第32話 冒険者オタクと闘技者オタク
三時間後。
最前列の関係者席で、俺らは試合を観戦していた。
それでも、まだまだ俺は夢心地が抜けず、ふわふわとしていた。
第四試合が終わると、右隣に座る春花が顔を覗き込んできた。
「なぁに孝也。まだ余韻に浸っているの? 孝也ってばミーハーなんだから」
「しょ、しょうがないだろ。嵐山健二は、俺の永遠のヒーロー、むしろ神なんだから。嵐山神だ」
「孝也はガチ勢だなぁ」
「褒めるなよ」
俺は、誇らしげに口角を上げた。
「ハルカ、今のは褒めたのですか?」
「いや」
ノエルと春花が、ちょっと塩対応だけど気にしない。
「でもまさか、嵐山選手と話ができる日が来るとは思わなかったぜ。これも、闘技者になったおかげだな。感謝してるぜ春花」
「でしょ? もっと感謝してくれてもいいよ」
「おう、ありがとうな春花。お礼にお前のクエスト、絶対成功させてやるからな。Aランク闘技者になって、お前の縁談なんて白紙にしてやるよ」
「ッ~~、えへへ」
春花は頬を染め、軽く身震いして肩を抱いた。
いくらなんでも、喜び過ぎだろう。
でも、その姿は恋する乙女っぽく、とても可愛かった。
——春花って、普通に可愛いよな。
前は、見てくれはいいけど強引過ぎて好きじゃなかった。
けれど、最近は、普通に可愛い女子だな、と思えるようになった。
「ね、ねぇ孝也、どうせだったらSランク闘技者目指してみれば?」
「Sランク?」
春花の縁談を白紙にする条件は、Aランク闘技者になることだ。Sランクを目指す必要はない。
いや待て、Sランクって、何か忘れているような気が……。
「いいじゃない。プロデューサーになってSランク冒険者を輩出するのがボクの夢なんだから協力してよ。それに、Sランクになれば、嵐山選手とも戦えちゃうよ」
「お、俺が嵐山さんと戦うって、いやいや勝てるわけないだろ!」
「そりゃあ今すぐは難しいかもしれないよ。でも、孝也ならいつか絶対勝てるって。ボク、信じてるよ」
言いながら、春花は俺の右腕を抱き寄せた。
その自信はどこから来るんだと言い返してやりたいも、春花の熱っぽい眼差しのプレッシャーに、俺は何も言えなくなってしまった。
「わたしも信じているのです」
左隣に座るノエルも、俺の腕を抱き寄せる。
相変わらず人懐っこく、春花の真似っこばかりしたがる子だ。
ちなみに、二人ともクッション性の高い胸をしているので、腕が幸せでならない。
——あ~、やばいやばいこれはやばい。
ヒーローにあるまじき、本能的欲求に耐えていると、助け船が出た。
『お待たせしました皆様! それでは、これより本日のメインイベントを開始致します!』
アナウンスの声に、俺は前かがみになっていた体と頭を起こした。
——ついに来るぞ!
意識が、無人のバトルフィールドに集中する。
沸き上がる歓声が遠ざかり、心臓の鼓動が、喉を通って耳まで響く。
今日のメインイベントは、つまり、神の出番だ。
『世界最難関ダンジョン、タルタロスを攻略したのは誰だ! 港町を襲ったゴーストシップを退けたのは誰だ! 悪徳冒険者パーティー青き絆を逮捕し不正をただしたのは誰だ! そうだこいつだ! この三か月どこに行っていたんだ俺らのヒーロー! 元Sランク冒険者! ドラゴンスレイヤー! 嵐山ぁああああああああ健二だぁああああああああ!』
選手入場口から、嵐山神が姿を現した。
会場中から悲鳴が響いた。まるで、火山が噴火したような大音声だ。
俺も、両手で握り拳を作り、叫んでいた。
「うぉおおおおおおおおお嵐山あぁあああああああああああああ!」
俺の左右で、春花とノエルがちょっと驚いているけど、気にしてなんかいられない。
モンスターが保護動物になってから、一部の有名冒険者は、非難の対象になった。
現役時代、モンスターを悪く言って、過激なコメントをしていた冒険者は、動物虐待の筆頭としてやり玉にあげられてしまったのだ。
今、司会進行の人がモンスター討伐の功績に触れなかったのも、そうした世論に配慮したためだろう。
けれど、嵐山神の人気は今でも健在だ。
『モンスターは存在が罪』
『ケダモノ共なんざ俺が皆殺しにしてやるよ』
『モンスターを駆逐する。そいつが俺の生き甲斐さ』
そうした発言をしたことがなく、いつもクールに勇ましく、
『助けを求める人がいるならどこにでも駆けつけるさ』
『今回の敵も強かった。モンスターながら見上げた奴だった』
『オレを必要としてくれる人がいる限り、オレは戦う』
というスタンスを貫いてきた嵐山は、ネット上でも多くの人が擁護してきた。
司会進行の人が言った通り、嵐山は俺らの永遠のヒーローだ。
嵐山はハルバードを掲げ、ファンの歓声に応える。
ちなみに、俺がハルバードを武器に選んだのも、嵐山に憧れてだ。
実際には、嵐山は敵に合わせて多くの種類の武器を使う。
でも、ドラゴンを中心に大型上級モンスターを退治しに行く時は、必ずハルバードを持っていく。
雑誌で嵐山の写真が使われる時も、たいてい、ハルバードを持った姿で撮影される。
爆発魔法も、嵐山の得意魔法で、前にテレビで、ドラゴン相手には爆発魔法が最適と言っていたから覚えた。
嵐山は、冒険者孝也の起源と言ってもいい。
『対するは、闘技業界が誇るSランク闘技者! 氷帝! 北村涼子だぁ!』
反対側の入場口からは、名前の通り、涼し気な表情の女性が入場してきた。
背が高く、手足はスラリと長い。
端正な顔立ちで、男装が似合いそうな、かなりの美形だ。
背中に挿した鞘から剣を引き抜くと、白銀の閃きが空を走った。
剣先から柄頭までが、等しく銀色に光る剣を構えると、客席から女性ファンの黄色い歓声が沸き上がった。
Sランク闘技者だけあって、凄い人気だ。
闘技には興味のない俺でも、一応名前は知っている。
けど、闘技場と言うホームに来ると、そのカリスマ性を嫌と言うほど感じた。
特に、
「うぉおおおおおおおおおおおおお! 北村選手こっち見てぇええええ!」
隣で春花が目を血走らせながら声を張り上げているので、わかりやすい。
どうやら、女性人気の高い女性選手らしい。
『それでは時間いっぱい。両者、準備はよろしいですね。それでは試合、はじめぇええええええええ!』
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