第4話 「さん」じゃなくて「ちゃん」

 あの光はやっぱり、神様だったのか?

 人の話も聞かないせっかちな神様だった。願いを叶えたってなんだ?

「われの使い」って、やっぱりあのカラスのことだよな。カラスを助けたから、お礼にユウさんを見えるようにした? 


「なぜ? そんなお願いしてないけど?」

「ん?」


 ユウさんにも考えてもらおう。

 ぶつけた頭がじんじんして、考えがまとまらない。

 

「昨日のことだけど、学校の帰り道に公園を通ったのね」

「いいなあ、学校。私も行きたい」

「学校の記憶もないの? たぶん制服からして、高校生だと思うんだけど?」

「記憶はないけど、どんなものかは知ってる。友達といっしょに勉強するところ」

「……まあ、そうだけど」

「あと、恋とか、ときめきとか……」

「それはどうかな?」

「先生との禁断の愛とか、幼馴染とイケメン先輩との間で揺れ動く乙女心とか……」

「……無視しま~す」

「なんで無視?」

「話が進まないから。ユウさんもいっしょに考えてほしいの……友達でしょ?」


 友達という言葉に反応したようだ。うれしそうに目を輝かせる。

 ああ、面倒くさい。


「うん。それで?」

「公園のゴミ箱にカラスが埋まっていて、助けたの」

「カラス? ゴミ箱? なんで?」

「知らないけど、餌を取ろうとして出られなくなったとか? じゃないかな」

「ドジなカラスだね」

「なんだろうと思って引っ張り出したら、カラスだっただけなんだけど、とにかく、助けた」

「すごい、まきちゃん。かっこいい」


 あれ? そういえば、なんで私の名前知っているんだ?


「話変わるけど、なんで私の名前知ってるの?」

「いまさらだね。なんでだっけ? 答案用紙とか見たからかな?」

「見てるの? って、それはそうか、置いてあれば見るよね」

「お母さんも見てるよ。時々、机の中探したりして、『成績あがってる』とか言ってるよ」

「マジで?」

「うん」


 意外だった。

 勝手に机の中をあさられるのは気分のいいものではない。

 だけど、私のことなど興味ないのだと思っていた。成績のこととか、進路のこととかあまりうるさく言わないし、親だから仕方なく世話してやってるくらいなものだと思っていた。

 私の方から避けていることもあるが、ほとんど会話もない。

 それでいいと思っていた。

 だけど、気にかけてもらっている。


「そっか、お母さん見てたのか……」

「よく来るよ。それで、ずっと居るの。『癒される~』って嬉しそうにベッドで寝転んでる。面白いお母さんだよね。まきちゃんのこと大好きなんだね」

「お母さんが?」

「うん」


 知らなかった。

 洗濯ものとか、掃除とかでこの部屋に来てるのは知っている。親に見られて困るものなど、そもそもない。だから、物を隠したりとかという発想もなかったが、興味を持たれていないので気にもしていなかった。

 この部屋での母の行動など、想像したこともない。

 いつも、疲れたような暗い顔をしている母が、この部屋では「癒される~」って嬉しそうにしてる。

 ユウさんの主観ではあるが、私のこと大好きだなんて。

 びっくり……びっくり過ぎる。


「ユウちゃん、ありがとう。知らなかったよ」


 幽霊なんかに関わってどうしようかと思っていたけど、悪いことばかりじゃなかった。良いこともあった。

 私の知らない母をユウさんが知っているというのも複雑ではある。だけど、ユウさんがいなかったら、ずっと知らないままだった。


「いま、『ユウちゃん』って言った!」

「え?」

「『さん』じゃなくて、『ちゃん』」

「そうだっけ? 『ユウさん』」

「『ユウちゃん』がいい。距離がグッと縮まった感じで友達っぽい」

「わかった。じゃあ、『ユウちゃん』で」

「なあに、『まきちゃ~ん』」


 ああ、やっぱり、面倒くさい。

 



 

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