第13話 幽霊の友達

 日曜日、サッカーの試合だった。

 負けた。

 一回戦敗退。それが今季の成績となった。

 真島くんは松葉杖をつかなくなっていたが、足を引きずるように歩いていて、とても試合には出られなかった。

 わかっていたことだった。


 月曜日、川原で佇んでいる真島くんを見かけた。

 寂しそうな背中だった。

 ユウちゃんからは、そばにいてあげてと言われたが、結局、それすらも出来なかった。

 今も、近くまで寄れない。

 ただ、少し離れたところに立って、見つめているだけだった。

 これって、ストーカーみたい? やばい女?


「おい! なんでいつもそんなに離れてるんだ? 用があるなら、こっち来いよ」


 やばい。気付かれた。

 どうしよう?

 真島くんがこっちを向いて、手招きをしている。


「うん」

 

 近づきながら、ユウちゃんの言葉を思い出す。

 軽い世間話と相づちだ。


「で? なに?」

「えっと……暑くなりましたね。もう、すっかり夏ですね」

「……?」

「……」


 なんだ? その世間話の入りかたは?

 もっと、うまくできないのか?

 自分が嫌になる。


「そうだな。でも、もう俺たちの夏は終わったけどな」

「あ、いや、その……」


 しまった。

 そんなつもりじゃなかった。

 サッカーの話題は避けようと思ったのに。


「もう少し、続くはずだったのに。俺がドジだったせいで……」

「そんなことないよ」

「あるだろ? チームに迷惑かけた」

「……」


 やめて、真島くん。

 自分を責めないで。


「もう引退。あとは受験戦争か……つまんねえな」

「うん」

「なんか気持ちの切り替えができないな。不完全燃焼というかなんというか」

「うん」


 しょうがないよ。

 運が悪かっただけだよ。


「あ~あ、なんか面白いことねえかな……なんで泣いてるんだ?」

「え?」


 本当だ。

 涙が出ている。

 あれ? なんで?


「おいおい、どうした?」


 止まらない。

 涙が止められない。

 泣きたいのは、真島くんのほうなのに……。


 私はしゃがみ込み、必死で我慢しようとした。

 その間、真島くんはうろうろしたり、なだめたりしてくれる。

 自分が泣かしたのかと、焦っているようだった。


 泣き止んだ頃、夕日が紅く辺りを照らしていた。

 恥ずかしくて仕方がなかった。





 真島くんはまだ、足が治っていない。だから断った。なのに、「いいから送らせろ」と、私に付いて来る。

 私のことを心配してくれているようだ。

 突然、泣き出したりしたから……真島くん、ごめんなさい。

 これでは、本末転倒だ。

 私が真島くんの力になるはずだったのに、逆に、心配をかけさせてしまった。


 それでも、二人並んだ帰り道は、うれしくて、恥ずかしい。

 暗くなってきた住宅街が、幸せの国に思えてくる。


「里山は、写真とか趣味なのか?」


 沈黙が耐えられなかったのか、真島くんが声を掛けてくる。

 写真……あの意味不明な自室の写真のことを言っているのだろう。

 恥ずかしい。


「ううん、違う」

「そっか……」

「……」


 やばい。

 せっかく話を振ってもらったのに、返せなかった。


「いつも一人でいるけど、友達とかいるのか? ……あ、ごめん」


 どうやら、言ってしまって後悔したようだ。

 気を使わせてしまった。


「いるよ、友達。最近、知り合って、すごい仲良しの娘が」


 今度はうまく返せた。


「そっかあ。誰と仲いいんだっけ? 同じクラス?」

「ううん。クラスメイトじゃない。というか、人間じゃない?」


 幽霊は人間というくくりでいいのか? 元人間?

 あれ? なんでユウちゃんのこと話してるんだ?


「え? 人間じゃない?」

「う、うん」

「ああ、二次元か? 俺はそういう人種に偏見はないけど……」

「違うよ。三次元……四次元かも?」


 おいおい、なんでしゃべってるんだ?

 頭おかしいのか?


「……え?」

「え?」


 やばい。

 本格的にやばい。

 私って馬鹿なの? 秘密を守れないタイプ?


「どういうこと?」


 足を止め、こちらを見つめてくる。

 ああ、どうしよう? もう、ここからごまかすのは不可能だ。


「私の友達は……幽霊でした……はははは」


 言ってしまった。


「……」

「……」

「冗談?」

「だといいんだけど……本当です」

「まじ?」

「まじです」

「……」

「……」


 馬鹿じゃないの。

 馬鹿じゃないの。

 馬鹿じゃないの。


 めっちゃ、引いてるんですけど、どうしよう?

 

 ユウちゃん、助けて~。

 


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