第9話 ノエルはかわいい
「桜華さんは中にいるのか?」
正直、あの人と遭遇するのが怖かった。
「いないよ。だってここはボクの家だもん」
「いや、だからお前の家なら、母親の桜華さんもいるだろ?」
「あー、違う違う」
春花は顔の前で手を振った。
「ここはボク個人の家なの。ママの方針でね。高校を卒業したら家の管理と一人暮らしをして生活力を養うべし。これも帝王学だね」
「日常会話で【帝王学】なんて口にする女子はお前ぐらいのものだよ」
「そうかな? 前に通っていた高校だと一日一回は聞いたけど?」
「どんな高校だ!?」
「お嬢様高校だよ」
そんなお嬢様は嫌だ、と思いながら俺が身震いをすると、春花はドアに備え付けられている、ライオン型ドアノッカーの口を覗き込んだ。
網膜認証だろう。
ドアから、カギの開く鋭い音が、三回鳴った。手厚い防犯である。
「ノエルただいまぁ」
「ハルカぁ」
廊下の奥から、桜色のツーサイドアップを揺らしながら、とてとてと駆けてくるのはドラゴニュートのノエルだ。
小さく可愛らしい外見も相まって、なんだか飼い主を出迎える猫みたいでたまらなかった。
今日はちょっとゴスロリっぽい格好だから、黒猫のイメージだ。
「いい子にお留守番してた?」
仮にも15歳の女子にそれは失礼だろうと思ったけど、ノエルはどこか満足げだった。
「はい。ハルカの言いつけ通り、一般常識の動画を見ていい子にしていたのです」
ぐいっと、体に似合わず大きな胸を張って、ノエルは誇らしげに構えた。
「わぁいい子。よしよし」
春花が頭をなでまわすと、ノエルは目を細めながら頬を染めて、しおらしくした。
その姿に、戦闘民族ドラゴニュートとしての名残は、微塵も残っていなかった。
――ついこの前まではドラゴンと同じモンスター扱いで、討伐対象だったとは思えないな。
ドラゴニュートは、人とドラゴン、両方の体を持つ存在だ。
前は人に化けるドラゴン、という扱いだったけど、今ではドラゴンになれる人種、という扱いになっている。
今まで、多くのドラゴニュートがドラゴン形態で冒険者たちを殺戮し、また、冒険者たちも、多くのドラゴニュートを討伐して、ドラゴンスレイヤーの称号を手にしてきた。
俺もドラゴンスレイヤーを目指していたわけで、どんな顔でノエルと接すればいいのか、悩んでしまう。
ただし、ノエル曰く、ドラゴニュート的には戦いで死ぬのは本望なので人間のことを恨んではいないらしい。
そこは一安心なのだけれど、俺的にはついこの前までモンスターに分類されていた奴が今日から人間扱いです、と言われても、違和感がある。
——まぁ、どう見ても人間なんだけどな。
春花と手をつなぎながら、リビングへ行く姿は、姉に甘える妹みたいで、凶暴なモンスターらしさは欠片もない。
リビングへ入ると、100インチはありそうなテレビが目に入る。
画面には、マナー講師っぽい女性が、ナイフとフォークで食事をしているシーンが映っていた。
「どこまで見た?」
「バスと列車と飛行機の乗り方。それに公共料金の払い方。オレオレ詐欺師の手口集を見終わって、いま、食事のマナー編を見ているのです」
「やっぱりドラゴニュートの里とは勝手が違うのか?」
俺の問いかけに、春花は頷いた。
「うん、ドラゴニュートは山奥に暮らしているからね、通貨の概念もないんだ。だから、こうして人間界のルールを一から教えているの」
「へぇ、それで、ノエルはどういう経緯でお前のところで働いているんだよ?」
「ふ、よく聞いてくれたね孝也」
握り拳を作って、春花はにやりと口角を上げた。
「モンスターの保護動物化。一部モンスターの人権取得。このニュースを聞いて、ボクはぴーんときたんだよ。ドラゴニュートを闘技者にすれば大人気間違いなしってね。それでドラゴニュート族の里に言ってボクは聞いたのさ」
『小さくて可愛くて人間の街に興味のある女の子はいませんか!』
「言い方!」
「それで名乗り出たのがノエルってわけ。他のドラゴニュートは、ドラゴン形態で戦えないなら嫌だって、断られちゃった」
「そういえば、闘技場だとドラゴン形態禁止だもんな。戦闘民族的には制約付きの試合はそりゃ嫌か」
「ボクとしてはドラゴン形態使ったほうが試合も盛り上がるし客も喜ぶと思うんだけどね。闘技場壊れちゃうし」
「だな」
ドラゴンは生きた災害だ。
ゾウを見下ろす巨躯。
鋼のウロコ。
コンクリートを貫くパワー。
鉄を溶かす炎の息。
その上、空を超高速で自由自在に飛び回る。
だからこそ、ドラゴンを討伐した冒険者は周囲の羨望を一身に集め、【ドラゴンスレイヤー】は最強の代名詞となっている。
「じゃ、三人でジムに行こうか。早速特訓だよ」
「ジムって、筋トレでもするのか?」
「はは、違うよ。裏手にグラウンドが併設されていて、闘技者の訓練ができる場所があるんだ。そこで、孝也にはノエルを鍛えて欲しいの」
「鍛えるって、俺がドラゴニュートを?」
「うん」
春花は、大きく頷いた。
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本作を読んでくれてありがとうございます。
本作はフィクションです。
現実のあらゆる事柄とは関係ありません。
また、作者は保護動物に反対するような思想は持っておりません。
嘘だと思う方はどうぞ『闇営業とは呼ばせない 冒険者ギルドに厳しい双黒傭兵』の60話~64話、『何様神様気取りの人間様1~5』をご覧ください。
読み切り形式の作品なので途中から読んでも問題ありません。
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