第18話 俺も手伝う
「里山……悪かった……」
家を出る時に、真島くんがそう言った。
私は何も返す言葉が出なかった。
わかっている。
真島くんは何も悪くない。冬美さんもそうだ。
私のことを心配してくれている。
最初に、ユウちゃんのことを話した時の、あの微妙な顔。
今なら分かる。
あれは気持ちわるがられていたわけではない。私のことを気づかってくれていたのだ。
彼のやさしさだったのだ。
なのに、取り乱してしまった。
追い返すようなことをしてしまった。
ごめんなさい。
でも、あれ以上、ユウちゃんを怖がらせるわけにはいかなかった。
震えて、泣いて、脅えていた。
あの時、それは最優先事項だった。
壊れてしまいそうなほど傷ついている、私の大切な友達。
部屋に戻ると、膝を抱えているユウちゃんがいた。
いくぶん落ち着いたようだ。身体の震えはおさまっている。
私は隣に座る。
「大丈夫だよ。あんなの嘘だから。ユウちゃんがそんな悪い幽霊なんかならない」
「……」
「安心して、お祓いなんかしないから」
「……」
「そうだ。今度、夏服買いたいから、いっしょに……は無理だから……アドバイスしてよ。私は何色が似合う?」
「……」
「ワンピースとかどうかな? 水色でフリフリのついたやつとか似合うかな? ハイヒールとかも思い切って買っちゃおうかな? 赤いピカピカのやつ……でも、高いか?」
「……」
ユウちゃんはまるで固まってしまったかのように、うつむいたまま動かなかった。
どうしよう。
どうしたら元気づけられる?
「ユウちゃん? そんなに怖かったの?」
「……怖い」
やっとしゃべった。
「大丈夫だよ。そんな、天国に強制送還みたいなことしないから。だから……」
「違うよ」
「え?」
「祓われるのは怖くない。むしろ、祓われたい」
祓われたい? 何を言ってるの?
「……ユウちゃん?」
「このままじゃあ、まきちゃんのこと傷つけちゃう。悪霊になってまきちゃんのこと襲っちゃうんだよ」
「だから、そんなことあるわけ……」
「怖いよ……それが怖い」
「ユウちゃん……」
そうだったのか。
ユウちゃんが脅えていたのは、私のことだった。私が危険な目に合うのが怖かった。
悪霊になるかもしれない自分が怖かった。
祓われるのが怖かったわけじゃない。
ユウちゃんは、いつも私のことを好きでいてくれる。
こんなコミュ障で、かわいげのない私なのに。
真島くんのことで悩んでいるときも、いっしょに悩んでくれた。
今度は私がユウちゃんの力になりたい。
「冬美さんに頼んで、お祓いしてもらう。それが一番いい」
意を決したように、立ち上がった。
「ユウちゃん、落ち着いて。そんなことにはならないから」
私も立ち上がり、なだめる。
「ダメだよ。まきちゃんに何かあったら嫌だ」
「ユウちゃんは何らかの事情で幽霊になったの。だから、それを解決して、安心して天国に行ってほしい。それが一番いいの」
「嫌だ。嫌だ。嫌だ。まきちゃんを危険にさせるのは、死んでも嫌だ。そんなことするくらいなら、消えた方がまし」
ユウちゃんは、両手を交互に上下させ、暴れ出す。
しずめようと身体を触ろうとしてすり抜けた。
参った。
まるで駄々っ子だ。
どうしよう。どうしたらいい?
