第28話 家族以上、恋人未満
リビングへ着くと、食卓テーブルには三人分の夕食の用意がされていた。
ケチャップソースのかかったロールキャベツとシチュー、それにピラフだ。
「お、きたね孝也。さ、席に着いて」
エプロン姿で優しく微笑む春花の姿に、心臓をドキリとさせられた。
——かわいいな。
春花みたいに背が高くて大人っぽい、モデルみたいな美人がエプロンを身に着けると、途端に親しみやすくなって、彼女の魅力を上手く引き立てていた。
それに、料理の邪魔にならないようにするためだろう。
長い髪を後頭部で結んだ、シニヨンヘアーにしている。
それが冒険者モノのアニメのヒロインみたいで、目を惹いた。
「ボクに見惚れるのもいいけど、ご飯が冷めちゃうよ」
ウィンクをしてから、春花が椅子を引いてくれた。
心を見透かされたことを恥ずかしく思いながら、俺は春花に促されるまま、椅子に座った。
食欲をそそる香りに、舌が唾液に沈んだ。ソレを喉の奥に呑み込んでから、俺は尋ねた。
「春花とノエルが作ってくれたのか?」
春花は、大学と社長とプロデューサー業で忙しく、実家暮らしだった俺は料理ができない。ノエルは、こちらの料理作りには慣れていない。
だから、俺らの食事は基本、外食か出前、買ってきたものを食べる形だ。
「うん。ノエルがね、孝也が元気ないからどうしようって言うから、じゃあ手料理を食べさせてあげたらきっと喜ぶよって教えたら張りきっちゃって」
テーブルの傍らに立つノエルが、肘を上に曲げて拳を顔の左右に持ってきたポーズで、むふーん、と誇らしげに息をついた。
「がんばったのです」
ケチャップソースで汚れたエプロンが、ノエルの健気な努力を物語っていた。
それから、ノエルは手を下ろして、俺を見つめてくる。
「タカヤ。わたしは、タカヤに感謝しているのです」
いつも通りの無表情で、たんたんと語り始めた。
「わたしたちドラゴニュートは戦闘民族で、戦い力を示すことを生き甲斐としています。でも、わたしは不吉な桜色の髪だから、誰も戦ってくれませんでした。ハルカが闘技者にスカウトしてくれましたが、闘技協会は、単独での参加を認めてはくれませんでした」
初めて聞いた事実に、少し驚いた。
ドラゴニュートに人権が認められたと言っても、まだ抵抗のある人もいる、ということなのか。
いや、ドラゴニュートが単独で活躍し過ぎることを懸念したのかもしれない。
人間たちの競技のチャンピオンが、人間じゃなくてドラゴニュート、なんてことになったら困る人たちがいるんだろう。
「でも、わたしのパートナーは、わたしがドラゴニュートだと知ると嫌がって、逃げてしまいました。けど、タカヤは逃げなくて、わたしに訓練をしてくれて、強くしてくれて、一緒に戦ってくれました。この前の戦いは、本当に楽しくて、そして誇らしかったです。タカヤのおかげで、わたしはドラゴニュートらしく生きることができました。タカヤはわたしの恩人なのです。だから、ありがとうです」
彼女の声は、多くの感情を含んでいた。
最初は悲しみ、次に喜び、最後に感謝だ。
普段は無口な彼女が口にした言葉に嘘偽りがないことを、俺は胸の内で感じていた。
ノエルの言葉が胸に響いて、俺は初めて、努力が報われた気分になった。
——あぁ、まさか、ドラゴンスレイヤーを目指していた俺が最初に助けたのが、ドラゴニュートなんてな……。
現実は小説よりも奇なりか。
——冒険者をやっていた時よりも、今のほうがよっぽど冒険者らしいじゃないか。
幼い頃に憧れた、救いのヒーローたちを思い出しながら、俺は自然と笑っていた。
「じゃ、みんなで食べよっか」
春花は、ノエルの背後に周って、結びひもを解いてあげる。そうしてノエルのエプロンを脱がせてあげてから、自分もエプロンを脱いで、椅子に掛けた。
その姿が仲の良い姉妹みたいで和んだ。
二人は、俺を挟むように左右の席に座った。
「いただきます」
春花に釣られて、俺とノエルも頭を下げる。
俺は、フォークとナイフを取ると、早速、ロールキャベツを小さく切って、口に運んだ。
ロールキャベツは形が不ぞろいで、キャベツは少し硬かった。
でも、二人が俺のために作ってくれたものだと考えると、口よりも心が満たされた。
「ノエルの味はどう孝也? 初めてでこれだけ上手く作れるなんてすごいと思わない?」
「ハルカが手伝ってくれたからなのです」
「謙遜しないの。でも可愛いから許す」
ちょっと照れ臭そうに言うノエルに、春花はぐっと親指を立てた。
その平和なやりとりに癒されて、俺は自然とお礼を口にした。
「ありがとうな、二人とも。すごくおいしいよ」
ノエルの目元が、ほにゃっとやわらかくゆるんだ。いつもは無表情なノエルが見せてくれた表情の魅力は底なしで、とても幸せな気持ちになれた。
闘技者になる前は、パーティーメンバーに裏切られて、中学時代の同級生たちに馬鹿にされて、本当に辛かった。
でも、今はこんなにも俺のことを想ってくれる人がいる。
そのことが、幸福だった。
俺が顔をほころばせると、春花は、しおらしい態度で口を開いた。
「ねぇ、孝也……ボクの依頼(クエスト)、聞いてくれる?」
「依頼?」
「うん」
頷いて、春花は真っ直ぐ、俺の瞳を覗き込んできた。
「孝也、ボクを助けて。ボクね、親の決めた相手と結婚させられそうなの。でも、ボクはそんなの嫌。でも、ママは約束したよね。孝也が年内にAランクになったら縁談は白紙にするって。だから、Aランク闘技者になって、ボクを助けて欲しいの。ボクのクエスト、受けてくれる?」
それは、言われるまでもなく、元からそれを目標に戦ってきた。
でも、思い返してみれば、そういう流れになっていただけで、正式な約束、というのはしていなかった。
——それにしても、クエストか。
俺に気遣ったであろう言い回しには、ちょっと複雑な想いを抱いてしまう。
でも、今は素直にその厚意を受け取ろうと思えた。
冒険者の仕事は、モンスター退治だけとは限らない。
警察や警備会社の発達で少なくはなったけれど、要人警護や犯罪者の捜索など、危険な仕事全般を請け負うのが冒険者だ。
なら、お金持ちのご令嬢を【救う】ために、闘技場で戦う、というのも、冒険者の仕事だ。
「いいよ。そのクエスト、この高橋孝也が確かに請け負った。必ずAランク闘技者になって、お前の縁談を白紙にしてやるさ」
春花の顔に、満開の笑顔が咲いた。
「えへへ、孝也ぁ」
春花が俺の右肩に甘えてくると、真似をしてノエルも、俺の左肩に甘えてきた。
二人に頼りにされると、空っぽの心が満たされた。
まだ、冒険者への未練は諦めきれない。
だけど、この二人のために、しばらくは選手を続けていきたい。
自然と、そう思えた。
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