第24話 除霊の儀式

 真島くんと冬美さん、そして、山伏の格好をした中年のおじさんがだった。

 霊能者というのは、どんな人かと思っていたが、かなりクセが強めの人のよう。そんな恰好で、無表情を決め込んでいる。なんか、怖い。


「こちらが有名な霊はらい師の霊仙先生よ」

「よろしくお願いします、里山まきです」


 霊仙さんは、軽く目を閉じ、うなずく。

 今のがあいさつ? なんか偉そう。

 霊はらい師なんて職業の人を初めて見た。こんな天狗みたいな衣装なんだね。


「早速だが、地縛霊がいるという部屋に案内してもらえるかな? 私も忙しいもので」

「はい、どうぞ。二階になります」


 霊仙さんは靴を脱ぎ……履物は靴なのね。わらじとか下駄とかじゃなく……、二階に上がっていった。

 私たちもそれに続く。


「冬美さん、この間はごめんなさい。失礼なこと言いました」

「ううん。私も悪かった。まきちゃんの気持ち考えないで……配慮が足らなかったと反省している」

「いいえ、今日はありがとうございます」

「大丈夫? 泣いてたの?」

「……大丈夫です」


 大丈夫ではなかった。

 我慢しないと、どんどん涙があふれ出てきそう。

 真島くんが肩に手をのせてくれた。せっかく協力してもらったのに、ごめんなさい。

 霊仙さんは先に部屋の入っていた。どうやら、遠慮のない人のようだ。

 窓から遠い、本棚や机の陰になっている部屋の隅を凝視している。


「居ますね、霊が」


 いやいや、そこにはいないから。

 ユウちゃんは窓からの光が一番当たる、ベッドの上で正座しているから。


「霊仙さん? そっちじゃなくて、こちらです」

「なに?」


 霊仙さんは私の指し示す方向に、目を向ける。眉をよせ、まぶたは半開き。

 怖い。すごく怖い顔。ユウちゃんも身体をのけぞらせ、ビビっている様子。


「確かに……ここにいます」


 いやいや、絶対に見えてないでしょ。

 目線が微妙にずれてる。本当に霊能力者なの?


「準備を始めます」


 持ち物から四角く切った小さな和紙を取り出し、塩やおちょこ、お酒? と並べていく。

 塩とお酒を混ぜ、おちょこに入れる。紙の上で反対にする。盛り塩だ。

 いくつも作り、部屋の四方の隅などに置いていく。

 続いて、大きめの金属で作った灰皿みたいなものを、木で作った台の上に乗せ、木くずのようなものを入れる。

 燃やすのか? 部屋が煙臭くなる。

 続いて、葉のついた木の枝を取り出し、床に置く。

 お酒? を口の含んだ。木の枝を持ち直し、掲げる。

 嘘でしょ? この体制はあれ? あれをやるの?

 霊仙さんは、含んだ酒を木の枝に吹きかけた。

 やった……やりやがった。

 女子高生の部屋になんてことをする。おじさんの唾液入り酒、まき散らしやがった。


「準備ができました。みなさんは退出してください」


 なにスンとした表情してやがる。

 殺すぞ、くそじじい!


「待ってください。まきちゃんにお別れの時間を」


 冬美さんの言葉に、霊仙がうなずく。


「さあ、まきちゃん、ユウさんと最後のお別れを」

「……はい」


 真島くんを見る。彼も神妙な面持ちで、うなずいた。

 ああ、もうその時が来てしまった。

 振り返ると、ユウちゃんは立ち上がり、灰皿の前、霊仙の向かいに座った。

 微笑みを浮かべている。

 静かな表情だった。

 ユウちゃんは、もう覚悟をきめているようだ。冷静にその時を待つといった感じで。

 どうして? これで終わりなのよ。

 なんでそんな冷静なの?

 

「ユウちゃん」


 ああ、涙が止まらない。もう、我慢できない。

 私はユウちゃんに駆け寄った。


「まきちゃん、泣かないで。笑って見送って」

「無理だよ。そんなの……」

「いいから、笑って。まきちゃんの笑った顔、最後に見たいから」


 ユウちゃんの促され、無理やり笑ってみた。

 うまく笑えていたか自信がない。

 でも、ユウちゃんは「ありがとう」と言ってくれた。


「さあ、始めましょう」


 霊仙の力強い声が、私たちの時間の終わりを告げたのだった。





 ドアの前で、私たちは待った。

 私は泣き続けた。

 冬美さんは私を抱きしめ、真島くんも寄り添ってくれた。二人とも何も言わなかった。

 ドアの隙間から、煙の匂いがした。霊仙の奇声が響いた。

 長かった。実際の時間はともかく、私にはすごく長い時間だった。

 霊仙の「無事、終わりました。中へ」という声で、私の枯れかかった涙がまたあふれ出した。

 ドアを開けると、煙の世界だった。霊仙の奇妙な姿は見えた。

 ユウちゃんを探す。見えない。


「除霊はうまくいきました。もう、安心です」

「ユウちゃん! ユウちゃんいないの?」


 返事はなかった。

 ああ、もう行ってしまった。

 私は足元に力が入らず、床にへたり込んだ。

 私は唯一の友達を、また失ってしまったのだ。


 窓が開く音がした。誰かが開けたようだ。カーテンが舞い上がる音が聞こえる。


「……ちゃん」


 え? ユウちゃんの声? まさか……。

 私は顔を上げた。

 煙っていた室内が、徐々に透き通っていく。

 見えた。

 姿が見えた。


「え? ユウちゃん? なんで?」

「まきちゃ~ん、怖かったよう。すごく怖かったよう」


 ユウちゃんは泣きながら、私に飛びつく。

 相変わらず、感触はない。

 めっちゃ泣いてる。

 さっきは覚悟を決めた冷静な顔だったのに、今は涙でぐちゃぐちゃだ。

 逆に、こちらの涙は止まっている。

 あれ? なんでいるの? 除霊されちゃったんじゃないの?


「まきちゃん、まさか、まだいるの?」


 冬美さんの言葉に、「はい」と答える。


「まじかよ。こんな大掛かりな除霊やっといて、失敗?」


 真島くんも呆れ顔だ。

 みんなで霊仙を見る。

 確か「除霊はうまくいきました。もう、安心です」とか、言ってなかったか?


「本当? 嘘でしょ? ……思ったより強力な地縛霊だったようです。まだまだ、私も修行が足らないようで申し訳ない」


 いやいや、まじで?

 私たちのこの感情、どうしてくれる?

 めっちゃ怖くて、めっちゃ泣いたんだから。

 この時間なんだったの?

 部屋は煙臭いし、酒とか唾とかまき散らされるし、最悪だ。


「本日の除霊料は……少しまけさせてもらうから」


 おいおい、これで金とるのかよ。

 逆に、部屋のクリーニング代、払ってもらいたいくらいだ。


「でも、良かった。また、まきちゃんに会えて」


 ユウちゃんが汚い顔でほほ笑んだ。

 そうだね。


「もう除霊は止める。でも、ユウちゃん探しは続ける。それでいい?」

「うん。ありがとう、まきちゃん」


 とんだ茶番劇だった。

 だけど、ユウちゃんとの絆は、とても深まったような気がした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る