第31話 生ヒーロー
いつもの関係者入り口で顔パスしつつ、着券率カウントのために、スマホの画面でQRを読み込み、俺らは入場した。
でも、しばらく春花と一緒に歩いていると、違和感に気づいた。
今日、俺らは試合ではなく、観戦のために来ている。
なのに、いつもの通路を歩いているのだ。
「なぁ春花。この先って、選手控室だよな? 客席に行くなら別の道じゃないのか?」
「まぁまぁ、ちょっとしたサプライズだよ。ねぇ孝也、ここが誰の控室かわかる?」
「え? え!?」
思わず、声を上げてしまった。
今日行われる試合は五試合。
参加する選手は16人だ。
闘技ファンじゃない俺は、選手の名前なんてほとんど覚えていないけど、この人だけは別だ。
「ここ、嵐山健二さんの控室じゃないか!?」
このドア一枚向こう側に、子供の頃から憧れていたヒーローがいる。そう思っただけで、心臓のギアが一段階上がった。
「その通り。じゃあ孝也、中に入ろうか」
さも当然、とばかりに、春花は親指を立ててサムズアップ。
「いやいやいや何言っているんだよ春花。相手が誰だかわかってんのかよ」
俺が勢いよくまくしたてる一方で、春花はえらく自信のある顔で耳打ちしてくる。
「同業者相手に何を遠慮しているの? 冒険者業界じゃどうだか知らないけど、闘技業界じゃ孝也のほうが先輩でしょ?」
「え? 俺が……嵐山健二の先輩?」
在り得ない状況に、思わず反芻してしまった。
「だって嵐山は今日がデビュー戦でしょ? なら、孝也のほうが闘技者の先輩でしょ? 嵐山はSランク闘技者スタートだけど、それは元Sランク冒険者っていうキャリアを買われてで、闘技業界じゃまだ実績ゼロなんだから、ね」
ウィンクでしめる春花。俺は息を呑んだ。
「お、俺が……嵐山健二の、先輩……」
憧れの嵐山健二と自分が対等に話している姿を妄想して、頬がニヤけた。
「そ、そうか、そうだよな。一か月半とはいえ、俺、同業者で先輩だもんな」
「そうそう。もうヒーローと一介のファンAじゃないんだから。気にすることないよ」
「よ、よっし。行くぞ」
俺は、肩をいからせてから息を吐いて、ノックした。
中から、入室を促す渋い声がした。
テレビや動画で何度も聞いた声に、心臓が跳ね上がった。
——間違いない。嵐山健二の肉声だ。
「失礼します」
——大丈夫。自信を持て。この業界じゃ、俺のほうが先輩なんだから!
意気込みながら、俺は力強くドアを開けて、足を踏み入れた。
そして、嵐山健二と対面した。
「ん? お前さんは確か」
「ッッ――し、しつれいしまぁす、どうもぉ、高橋孝也でございましゅ」
スターの威光に腰が砕け、思い切り噛んだ。情けない。
「初めまして。桜森事務所社長兼プロデューサー、桜森春花です。この二人はうちの選手です。Dランク闘技者の高橋孝也とノエルです。今日は試合前の激励に来ました」
春花が饒舌に語り、場を持たせつつ俺の失敗をカバーしてくれる。ありがとう。
「あぁ、話は聞いているよ。今、話題だからな」
嵐山健二が、気さくに返事をしてくれる。
その奇跡に目を見張りながら、俺は奥歯を噛みしめた。
190センチの長身と屈強な体格。
頭は視界を確保するためにあえて兜屋ヘルメットはかぶらず、額当てだけで済ませてしまう潔さ。
首から下も、Sランク冒険者とは思えないくらい質素で飾り気がない
彼の出演するCMのセリフは忘れない。
『男は黙ってアサルトスーツに防刃チョッキ。それさえあれば、あとは何もいらない』
今年で40歳を迎える髪は白髪が混じり、白髪染めは使わず素のままの自分を見せる。
顔には、回復魔法やポーションでも消えない傷跡が何本も刻まれ、その一つ一つが伝説の証だった。
——すごい。嵐山健二が目の前にいる。動いている。喋っている。
そんな当たり前のことにすら、俺は感動していた。
勇壮な瞳がこちらに向けられると、背筋が伸びた。
「お前さん、高橋孝也とか言ったな。この前の試合は見事だったよ。冒険者高校を卒業したばかりのEランク闘技者がCランクに勝つなんて凄いじゃないか」
「み、見てくれたんですか!?」
まさか、嵐山健二が俺を知ってくれているなんて。生きててよかった!
感激のあまり、涙腺が熱くなる。
春花の言う通り、俺はもう嵐山健二の同業者で先輩だ。
けれど、頭ではわかっていても、やっぱり、憧れのマイヒーローの前では、男の子はいつだって少年だった。
俺は、完全に童心に返っていた。
「あ、嵐山さん! 俺、小学生の頃からずっとファンでした! 嵐山さんの本も、DVDも、全部持っています!」
「そうか。そう言ってくれると嬉しいよ」
ファンに媚びることはせず、クールな対応。流石だ。
逆に、俺の声はますます加熱する。
「嵐山さんに憧れて、俺、冒険者高校に入学して、冒険者になったんです!」
「そっか、でもお互い辛かったよな」
【お互い】、という言葉に、俺は心臓のギアがさらに一段高くなる。まるで、身内のような扱いじゃないか。
「いやいや、俺なんて冒険者になったばかりだったし、でも雑魚モンスター相手じゃ俺の爆発魔法は役に立たなくて、嵐山さんのほうが何倍も辛かったですよね?」
「まぁな。でも、もう上級モンスターを退治してくれなんて依頼は無い。俺は生活には困っていないし、なら、わずかな中級モンスターや雑魚は、下の連中に残してやりたい。冒険者業界には、冒険者以外に生活費を稼ぐすべが無い奴がごまんといるんだ。あそこが俺の引き時だったんだ。未練はないさ」
——カッケェェェ!
冒険者ギルドをクビになった俺なんかとは違う。
後進のために自ら席を譲った、いわゆる、勇退だ。
俺が一人で興奮していると、嵐山さんは右手を伸ばして一言。
「お互い、冒険者ギルドからの転職組同士、頑張っていこう」
「は、はい!」
嵐山さんの大きく厚い、戦士然とした手を握りながら、俺は大きく頷いた。
嵐山さんの方から握手を求めてくる。
こんなミラクルが起こるだなんて、冒険者時代の俺が知ったら、どう思うだろうか。
嵐山さんの手は力強く、握手というより、軽く手を締め上げてられているような気分だった。でも、それが良かった。
新たなノック音がして、嵐山さんは俺から手を離した。
「会社の人間だ。ではまた次の機会に会おう。お前さんの活躍を楽しみにしているよ」
そう言って、嵐山さんは控室のドアを開けて、スーツ姿の男性たちを室内に引き入れた。
交代で俺らは出て行くも、俺の興奮は冷めず、夢心地だった。
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30000PV達成です。
またnoctis0823さんが、オススメレビューを書いてくれました。
感謝です。皆さん、応援ありがとうございます。
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