことだったのか? そう考えると、違うような気もする。


「ユウちゃん、どう? 達成感みたいなこと、何かあった?」

「……どうだろう?」


 小首を傾げた。やっぱり、思い当たることはないようだ。


「問題は、里山さんのほうに原因がある場合だ。里山さんがその……神様? にユウさんを見えるようにしてもらったとして、実は期間限定だったとか、里山さんの願い自体が完了しつつあるとか……その場合、とても困ったことになる」


 石倉くんの表情が固くなる。

 

「困ったこととは?」

「里山さんにだけ見えていたユウさんは、これからは誰にも見えず、気付かれず、永遠に孤独と闘いながら過ごすことになる」


 頭を殴られたような衝撃だった。

 私は自分の気持ちだけで精一杯で、ユウちゃんのことを考えていなかった。

 確かにそうだ。

 私なんかよりも、ユウちゃんのこれからのほうが何倍も辛く悲しいものになる。

 私は馬鹿だ。

 ユウちゃんを見る。

 石倉くんに指摘される前から、すでに気付いていたのであろう。覚悟のようなものを感じる。


「参ったな。そういう風に言われちゃうと大ごとみたいだけど、もともと幽霊なんてそういうものだし、前に戻るだけのことだよ」


 軽く笑顔を作っている。

 そんなわけはない。

 もっと早く気付いてあげるべきだった。

 誰にも自分を認識してもらえない人生なんて、平気でいられるわけがない。無視するいじめを受け続けているようなものだ。

 耐えられない。


「どうにかならないのか……って、そうか。ユウさんがどこの誰かを突き止める、今の方法しかないのか……。石倉、その後どうだ? なにか手がかりは?」


 そうだ。もう、石倉くんの情報だけが頼りだ。

 石倉くんがノートパソコンを取り出す。


「決定的な情報はない……だが、ピアノ関係で『見たことはあるかも?』という人は数名見つかった。そして、その全てが関東エリア」

「ユウさんは関東の高校生ってことか?」


 石倉くんがキーボードを叩く。


「仮に、ユウさんのピアノの腕前が確かで、音楽関係の高校に進学したものと仮定する。それで、あの夏服の制服と同一の高校となると……」


 パソコンの画面がある学校のホームページとなり、学生の様子が映し出された。

 確かに、ユウちゃんの制服のように見える。


「神奈川県鎌倉市にある音楽系の高校、くるみ沢音楽学園」


 すごい。

 石倉くん、すごい。


「石倉……まじか? ここなのか?」

「いや、可能性の問題だ。すでに、くるみ沢音楽学園の生徒数名にコンタクトをとってみたのだが、ユウさんを知っている人はいなかった。だから、違う可能性もある」


 そうか……それは仕方ない。

 でも、とても有力な情報だ。


「ユウちゃん、どう? 見覚えない?」


 パソコン画面に、顔を近づけているユウちゃんに問いかける。


「ん~そうかもしれないし、違うかもしれない」


 ダメか……記憶が呼び覚まされるかもと思ったが、そう簡単にはいかない。


「里山さん、申し訳ない。今のところ、こんな情報くらいしかない」

「ううん。とっても、助かった。私、ここ、行ってみる」


 もう、時間がない。

 いつ、ユウちゃんが見えなくなるかわからない状況だ。

 明日にでも、確かめたい。


「わかった。俺も行く」

「僕も行きますよ。人数は多い方がいい」


 今度こそ、当たりであってほしい。

 くるみ沢音楽学園が、ユウちゃんの高校でありますように。

 明日朝、駅前に集合の約束をして、私たちは帰ることにした。



 

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