ユウちゃんをただ消し去るなんて、できない。
どうすれば……。
「わかった。冬美さんに頼んでみる」
「本当? お願いしてくれる?」
「だけど、あきらめない。その日までに、ユウちゃんがどこの誰で、どうして幽霊になったのか、突き止める」
「まきちゃん……」
できる。本気で探せばできるはずだ。
ユウちゃんは最高にかわいい。私みたいに居ても居なくても気付かれないような、影の薄い存在ではないはずだ。
きっと、学校中の人気者だったはず。
絶対に見つかる。見つけてみせる。
「ユウちゃんの願い、かなえられるように頑張る。それでいい?」
「わかった。まきちゃん、ありがとう」
ユウちゃんの顔に笑顔が戻った。
まだ少しぎこちないけど、かわいい。
やっぱり、ユウちゃんには笑っててほしい。
次の朝、真島くんの姿を教室でみつけた。
昨日のことを謝らなければならない。
声をかけたかったが、周りに人が多すぎてやめた。あまり、人に聞かれたくない話だ。
放課後、いつもならすぐに席を立って帰るのだが、今日はまだ帰れない。
真島くんにまだ話が出来ていない。
彼も友達の誘いを断って、席に残っている。同じ気持ちなのかもしれない。
ようやく、最後の一人が出ていった。帰る時に、私たちの方をちらりと見た。きっと、おかしな雰囲気を感じ取ったのだろう。
窓からは、部活動に励む運動部員の声が聞こえる。
そろそろいいかと、声を掛けようとしたとき、真島くんが席を立った。
「里山、昨日はごめん」
頭を下げられた。
「違うよ。私がいけなかった。ごめんなさい」
立ち上がり、私も頭を下げた。
「姉貴を連れて行ったのは、里山のことが心配で、助けになればと思って……」
やっぱりそうか。
ユウちゃんも、真島くんも私のこと気にしてくれている。
私は幸せ者だな。
「わかってるよ、ありがとう」
「じゃあ、許してくれるか?」
「許すも何も、悪いのは私だもの。真島くんのほうこそ、許してくれる?」
「ああ、良かった。でも、どうするんだ? これから……」
「そのことなんだけど、ムシがいいのは分かっているんだけど、冬美さんにお願いできないかな? 除霊のこと」
「いいのか?」
「あれからユウちゃんと話し合って、そうしようと決めたの」
「そうか……わかった。頼んでみる。でも、どうしたんだ? 昨日、あんなに怒っていたのに」
今思うと、恥ずかしい。
ユウちゃんのことで頭がいっぱいになって、真島くんにも冬美さんにもひどい態度をとった。
私は子供だ。
「それは、本当にごめんなさい。でも、あきらめたわけじゃないよ。ユウちゃんの素性を調べて、納得して天国に行けるように頑張る」
「できるのか?」
「高校の制服を着てるから、学校を絞り込むことはできるはず。あと、一年くらい前に亡くなった娘で、ツインテールで超かわいい」
昨日から、どうやって探し出すか、考えていた。
まずは、学校の特定。そして、亡くなった時期は私の部屋に来た最初の記憶から去年の夏ごろだと仮定できる。
案外、簡単に見つかるのではないか?
「画像はないのか? あ? そうか、あの写真はユウさんを撮ろうとしたのか?」
そういえば、あの写真を見られていたんだった。
「そう。でも、写らなかった。写真があれば探しやすいんだけど……」
画像に囲まれていると、その大切さがわからない。
名前は知らなくても、写真を見れば、「知ってる」という人に出会える確率は高くなる。
画像があるかないかは大きい。
「そうか……でも、いろいろ試してみる価値はあるかも……いや、最悪なくても……うんうん、その手がある……」
真島くんはなにやらブツブツ言いながら、考えるような仕草をする。
「真島くん? どうしたの?」
「よし、俺も手伝う」
「ええ?」
「俺もユウさんのために、出来ることをしたい」
「……え~?」
なぜか、真島くんはやる気満々といった感じで、大きく目を開いた。
見えない相手に、なぜそんなに思い入れをするのか?
私がユウちゃんをかわいいと言ったから? 男の子はみんなそうなの?
ユウちゃんがうらやましい。
いやいや、ヤキモチ焼いている場合じゃない。ここは、感謝しなければ。
なるべく早く探し出し、ユウちゃんの願いをかなえなければならない。
真島くんの手助けは、願ってもないことなのだから。
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