第36話 おまえさんも冒険者だろう


 俺は諦めずに、マイヒーローの背中に語り掛ける。


「あ、そうか。そうですよね。嵐山さんからすればレオドレイクなんて雑魚ですもんね。説明足らずですいません。実は、嵐山さんにとっては雑魚のレオドレイクって、世間的には結構強いんですよ。だから、嵐山さんが戦わないと、きっと多くの死人が出ます。だから戦ってくれませんか?」

「はぁ~」


 けだるそうなため息をついて、嵐山さんは振り返る。


 その顔は、眉間にしわを寄せ、視線は俺を一瞥しただけで壁に逸らされた。


「あのなぁ、悪いけどそういうのやめてくれないか?」

「へ……」

「冒険者っていうのは慈善事業じゃないんだ。金を貰って、その引き換えにモンスターと戦う。そして生計を立てるのが冒険者だ。ビジネスだ。わかるか?」


 身振り手振りを加えながら、嵐山さんは、面倒くさそうに説明する。


「交戦許可が下りたのは自衛隊にだろ? オレがでしゃばってどうなる? 報酬はどこが出す? 保護動物虐待のレッテルを張られて闘技業界を追放されたら、誰が補償をしてくれるんだ?」


 言っている意味を理解したくなかった。


 これは嘘だと否定したくて、必死に過去の記憶を漁った。


「でも、前にインタビューで、自分を必要としている人がいればどこにでも駆けつけるって。自伝にも、助けた人々の笑顔に勝る報酬は無いって」

「そんなものリップサービスに決まっているだろ。言っておくが騙したわけじゃない。相手が気分よくいられるための大人のマナーだ」


 嵐山が喋るごとに、顔から血の気が失せるのがわかる。


 失望感で体温が抜けていき、手の平が冷たくなっていくのを感じた。


 俺が呆然としていると、嵐山は舌打ちをした。


「やれやれ、なんで一般人は搾取を正当化するかねぇ。作家は原稿を書いて金を稼ぐ職業だ。芸人は芸を見せて金を稼ぐ職業だ。そして冒険者はモンスターを討伐して金を稼ぐ職業だ。なのに一般人は作品の違法アップロードサイトを使い、芸人にタダで芸をねだり、冒険者に人助けを強要する。金が貰えなければ、誰が命がけでモンスターと戦うかよ」


「そんな、だって、冒険者はモンスターの脅威から人々を守る正義の味方じゃないですか!」


「そんなの子供向けの謳い文句だ。覚えておけ、正義感と努力でなれるのはせいぜいCランクかよくてBランク。イメージ戦略と金儲け、スポンサーやマスコミとのコネ作りが上手い奴だけがAランク以上になれるんだ」


「スポンサーやマスコミって……」


「本当に何も知らないんだな。Cランク以上ならみんなやっていることだ。記者に金を握らせて自分の記事を書いてもらったり、マスコミやスポンサー経由で冒険者ギルドに根回しして貰って目立つクエストを回してもらったり、芸能人のパーティーに出席して人脈を作ってテレビに出させてもらったり。そういうのができなければ出世なんてできるかよ」


 俺は言葉を失った。


 これが、本当の嵐山健二?


 俺も子供じゃない。芸能界の闇は知っている。


 アイドルの枕営業。

 お笑い芸人のパワハラ。

 タレントの不倫問題。

 女優俳優の未成年との淫行事件。

 有名人の裏の顔。

 いろいろな暴露話。


 でも、冒険者は別だと思っていた。

 いや、思いたかったのかもしれない。


 冒険者には小細工無用。

 ただ黙って鍛えて、高難易度クエストをこなせばSランクになれる。

 そう、自分に言い聞かせていた。


 けれど、現実は違った。

 胸が辛くて、涙腺が痛くなってくる。

 これが、俺の憧れたヒーローの素顔。

 俺が夢見た世界の正体。



 冒険者ギルドをクビになったあの夜に思った。

 自分の実力不足ならともかく、業界そのものが衰退して、業界からいらないと言われたらどうしようもない。


 俺は冒険者が好きだったけど、冒険者業界は俺のことを好きじゃなかった。


 でも、それ以前の問題だった。

 俺が愛した、みんなを守る正義のヒーロー世界なんて、元から無かった。

 俺が心の中に思い描いた理想郷を冒険者業界に重ねて、在りもしない夢の国を目指していただけだったんだ。




 自分の心も魂も空っぽになって、体の中が空洞になっていくような失望感で、その場に崩れ落ちてしまいたかった。


 俺の膝が震えると、嵐山は投げやりに言った。


「そんなに助けたきゃ、お前さんが自分でやりな。お前さんも元冒険者だろう? 世のため人の為、無償で戦えよ。そんで、せいぜい動物虐待の汚名を着るんだな」


 嵐山の言葉が、俺の空洞に突き刺さる。


 けど、それがカンフル剤のように、俺の怒りと憎しみを呼び起こした。



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 60000PVアンド★300そしてついに1000♥達成です。

 私の作品でカクヨムでの一番人気は【闇営業とは呼ばせない 冒険者ギルドに厳しい双黒傭兵】でしたが、本作は記録を次々塗り替えてくれます。

 皆さん、応援ありがとうございます。

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