第30話 幽霊はつまらない

 少し離れたショッピングモールで、夏服を見た。バーゲンセールで30~40%オフ、まあまあの人だかり。

 ああでもない、こうでもないとお喋りしながらのお買い物。

 友達と一緒のお買い物なんて初めてだ。

 楽しい。めっちゃ楽しい。


「このワンピース、ユウちゃんに似合うと思う。どう?」


 ユウちゃんは目鼻立ちがスッキリした美人さんだから、こういう派手な色の服でも着こなせそう。


「え? ああ……うん……」


 なんか様子が変だ。さっきまで、楽しそうだったのに、少し周りを気にしてる?


「どうした?」

「まきちゃん、私、着れないよ」


 分かっている。私にははっきり見えるから、忘れてしまいそうになるけど、ユウちゃんは幽霊で服を買っても着替えることが出来ない。


「まあ、そうだけど、気分だけでもさあ」

「それに……周りから、変に見られているよ」


 別に気付かないわけではなかった。

 ユウちゃんと一緒のお買い物が楽しくて、とりあえず脇に置いておいた感じ。

 はたから見れば、大きな声で独り言をしながら買い物をする、頭のおかしな女子高生だろう。


「そんなのいいよ」

「良くないよ。まきちゃんが変に見られるの嫌だよ」


 ただ楽しみたかっただけなんだけど、まあ、ユウちゃんが気にするなら少し抑えよう。


「じゃあ、声のボリュームを下げる」

「うん、わかった」


 ユウちゃんに笑顔が戻った。

 よかった。

 

 移動途中に、プリクラの機械があった。

 今まで友達もいなかったから、やったことがなかった。したいとも思わなかった。

 今はしたい。

 ユウちゃんと一緒に撮りたい。

 でも、試してみても、きっと写らない。

 だから、通り過ぎた。


 パンケーキのお店があった。

 フルーツを盛り合わせたり、アイスや生クリームのトッピング、ソースも種類があって美味しそう。

 食べてみたいと思いながら、一人で入る勇気もなく、あきらめていた。

 ユウちゃんと一緒に食べれたら、楽しいだろうなと思う。

 でも、無理なものは無理だ。


「入らないの? パンケーキ、美味しそうだよ」

「いいよ。一人で食べるの恥ずかしいし……」

「……」


 さて、次はどこに行こうかな。


「里山先輩、独り言、えげつないですね」


 声がした方に、振り向く。

 見たことある顔……誰だっけ?


「ピアノのひとだ」


 ああ、そっか。

 ユウちゃんの言葉で思い出した。

 さっき、学校でピアノを弾いていた下級生だ。

 目力があって、なんか怖い。


「最近、キャラが変わったって聞いてましたけど、もしかして天然なんですか?」


 キャラ? 天然? いきなり、何?


「えっと……私のこと知っているんですか? 誰?」


 失礼な下級生だ。

 ちょっと怖いけど、先輩として威厳を持たなければ。


「二年の姫野さゆりです。先輩を知らない女子なんていないですよ」

「……?」


 何のこと?

 普通、知らないでしょ。地味でコミュ障の学年が違う女子なんか。


「クールで人を寄せ付けないオーラを持った孤高の人、里山まき先輩が、最近、イメチェンしたとは聞いていました」


 いやいや、何言ってるの? それって、誰よ?

 クール? オーラ? 孤高?


「真島先輩と付き合いだして、庶民っぽくなったとか……」


 真島くんと?

 いやいや、付き合ってないから。というか、付き合いたいけど、付き合えないから。

 庶民? 

 もともと庶民ですけど? ブルジョアに縁もゆかりもないですけど?


「所詮、男に合わせてポリシーを変える、ただの女子ってことですよね?」


 ポリシー? 私にどんなポリシーが?


「ちょっと、待って。訂正箇所が多すぎて、頭が混乱してるんだけど……何が言いたいの?」

「がっかりってことです」


 がっかりとは何だ? ますます、分からん。

 ただ、姫野さんが私のことをこころよく思っていないのは分かる。 

 怒ったような顔で、にらんでくる。

 もしかして、真島くんのことが好きで、私に嫉妬しているのかな? もしそうなら、真島くんとは何でもないと否定すれば、この場は収まる?

 でも、それはそれで悔しい気もする。


「まきちゃんをいじめるな!」


 ユウちゃんが叫ぶ。

 びっくりした。

 ユウちゃんまで怒らないで。


「別にいじめられてないから」

「もう、なによ。まきちゃんの後輩のくせに」

「いいから、落ち着いて」

「だって、さあ」

「どうどう……静まれ、静まれ」


 まだ、睨んでいる。

 ユウちゃんの気持ちもうれしいけど、ここは冷静に。


「さっきから何なんですか? あさっての方向見ながら、一人でブツブツと……。その不思議キャラ、里山先輩にはあってないと思います」


 言いたいことを言えたのか、姫野さんはきびすを返す。

 ため息をつく。


「ちょっと、待って。姫野さん」


 別に反論しようとかそういうことじゃない。

 そういうの面倒だし。

 ただ、ついでだから聞いてみようと思った。


「なんですか?」

「この人、知ってる? ピアノやってたらしいんだけど」


 ユウちゃんの似顔絵を見せる。

 姫野さんが知ってる可能性もなくはない。そう思った。

 私に敵対心を持っているみたいだから、協力してくれないかもと思ったが、意外にも真剣に見てくれた。

 随分、記憶の糸を手繰り寄せてくれている。もしかして、知ってるのか?


「知らないです」


 知らないのかよ。期待して、損した。


「ああ、そう……」

「でも、見たことあるかも? ピアノのコンクールとかで……」

「え? 本当?」


 まじか……やっぱり、ピアノの線でユウちゃんにたどり着けるかも。


「誰なんですか?」 

「私の友達。探してるの」


 そうとしか言えないのが歯がゆい。

 結局はまだ、私はユウちゃんのこと、何も知らないのだ。

 知っているのは、幽霊になったユウちゃんだけだ。


 姫野さんからはこれ以上の情報を聞き出しことが出来ず、お礼を言って、別れた。


「やっぱり、ピアノ関係から探してみるのがいいみたい……ユウちゃん?」


 元気がない。

 下を向いて、落ち込んでいるように見える。

 たいした情報ではなかったが、希望の持てる展開だとは思える。もう少し、喜んでくれてもいいのではないの?


「私……幽霊、嫌だ」


 ユウちゃんが独り言のようにつぶやく。


「え? どうしたの?」

「幽霊は……つまらない」


 いったいどうしたというの?

 いまさらでしょ。出会ったころから、そうだったんだよ。

 何をそんなにふさぎ込む?


 私はどう言っていいかわからず、ユウちゃんの姿を見ていた。

 少し、その姿が薄くなっているような気がして、不安になっていた。


 






 

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