第22話 偽装の恋人のはず、だよな?
「いやぁ、サイコーだったね」
家に着くなり、春花はご機嫌な声でリビングのドアを開けた。
俺も、同感だった。
あれから、約束通り、光良は全国生放送で頭をバリカンでボウズにされた。
その様子は痛快で、最高の見世物だった。
ネットの動画サイトには、その部分だけを切り取った動画が投稿され、再生回数が凄いことになっている。
「ランクも、二階級特進は逃したけど、EからDランクにアップしたしな」
「でも、Cランクに勝ったのにDランクなんて変だよね」
「それはスタッフの人も言っていただろ? まだ二試合しかしていない俺とノエルがいきなりCランクは問題があるって」
「やれやれ、残念だなぁ」
そのくせ、ちっとも残念そうじゃない。
「春花、顔が笑っているぞ」
「ふふん、だって今回の勝利でPV出演が決まったからね。これで孝也とノエルの人気に拍車がかかれば、次の試合はすぐに組んでもらえるよ」
「そういえば、そんな約束していたな」
負けた方はボウズ頭のインパクトが強すぎて、すっかり忘れていた。
「それに、Cランク闘技者VS新人のEランク闘技者ってこともあって、オッズはかなり偏っていたからね。億単位で儲けさせてもらったよ。二人にも特別ボーナスあげるからね」
「そういや、互いの全個人資産を自分の選手に賭けるって約束だったな。ん? ていうことは今、光良の奴って無一文か?」
「だろうね。賭けるのは光良個人の資産だから実家は無事だろうけど、親に泣きついてこっぴどく叱られているんじゃない?」
「これも、記者会見で欲を出して負けた方は勝った方の傘下に入るとか提案してくるから。いい気味だぜ」
光良のドヤ顔や勝ち誇った顔、そして頭をボウズにされるときの顔を思い出して、俺は噴き出した。
「とにかく、今日はお疲れ様。紅茶淹れてあげるから、二人は休んでてよ」
言って、春花はキッチンに引っ込んだ。
「じゃ、お言葉に甘えて、あー疲れた」
どさりと、ソファに座りこんだ。
すると、ノエルが無言のままに俺の隣にお尻を下ろして、こてん、と倒れてきた。
頭を俺の膝に乗せて、頭をくしくしと動かして、甘えてくる。
その姿があまりに小動物的でつい、心のタガがゆるんでしまう。
なんとなしに、ノエルの頭をなでてみる。
すると、ノエルは気持ちよさそうに目を細めた。
こうしていると、ドラゴンスレイヤーっていうか、ドラゴンテイマーだな。ていうのは失礼か。
もう、ドラゴニュートは人間扱いなんだし。
自分でも驚いているけど、俺は早くも、ノエルのことを人として受け入れ始めていた。
高校時代の俺なら、在り得なかったろう。
繰り返すけれど、つい最近までドラゴニュートはドラゴンの一種で、ドラゴンは害魔獣であるモンスターだ。
討伐対象で、冒険者たちの好敵手だ。
フィクションだと、ドラゴニュートをヒロインにした恋物語はあるけれど、現実にはドラゴニュートと結婚した人間の話は聞かない。
いきなりドラゴニュートから「今日から俺らも人間扱いだからよろしく」なんて言われても、抵抗があったと思う。
でも、ノエルは別だ。
この二週間、一緒に訓練をして、背中を預けて戦い、今日の試合も、ノエルがいなかったら、決して勝てなかった。
ノエルは、俺の仲間で、害魔獣なんかじゃない。
——考えて見れば、俺ってドラゴニュートと接するのって初めてなんだよな。
昔は本当に、ドラゴンの延長だと思っていた。
ホラー映画に出てくるドラゴニュートみたいに、人間の姿のまま牙を剥きだして人間にかじりつくような化物をイメージしていた。
でも、ノエルを見ればわかる。
ドラゴニュートはモンスターじゃない。
普通の人間と同じなんだ。
ノエルの頭をなでながら、あたたかい気持ちになっていると、春花の明るい声が聞こえてきた。
「はい、紅茶とお菓子、持ってきたよ」
トレーを手に、リビングに戻ってきた春花。
そういえば、今の俺があるのって、春花のおかげなんだよな。
俺は、もう少し、彼女に感謝してもいいのかもしれない。
トレーの上からソーサーとカップ、それから、クッキーを乗せたお皿をテーブルに移すと、春花は、俺のすぐ隣に座ってきた。
互いの肩がこすれ合い、心臓が高鳴った。
「は、春花?」
「さ、食べて食べて」
ノエルは俺の膝から頭を起こして、嬉しそうにクッキーをぱくつき始める。
でも、紅茶とお菓子よりも、春花のことが気になってしまう。
「おい、ちょっと近いぞ」
「いいじゃない別に。恋人って設定なんだから。ね」
そう言いながら、春花は俺の腕を取ってくる。
「家の中でその設定に従う必要あるのかよ?」
「どこでママが見ているかわからないし、もしかしたらいつのまにか監視カメラがついているかもよ。盗聴器とか」
ならこの会話を聞かれている時点でアウトだろ、という言葉は飲み込んだ。
春花の声ははずんでいて、目は楽しそうで、水を差させないパワーがあった。
どう見ても、恋人設定を口実にして、俺にくっつきたいだけだろう。
ここまでされると、もしかして春花は本当に俺のことが好きなのでは? という思いが湧いてくる。
落ち着けと、自分に言い聞かせる。
これが春花の演技で、俺を自分の手ごまにするための策略だったら、俺はとんだピエロだ。
今までモテたことのない人生経験がネガティブなバックアップとなり、警戒心を高める。
でも……今の俺があるのは、春花のおかげなのは事実だ。
春花が、俺を闘技者にスカウトしてくれたおかげで、俺は人々から賞賛された。
ドラゴニュートのノエルと知り合って、間違ったイメージを正せた。
ノエルとタッグを組んで、冒険者らしいパーティー戦を体験できた。
もしも、春花が拾ってくれなかったら、俺は今でも冒険者ギルドへの未練を引きずりながら、きっと惨めな人生を送っていたことだろう。
だから、そのことだけは、きちんとお礼を言うことにした。
「なぁ、春花」
「ん? なぁに孝也?」
春花も、クッキーを一枚手に取った。
「俺のこと、スカウトしてくれてありがとうな」
彼女の手から、クッキーが落ちた。
春花の顔が、みるみる桜色に染まっていく。
緊張したように硬直して、かと思えば、だらしなく、頬をゆるめた。
「孝也ぁ」
ゆるみきった顔で、肩口に抱き着いて来た。
そんなことをされると、心のタガがゆるんで、ますます勘違いしそうになってしまう。
でも、俺はすぐに悟った。
——こいつ、マジで俺のこと好きなんじゃね?
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読んでくれた皆さん、ありがとうございます。
また、この場を借りて、支援してくれた方々へ感謝を。
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