第26話 イルカのキーホルダー

「いいよ。すごくいい。かわいいよ、まきちゃん」


 淡いブルーのノースリーブシャツ、クリーム色のショートパンツ。

 ユウちゃんと相談して、それに似たものを買いそろえてみた。

 彼女の反応はすごくいいのだが、ちょっと恥ずかしい。


「でも、露出多くない? 太ももとか二の腕とかまる出しだよ。もう一枚、なんか着た方が……」

「ダメだよ。そこは出していかないと、まきちゃんは肌がきれいなんだから」

「きれいじゃないよ。それに、クーラーの効いているところに入ったら、寒いよ」

「それは我慢して。真島くんにかわいいって思われたいんでしょ?」

「まあ、それは……そうだけど……」


 なんか気合い入り過ぎじゃない? 変な風にとられたら、どうしよう。

 真島くんに、「お前、なに期待してんの?」とか思われたらどうするの?


「まだ信じてないの? 真島くんはまきちゃんのことが好きなんだよ」

「……そんなこと……」


 あるわけない。

 ユウちゃんの勘違いだ。それに、期待して裏切られたくない。

 今までそんなに話したことさえなかったのに、こうして二人で遊びに出かけるだけで、充分幸せだ。


「告白とかされるかもよ。キスとかしちゃったらどうする?」


 ああ、もう、ユウちゃん、やめて。

 期待しないって決めてるんだから、へんな妄想させないで。

 顔が熱くなってきた。

 なんだよ、そのいやらしそうな顔は?

 絶対、からかって遊んでいるだろ?


 階段を下りると、お母さんがいた。

 居間でくつろぎ、テレビを見ている。

 いつもと違う恰好だから、なにか詮索されるかもしれない。そっと後ろを通り、通り過ぎざまに「行ってきます」だけを言う。


「ああ、まきちゃん」


 やばい、声をかけられた。


「はい」

「……え? デート?」


 まじ? 速攻で見抜くの?


「……」

「そう、デートなの? へえ~」


 お母さんまで、そんないやらしい顔で見ないで。


「行ってきます」


 いたたまれなくなって、行こうとすると、「待って」と止められた。


「あなた、部屋でなんかした? すごく臭かったけど」


 やばい。お母さんには、除霊の儀式のことは話していない。

 お酒とじじいの唾液をまき散らかされたり、変な枝を焚かれたことなど言えるわけない。

 掃除はしたが、確かにまだ匂いが残っている。

 もう一度、しっかり掃除をして、除菌と芳香をしようかと思っていた。


「うん、ちょっと……今度、しっかり掃除しておくから」

「そう? なら、いいけど」


 お母さんは眉をひそめたが、それ以上は何も言わず、テレビに向き直った。

 私も今のうちにと、玄関に向かった。







 待ち合わせの駅に行くと、真島くんはもう、来ていた。

 スマホを見ながら、私の到着を待っている。

 黄色の柄ものシャツのボタンを閉めずに、前をはだけさせ、黒っぽいティーシャツを着ている。

 彼の私服は何度か見ているが、初めて見る姿だ。

 少しはおしゃれしてきてくれたのかな? だとしたらうれしい。

 そして、今日もかっこいい。


「真島くん、お待たせ」

「お、おう」


 真島くんが目を大きく開いた。

 ああ、なんか驚いてる。どうしたの? 私の今日の姿、いいの? 悪いの?

