第10話 子猫みたいに可愛いノエルだけどドラゴニュートです

 春花に連れてこられたのは、桜森ジムという名前のジムだった。


 看板に桜森グループのマークが刻印されているので、きっと、桜森グループが経営しているジムなのだろう。


 平日の午前のせいか、利用者の多くは主婦と思われる女性たちだった。


 更衣室で、俺は防刃チョッキを着た冒険スタイルになると、裏手のグラウンドに足を運んだ。


 肩にハルバードを引っ掛けて待っていると、すぐに二人が姿を見せた。


 春花は白のブラウスに青のスカートのままだけど、ノエルは昨日の試合でも着ていた、ゴシック調の服だった。


「今日はここのグラウンドを二時間貸し切っているから。お昼前は好きに使えるよ」

「了解。それで、俺はノエルに何を教えればいいんだ?」

「近接戦闘をお願い。この子、この年までまともに戦ったことが無いから」

「え? ドラゴニュートって戦闘民族なんじゃないのか?」

「それがね、この子はちょっと特別なの」


 当然の疑問に、春花は眉根を寄せながら、ノエルの頭を抱いた。


「ドラゴニュート族の間には古い因習があって、桃色の髪の子は不吉を呼ぶって言われているのよ」

「なんだよそれ、差別じゃねぇか」

「うん、酷い差別だよ。ボクもそう思う。それで、ドラゴニュート族は日常的に戦うことで強さを磨くんだけど、ノエルは誰にも相手にして貰えなかったみたいなの」

「親は?」

「ドラゴニュートは親子では戦わない掟だから……」


 春花が視線を下ろした先で、ノエルは視線を伏せていた。


 相変わらずの無表情だけど、しょんぼりしているように見える。


 なんだか、ノエルが可哀そうに見えてくる。


 俺はドラゴニュートじゃないから、正確な想いはわからない。


 でも、同年代の子供たちが遊んでいる時に、自分だけ仲間外れにされたら、それはきっと、凄く寂しいと思う。


「ドラゴニュートだから生まれつき魔法は一通り使えるけど、近接戦闘は相手がいないと、上達しないでしょ?」


 魔法は、魂が生み出す超自然的エネルギー魔力を消費して起こす、超自然的現象の総称だ。


 人間が魔法を使うには、長い訓練が必要な一方で、ドラゴニュートは生まれた時から魔法を使える。


 彼女たちは、元からそうした機能が体に備わっているからだ。


 例えるなら、人間は成長すれば勝手に二足歩行を始めるが、犬や馬が二足歩行をするには、練習をして二足歩行用のバランス感覚と筋肉を養う必要がある、みたいな感じだ。


「でも昨日、ボルカンパンチとかいうのやっていたよな?」


 俺の問いかけに、ノエルは顔をあげて答えた。


「あれは、石橋が寝ていたから当てられたのです」

「そっか、でも俺、ハルバードしか教えられないぞ?」

「そこは大丈夫。戦闘技術は本能的に知っているから。孝也に教えて欲しいのは戦術とか駆け引きだよ」

「OK。じゃあ、時間も限られているし、始めるか」


 俺はグラウンドの中央に立つと、ハルバードを構えた。


「じゃ、まずは好きに攻めてくれ」


 こくんと頷いて、ノエルは背中から翼を生やした。続けて、小さな手が金属の装甲に覆われて、手首から先がドラゴンのソレになる。


 鉤爪付きのガントレットみたいにも見える手は薄ピンク色で、とても綺麗だった。


 ——そういえば俺、今ドラゴニュートと対峙しているんだよな。


 高校時代、ドラゴニュートは人間に化けられるドラゴン、という分類で、俺も完全に凶暴なドラゴンの一種として認識していた。


 いつか、ドラゴンかドラゴニュートを討伐して、ドラゴンスレイヤーになるんだと、張り切っていた。


 でも、ドラゴンが保護動物になって、その夢は潰えた。


 それがまさか、こんな形で対峙することになろうとは。


 けれど、夢にまで見た展開なのに、心境は複雑だった。


 ——戦えって言われても、ちょっと可愛すぎるな。


 半ドラゴン化しても、ノエルの外見はほとんど人と変わらない。


 ストロベリーブロンドをツーサイドアップにまとめた、小柄でくりくりお目めの、だけど胸だけは丸くて大きな美少女を前にして、ドラゴン狩り気分になんて、なれるわけがない。


 そもそも、ただの練習試合だし。


 まぁいい。相手は素人らしいし、ここは軽く流すか。


「では、行くのです。えいー」


 気の抜けた声を上げながらも、ノエルは翼から背後に炎を噴き出した。


 その推進力で、間合いを一気に潰してくる。


「お!」


 反射的にハルバードの穂先を突き出すと、ノエルは手でつかんで受け止めた。


 金属との激突を思わせる手応えに、流石はドラゴニュートだと感心させられた。


 そこから、ノエルは怒涛の勢いで両手を振り回して、斬撃を浴びせてくる。


 俺はハルバードを操りながら、ノエルの手を柄で、穂先で、石突で弾いていく。


 ——こいつ、結構強いな。


 流石は、戦闘民族ドラゴニュート。


 鳥が本能的に飛び方を知っているように、ノエルもまた、戦闘時における体の使い方を知っていた。


 猫の動きから学んだ空手の猫足。

 カマキリの動きから学んだ蟷螂拳(とうろうけん)。

 猿の動きから学んだ走り幅跳びの跳躍方法。

 訓練が必要な人間と違い、動物は、生まれながらに体を動かす最適解を知っている。

 ドラゴニュートも同じなのだろう。


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