第18話 中学時代の同級生が外道すぎる

 試合当日の夜。試合開始一時間前。


 選手控室で俺とノエルが待っていると、春花が上機嫌に入室してきた。


「向こうの偵察に行ってきたよ。ボクの見立て通り、やっぱり向こうは亀田と兎山だったよ。流石ボク」


 大きな胸を張って、春花は自慢げに背筋を逸らした。


「プロデューサーが闘技者オタクだと、選手は楽でいいよ」

「ふふん、もっと褒めてくれてもいいよ」


 腰に手を当てて、春花はニヒルな笑みを作った。


「だけど一個だけ問題があるんだよね。ハルバードがまだ届かないの」

「遅いな」

「本当なら今朝届く予定だったんだけど、予定より遅れているから会場に直接お届けしますって言うから待っているのに、何やっているんだろ」

「まさか配送ミスか?」


 一抹の不安に、俺はへの口を作った。


「メーカーも今日の試合のことは知っているし、それはないと思うんだけど」


 すると、タイミングを見計らったように、春花はスマホを取り出した。


「やっとか。桜森だけど、ハルバードはいつ届くの? もう試合一時間前なんだけど? ……は? ちょっとソレどういうこと!? ……いやフザケないでよ。ねぇ、ねぇ、待っ。やられた!」


 通話を切ると、春花は憎らし気にスマホを握りしめ、柳眉を逆立てた。


「おい、まさかハルバード来ないのか?」

「そのまさかだよ。でもこんなの在り得ないよ。取り付く島もない不自然な対応。謝罪する一方のあの感じ、さては財前グループから圧力があったな」

「そんなことできるのかよ? 向こうが財前グループならこっちは桜森グループだろ?」


 しかも、会社の規模なら桜森グループのほうが大きい。


「うちはボクが個人的に最近、闘技業界に新規参戦したんだ。影響力が違うよ」

「親会社に力の差があっても、業界大手の圧力には勝てなかったってことか」


 武器メーカーにコネのある光良なら、うちが新しい武器を発注した情報も、簡単につかめるだろう。


 光良は、どこまで汚い奴なんだ。


 こっちは最近デビューしたばかりの新人でEランク。対する向こうはベテランのCランク闘技者だ。


 元から有利なのに、武器まで制限する性根に、吐き気すら覚えた。


「おやぁ、怖い顔してどうしたのかなぁ?」


 いつの間にか、光良が出入り口に立っていた。

 勝ち誇った顔で、口許は半笑いだった。


「光良お前ぇ」


 俺はベンチから立ち上がり、光良を睨みつけながら大股に距離を詰めた。

 けれど、春花が横に腕を伸ばして、俺は歩みを制された。


「春花?」

「おいおいなんだよどうしたんだよ? 何があったのか知らないけど暴力か? 悪いなぁ。試合前に相手のプロデューサーに暴行か? 出るとこ、出てもらおうかな?」


 光良は、110番を表示したスマホ画面を突き出してきた。

 俺は握り拳を震わせながら、一歩下がった。


「そうそう、それでいいんだよ。もうお互い中学生じゃないんだ。きちんと、社会のルールって奴を守らないと、なぁ」


 やり場のない怒りに俺が抑えていると、春花が冷徹な表情で言った。


「それで、何の用だい?」


 普段の彼女からは想像もできない、いや、俺のデビュー戦の時に見せた、戦いに赴く前の帝王らしい風格で、春花は尋ねた。


「いやほら、負けた方は坊主頭にするって話があっただろ? いくらなんでも女性にそんな酷いことできないからさぁ、チャンスをあげようと思って」


 猫なで声が一転、光良は、嗜虐的な声で言った。


「脱げよ。そうしたら、坊主頭は許してやる」


 言葉の意味がわからなかった。


 こいつ、なんて言った?


 それは、映画やドラマの、悪役がフィクションの中で喋るセリフのはずだ。

作家が、悪役っぽく見せるために、読者のヘイトを稼ぐために空想した、デフォルメされたセリフだ。


 軽く眩暈を覚えた。


 それとも、俺が子供なのか? 芸能界の枕営業や、政治家の汚職みたいに、大人の世界では、こういうことが実在するのか?


 なんて、俺が怒りと動揺がないまぜになった感情で唖然としていると、春花の声に呼び起こされた。


 彼女は自信に溢れた王者の声で、堂々と言った。


「生憎だね。美人はどんな髪形でも似合うんだ。ボクなら、ベリーショートもドハマりさ。ていうか、こんなことをしないとおっぱいも見れないなんて、カワイソ」


 春花の嘲笑に、光良の顔に憎しみが集まっていく。


「残念だよ。せっかく、優しくしてやろうと思ったのに。試合が終わって、うちの傘下になったあとの待遇は、覚悟しておけよ」


 背を向けて、控室のドアを開けた。


「せいぜい粗悪品の武器で頑張るんだな」


 その言葉を置き土産に、光良は出て行った。ハルバードが光良の工作なのは、これで確定だ。


 そして、すぐに春花は舌打ちをした。


「くそ、こんなことなら素直にウチの武器兵器部門に頼めばよかったよ」


 春花は、悔しそうに歯噛みした。


 俺も、焦る気持ちを噛み殺すように、奥歯に力が入った。


 でも、弱音を吐いている暇はない。


 このまま負けたら俺らは光良の傘下。


 光良が俺の上司になるぐらいなら、闘技者なんてやめてやる。

 でも、元からいつかはやめるつもりとはいえ、今すぐはやめたくない。

 それに、そうなれば春花は親の決めた相手と結婚しなくてはならない。

 もしかすると、それは光良かもしれない。あいつなら、どんな汚い手を使ってくるかわからない。


 春花と俺は偽の恋人だ。


 それでも、自分のせいで知り合いが不幸になるのは、嫌だった。


 そして思う。

 冒険者なら、絶対に理不尽を見逃さない。


 ここで負けたら、俺は俺が目指した冒険者道を見失ってしまう。


 俺は、冒険者としての思考力をフル回転させた。


 接敵までの時間は一時間として、彼我の戦力から勝利する方法を導き出す。


 そして、一つの賭けに出た。


「戦う相手を入れ替えよう」


 俺は言った。

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