 なんか言って。

 視線が下に移った。足を見られてる。むき出しの太ももめっちゃ見られてる。

 恥ずかしい。

 少し足を交差し、ショルダーバッグでさりげなく隠した。

 それに気付いてか、彼も視線を外して、駅の改札方向を向き、頭をかいた。

 ああ、なんか言ってほしい。

 褒めてくれなくても、悪口でもいい。

 沈黙が一番、気恥ずかしい。


「行こうか」


 真島くんが歩き出す。

 ああ、やっぱり何も言ってくれなかった。

 残念……。


「どこへ行くの?」


 まだどこへ行くかと教えてもらっていない。

 デートプランは真島くんまかせだ。


「港区」


 水族館デートかな? 公園とか博物館もあるから、一日遊べる。

 ちょっとベタだけど、そういう普通な感じがいい。

 でも、真島くん、今日は言葉が少ないよ。ほぼ、単語しか言ってない。

 先にどんどん歩いて行っちゃうし……。






 イルカプールのガラス張りのところに来た。

 多くの人が張り付いている。

 イルカも人間に興味があるのか、こちらに顔を向けて見ている。

 かわいい。

 あいたスペースに割り込む。

 あ、こっち来た。手をゆっくり降ると、それに合わせて顔を動かす。

 かわいい。めっちゃかわいい。

 あ、向こうに行ってしまった。残念。


「また、こっち来ないかな……?」


 同意を求めるように、真島くんを見ると、彼はイルカを見ていないようだった。

 なにやら、となりを気にしているようだ。

 なんだろうと、彼の背中ごしに見る。

 そこにはカップルがいた。大学生くらい。

 男性は女性の腰に手を回し、女性の胸は男性にくっついている。

 真島くん……イチャイチャなカップルもいいけどさ、イルカ見ようよ。


「次は……シャチだよ。行こう」


 階段を上ると、外に出た。大きなプール。

 順路に従って歩く。

 前を歩いているのは、年配の夫婦かな? 手をつないでいた。

 イチャイチャな男女は見ていて恥ずかしいが、こんな感じで手をつなぐのはいいな。

 私も真島くんと手をつないで歩きたいな。なんてね。


「里山……その……手……」


 前を歩いていた真島くんが立ち止まり、振り返る。


「え? 手?」

「デートなんだから、手をつなごう。そういうものだろ?」


 なんで私の妄想がわかったの? エスパー?


「そういうもの……だよね?」

「そう……そういうもの」


 手を差し出すと、真島くんが握る。

 うわあ、真島くん、手が汗でびしょびしょだよ。あ、顔も赤い。

 恥ずかしくなってきた。

 心臓の鼓動がはげしい。



 レストランで食事をし、公園を散歩し、アイスクリームを食べ、元南極観測船だという船に乗った。

 甲板で海を眺めていると、風が吹いて気持ちいい。遠くに大きな貨物船が見える。

 楽しかったし、恥ずかしかった。

 幸せだなと思ったら、ユウちゃんの顔が浮かんだ。

 私ばかり、こんなにいい想いをしていいのだろうか?

 ユウちゃんは私の部屋から出られない。

 美味しいものも食べられないし、散歩もできない。

 好きな男の子とデートもできない。手もつなげない。

 私は彼女に……何もしてあげられないんだ。


「どうした? 疲れたか?」

「大丈夫。ユウちゃんにお土産買いたい。かわいいやつ」







 家の前まで送ってもらった。

 私の人生初のデートがもうすぐ終わる。

 名残惜しい。でも、充分楽しかった。

 今日という日を私は、絶対に忘れないだろう。そう思えるほどの時間だった。

 受験勉強もがんばれそうだ。


「今日は、ありがとう。楽しかった」

「ああ。俺も楽しかった」


 別れのあいさつをして、家に入ろうとすると、呼び止められた。

 振り返る。


「あ、いや、その……おやすみ」

「おやすみ」


 今のはなんだ? と思いながらも家に入った。


 お母さんはいないようだった。

 電気をつけ、二階に上がる。

 ユウちゃんに報告がたくさんある。

 真島くんと水族館行ったよ。手をつないだよ。アイスクリーム食べたよ。

 すごく楽しかった。

 ユウちゃんにお土産買った。イルカのキーホルダー。

 早く会いたい。ユウちゃんに会いたい。


「ただいま」


 返事が返ってこない。

 寝てるのか? と明かりをつけた。

 部屋には誰もいない。

 微かに芳香剤の匂いがするだけ。


「あれ? ユウちゃん?」


 なにがなんだか、さっぱりわからなかった。

 この部屋から出られないはずのユウちゃんが、なぜかいなくなっていたのだから。






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