第30話 こ、これが上級国民……


 二週間後の午後一時。

 初夏とは思えない暑い日差しの下で、俺はぎょっとした。


「すげぇ客の数だな。これも嵐山効果か?」


 試合開始時間は午後三時。

 闘技場施設、その入場開始時間が一時半なのに、闘技場外縁部は人でごった返していた。


 広大な駐車場は車で埋め尽くされ、シャトルバス乗り場方面からは人の流れが止まらない。


 試合開始二時間前なのに、南1番ゲート、南2番ゲート、南3番ゲートの前では、長蛇の列が人間の小腸のように何重にも蛇行して並び、敷地内を埋め尽くしていた。


 最後尾では、バイトらしき係員が【南●番ゲート最後尾】と書かれた看板を掲げている。


 拡声器の一種であるトランジスタメガホンを片手に、多くのスタッフが案内台詞を繰り返しているけれど、客が多すぎて、さばき切れていなかった。


「だろうね。8万人を収容できるこのT都ドームでチケットが即日完売。追加分は抽選だもん。人気試合の洗礼は、孝也も味わったんじゃない?」

「う、おう」


 嵐山ファンの俺は、当然、今日のこの試合を知っていた。

 でも、チケットを予約しようとサイトにアクセスしたときには、もう完売済で肩を落とした。


 追加分の抽選にも落ちて、仕方ないからテレビで観戦しようと思っていたため、春花からのプレゼントは、地獄に仏だった。


「ふっふーん。だけどね、こうして新進気鋭の人気事務所の社長をやっていると、こうして関係者席のチケットが回ってくるんだよ。闘技者になって良かったでしょう?」

「へへー、ありがとうごぜぇます春花様ぁ」


 大きな胸を揺らしながら、背筋を逸らしてドヤる春花に、俺は両手を合わせて拝み始めた。


 何故か、ノエルが春花の隣で胸を張り始める。

 ――いや、お前は関係ないからな。でも可愛いから許す。


「ていうかなんでこいつらこんな時間に集まっているんだよ? まだ試合開始二時間前だし、それ以前に闘技場の開場(開店)30分前じゃねぇか」


 これが、買い物をする店ならわかる。先頭に並べば、開店後すぐに商品の場所まで行って買い物ができる。


 だが、ここは闘技場だ。

 開場と同時に入場しても、試合が始まるのは一時間半後だ。

 早く来る意味がない。


 客の誰かが叫んだ。


「おい早く中に入れろよ! こっちは客だぞ!」

「こんなに並んでいるのになんで中に入れねぇんだよ!」

「ゲート開けろよバカ! 仕事できねぇのか!」


 ――だから開場30分前だっつの! お前は開店朝九時のスーパーに八時半に来てキレるのか!?


 俺は、ゲンナリとした溜息をついた。

「おい春花。これは何がどうなっているんだ? 自由席の人は早く入っていい席を取りたいんだろうけど、今日は全席指定席だろ。早く来ても遅く来ても一緒だろ?」

「ふふふ。スポーツ観戦七不思議のひとつだよ。何故か開場一時間以上前にみんな集まるんだよね」


 春花はウキウキと話す。


「まっ、種を明かせば、この並んでいる状況を楽しみたい人、開場時間の存在を知らずに行けば入れると思っている人が多いからかな」

 ――種明かし早!?


「あとは、試合開始前から客席で仲間と今日の試合の予想を話し合って待ちたい人とか、係員がバトルフィールドの準備をしているところから見たい人とか」

「ようするに、闘技場っていう場所の空気や試合の裏側まで楽しみたいってわけか……」

「さっすが孝也、呑み込みが早いぞ」


 熱狂的な闘技ファンである春花もまた、この状況を楽しんでいる様子だった。


 急に、彼女が遠くに感じる。


「まぁボクらは関係者入り口から入れるんだけどね。ほら行くよ」

「行くのです」

「な、なんて汚い大人の世界だ……これが上級国民……」


 ちょっと汚れた気持ちになりつつ、俺は春花の後を追うのだった。あと、七不思議の残り六つって何?



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