第11話 恋愛マスター

 階段を小走りに駆け上がる。

 うれしい。

 楽しい。

 はやく、ユウちゃんに会いたい。


「ユウちゃん、ただいま!」

「おかえり、まきちゃ~ん」

「あのね、あのね……ありがとう!」


 言葉が出てこない。

 さっきまで真島くんといっしょだった。

 いっぱいしゃべってくれた。

 ユウちゃんのおかげだ。


「まきちゃん、なんかテンション高いね。いいことあった?」

「あった。ユウちゃんのアドバイスのおかげ。真島くんと……」

「真島くん? まきちゃんの好きな人?」

「す……え?」


 顔が熱い。

 思わず名前を出してしまった。

 どうしよう。

 ユウちゃんは腕を組み、流し目でいやらしい顔を向ける。


「その真島くんとどうしたの?」

「いや……その……」


 恥ずかしい。


「私の助言で? 髪型とかスカートの丈とか直して? かわいくなって? それで?」

「……真島くんとお話しできた……」

「……え?」

「だから、真島くんとバーガーショップで偶然会って、おしゃべりした」

「……?」

「……」

「告白されたとか?」

「こ、告白? ないない」

「突然、キスされたとか?」

「あ、あるわけないよ」


 ユウちゃんは頭を大袈裟に下げ、両手を上げ、首を振る。

 馬鹿にされた?


「まきちゃん……ちょっと純情すぎるんじゃない? おしゃべりくらい、誰でもするよ」

「……そうだけど……」


 確かに、そう言われると、普通のことかも。

 特に私に興味がなくても、会えば話くらいするだろう。


「連絡先は知ってる? LINE交換は当然、してるよね?」

「……してないです……」

「まじ?」

「だって、私たち受験生だよ。真島くんはまだ部活あるし、最期の大会だから邪魔したら良くないでしょ? どうせ知っても、連絡なんかできないよ」


 次の大会で、負けたら引退だ。

 楽しそうにサッカーの話をしてくれた。ルールとかよくわからないし、言っていることの半分も理解できなかったけど、うれしかった。

 邪魔はしたくない。


「だから、連絡するんでしょ? 応援して、励まして、喜びも悲しみも分かち合っているうちに、恋がうまれ、やがて愛へと変わる。それが青春」

「……青春?」


 気恥ずかしい言葉だ。


「まきちゃんは、奥手すぎです。これからは恋愛マスターの私が指導します。いいですね?」

「は、はい……」


 立場が逆転してしまった。

 ユウちゃんのことを精神年齢が低いと思っていたのに、恋愛に関しては私より高スペックのようだ。

 髪型やスカート丈のアドバイスが良かったように、彼女の意見は無視できないと感じる。

 

「まきちゃん、真剣に聞きすぎ。半分、冗談だから」


 冗談かよ。

 ユウちゃんに水を差された格好にはなったが、それでも今日は充分、楽しい一日だった。

 これで、写真が……そうだ、忘れてた。


「ユウちゃん、写真できたよ。駄目だった」

「え~そんなにあっさり言わないで」


 彼女に見えるように、一枚ずつ机の上に並べていく。

 真剣な表情で顔を近づけながら、確認する。だが、終わりが近づくにつれ、だんだんとあきらめモードへと変わり、最後の一枚で完全に落ち込んだ。

 部屋の隅で丸くなる。


「絵に描いたように落ち込まないで」

「……どうせ私は幽霊ですよ。写真の一つも写りやしない」


 面倒くさい。

 しょうがないじゃない。私だって、撮りたかった。いっしょに写りたかった。


「また何か考えよう? 他にも、いろいろ試していい?」

「……他にって?」

「たとえば……ポラロイドとか、白黒写真とか? 光の……露出っていうのかな? そういうの工夫したり……」

「写るかな?」

「ダメだろうね」

「……」

「……」

「まきちゃんの意地悪」

「ぷっ!」


 それから二人で大笑いした。

 ああ、楽しい。

 ユウちゃんがいるだけで、すごく楽しい。





 次の日、学校で思いがけないことが起こった。


 真島くんが松葉杖で、登校したのだ。



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