第21話 元Fランク冒険者 VS 最強のタンク闘技者


 刹那、不吉な音がした。


 ハルバードの柄にヒビが入り、へし折れた。


「くそっ」

 やっぱり、鋼のハルバードじゃダマスカス鋼には負けるか。


「タカヤ」

 ノエルは、俺の背中に抱き着くと、バックブーストで亀田から距離を取った。

「ごめんなさいタカヤ。わたしの爪じゃ、倒しきれなかったのです」

 耳元で、しょんぼりとした声で謝るノエルに、俺は優しく声をかけた。


「気にするな。お前が亀田を押さえてくれなかったら、兎山には勝てなかったよ」


 勝利のために健闘してくれた仲間をねぎらうと、亀田が喉を鳴らした。


「兎山を倒すとは見事だ。しかし、貴様らの最大攻撃は知っている。ドラゴンの爪も、爆轟魔法デトネイションも、我が鉄壁の防御には通じないぞ」


 亀田の言う通りだ。

 奴のフルアーマーには、無数の傷はあるものの、貫通して穴が空いた様子はない。


 牙ならともかく、爪では、ダマスカス鋼を貫くには力不足のようだ。


 VIP席では、光良が機嫌を直して、両手でガッツポーズをしていた。


 ——くそ、光良が邪魔をしなければ、ドラゴンハルバードで倒せたのに!


 ドラゴンの牙なら、ダマスカス鋼も貫ける。


 それに、ヴォルケーノドラゴンの素材には爆発魔法の威力を高める効果がある。


 強化したデトネイションなら、亀田の魔法遮断魔法を突き破って、亀田にダメージを負わせられたかもしれない。


 だが、今頃、たらればを言っても仕方ない。


 光良への憎しみを押し殺しながら、俺は冒険者としての思考力をフル回転させようとうする。


 すると、背中に抱き着いていたノエルが、俺の前に進み出た。


「タカヤは下がって。あいつは、わたしが倒します」


 ハルバードを失った俺の代わりに、健気にも体を張ろうとするノエル。


 こんな時だというのに、俺は彼女の姿に、軽く感動した。


 仲間が敵を押さえている間に自分が他の敵を倒す。

 仲間が自分を抱えて緊急回避してくれる。

 仲間が自分を守るために盾になってくれる。


 冒険者高校を卒業して一か月半。


 同級生と組んだパーティーでは、一度もなかった展開だ。


 ノエルを守りたい。

 その想いから、すぐに頭を回した。


 今の俺に武器は無い。

 俺に残っているのは、小賢しい頭脳と爆発魔法だけだ。


 なんとかして、ドラゴンハルバードの代わりになる勝利の鍵をそろえて……ん?


 頭に、電流が走るようにして、俺は気が付いた。


「なぁ亀田……俺ら、今日はドラゴンの牙から作ったハルバードを持ってくる予定だったんだよ」

「らしいな。だが、届かなかったのだろう?」

「ああ、どっかの誰かの差し金でな。それさえあれば、俺の爆発魔法を強化して、お前なんて簡単に倒せたんだけどな」

「可能性はあるな。ドラゴン装備はAランク冒険者御用達の最上級武装だと聞いている。だが、ありもしない物の話をしてどうする?」

「ありもしない? そうかな?」

「む?」


 フルフェイスヘルムの奥から、亀田のくぐもった声が漏れる。


 対する俺は、目の前のノエルにうしろから抱き着いて、両手を彼女の手に沿えた。


 ドラゴンのソレに変えている、彼女の手に。


「あ」


 ノエルが、自分の爪を見て声を上げた。

 それで、亀田も気が付いたらしい。

 ガチャっと鎧を鳴らして、大盾を構えた。


「どこに、何がないって?」

「くっ! 魔法遮断力、最大出力!」

「行くぞノエル!」

「はい! わたしの魔力も、プラスします!」


 俺は、あらん限りの魔力を、ヴォルケーノドラゴンであるノエルの【爪】に送り込んだ。


 彼女自身も、自分の爪に魔力を送り込み、俺らは、同時に叫んだ。


「「デトネイション!」」


 灼熱の爆轟が奔った。


 嵐のような轟音を響かせ、怒涛の大紅蓮が土石流のような勢いで亀田に殺到した。


 フィールドの地面は一瞬でマグマ状に融解し、大気は破裂して酸素が連鎖誘爆したように燃え上がり、ドーム状に拡散した衝撃波が、観客たちの髪を暴れさせた。


「そんな、まさか、これほどの、ぐぁああああああああああああああ――」


 悲鳴をかき消されながら、亀田は赫灼たる濁流に呑み込まれていった。

 



 フィールドを包む爆煙が晴れた頃、亀田の姿は、すぐには見つからなかった。


 彼の姿を探すと、黒焦げたフィールドの壁面にめり込む人影があった。


 鎧は原形をとどめていないが、あれが亀田だろう。


 VIP席で、光良が頭を抱え、悲鳴をあげて錯乱している。


 社員らしきスーツ姿の男性たちに取り押さえられている姿が滑稽だった。


 そして、試合終了のブザーが鳴った。


『試合しゅうりょうぉおおおおおお! 勝利したのは桜森事務所! タカヤ&ノエルチームです!』

「タカヤ、勝ったのです」


 俺の腕に収まるノエルが、翼をしまいながらくるりと回って、見上げてきた。


 その顔は目元が嬉しそうに緩み、甘えるような声を出してくる。


「ああ、俺らの勝ちだ」


 すぐに、春花の姿を探した。


 彼女は、VIP席で頬を染めていた。


 まばたきを忘れたように俺らに見入り、やや前のめりだった。


 手は、膝の上でスカートの裾を握りしめている。


「春花! 勝ったぞ!」


 俺とノエルが手を挙げて大きく振ると、春花は正気を取り戻したようにハッとした。それから、彼女も大きく手を振って、満面の笑みを見せてくれた。


 ——まったく、子供みたいに無邪気な顔で笑いやがって。でも、俺にもあんな頃があったよな。


 春花の笑顔で思い出すのは、幼い頃の自分だ。


 幼い頃から、冒険者が大好きだった自分。

 冒険者番組を毎週かかさず見ていた自分。

 冒険者を題材にした漫画やアニメ、ゲーム、ライトノベルに夢中だった自分。

 有名冒険者たちのトレーディングカードを買い漁った自分。

 誕生日に、玩具の冒険者なりきりセットを買ってもらい、はしゃいだ自分。


 冒険者業界が衰退して、俺が失った笑顔を、春花は見せてくれる。


 そのことが、今は無性に嬉しかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 本作を読んでくださりありがとうござます。

 皆さんの応援のお陰で3000PV達成です。

 大感謝です!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る