第8話 美少女社長と同居します
まぶた越しに、五月の暖かな太陽を感じながら、ゆっくりと意識が覚醒してくる。
目の隙間から、カーテンが開いたままの窓を見上げて、何度かまばたきをした。
「朝か……」
昨夜の、衝撃的なことを色々と思い出して、どういう感情で処理すればいいのか悩んだ。
「夢に破れて、闘技者に転職して、春花の恋人役、か」
ベッドから上半身を起こして、頭をかきながら、白い壁を見つめた。
冒険者ギルドをクビになった現実は、今でも受け入れがたい現実だ。
叶うなら、復帰したい。
闘技場で浴びた賞賛の声と拍手は心地よかったけれど、やっぱり、あれは俺が欲しかったものじゃない。
俺は、人々をモンスターの脅威から守るヒーローになりたいのであって、ヒーローショーの役者になりたいわけじゃない。
まっ、歓声を浴びて悪い気はしなかったけどな。
「……起きるか」
時計を見ると、午前八時。
もう、けっこうな時間だった。
◆
階段を下りて、両親のいる一階のリビングへ向かう。
俺は実家暮らしだ。
本当は、高校卒業と同時に独り暮らしを始めるつもりだった。
でも、卒業一か月前にモンスターが保護動物に指定されてしまった。
収入の不安定さから、両親の勧めで、しばらく実家暮らしになったのだ。
「孝也! あんたなんて格好しているの! 早く着替えなさい!」
「は?」
リビングへ着くと、いきなり母さんが詰め寄ってきた。
なんて格好、とか言われても、俺はいつもの寝間着、短パンとTシャツ姿だ。
俺が首を傾げると、母さんの肩の向こう側、食卓テーブルに、家族以外の姿があった。
カップの取っ手を指先でつまみ、上品な所作でくちびるをコーヒーで濡らすのは、絶世の美少女だった。
絹のような手触りを想像させる長い黒髪。
みずみずしく、生命力にあふれた白い肌。
伸ばした背筋を崩せば、テーブルの上に乗りそうな豊乳。
つまり、俺を闘技者にスカウトした張本人、桜森春花だった。
今日は、黒のスーツではなく、白のブラウスに青のスカートという、涼やかな格好だった。
「おはよう孝也。昨日は眠れた?」
「春花!? なんでここに!?」
「なんでって、引っ越しの準備だよ」
「引っ越し?」
「うん。だってキミはウチの闘技者だもん。ノエルと一緒にボクの家で暮らしてもらうよ。自由時間はあげるけど、トレーニングとか、スケジュール管理するなら一緒に暮らしたほうが都合がいいでしょ?」
勝手に決めるなよ、と俺は反論しようとするも、母さんが割って入ってきた。
「あんたいつの間に桜森さんと仲良くなったの? それに昨日、闘技者になったんだって? どうして言わなかったの? まぁいいわ、とにかく、せっかくのチャンスなんだから、今度はしっかり働くのよ」
それがまるで、冒険者時代はしっかり働かなかったみたいに聞こえて、イラっとした。
すると、春花が一言。
「いやいや何言ってるのさおばさん。それじゃまるで孝也が前は働いていなかったみたいじゃない。孝也は、このボクが冒険者業界から引き抜いたんだから」
「え? いや、あたしはそんなつもりじゃ……」
春花に指摘されて、母さんは目を泳がせて、口ごもった。
その態度がよそ様だからなのか、それとも、ベビー用品からスペースシャトルの部品まで作る日本有数のグループ企業、桜森グループのご令嬢だからなのかは、深く考えないようにしよう。
「それと孝也、昨日の一件で、キミの闘技者ランクはFからEに上がるのが正式に決まったよ」
「もうか?」
冒険者同様、闘技者も、FからSのランクがある。
昨日がデビュー戦の俺は、もちろんFランクなわけだけど、一日でランクアップは異例だろう。
「そりゃあ元Dランク冒険者で、今はDランク闘技者の相手に圧勝しちゃったからね。正統な評価だと思うよ」
「元Dランク冒険者がDランク闘技者って、対応しているのか?」
「うん。闘技者に転向した冒険者を全員Fランクからスタートさせたら、強さのバランスが滅茶苦茶になっちゃうからね」
「それもそうだな」
俺が納得すると、春花は髪を撫でつけながら、俺に呼びかけた。
「じゃあ孝也、二時間後に業者が来て荷物を運んでくれるから。キミは朝の準備を終えたら手荷物を持ってボクの家に行こ」
母さんを牽制してから、春花は、にっこりと俺に微笑んでくれた。
悔しいけど、その笑顔はとても可愛くて、反論する気が失せてしまった。
言いたいことは色々ある。
でも、今の俺じゃ冒険者業界で通じないのは確かだ。
しばらくは闘技者として、自分を鍛えよう。そのためなら、春花に従うのもやむなしだと、納得することにした。
◆
一時間後。
手早く着替えて朝食を食べて手荷物を準備した俺は、春花の運転する車で、彼女の家に来ていた。
ちなみに、自動運転機能を使わないのは、運転が好きだかららしい。事故起こすなよ。
閑静な高級住宅の一角に立つ家を見上げながら、俺は庶民らしく、感嘆のため息をついた。
鉄柵の門から延びる石畳の道の先にあるのは、二階建ての立派な住まいだった。
「さ、今日からここがキミの家だよ」
言って、春花は俺に肩を当ててきた。
キミの家、という言葉に、気後れした気分になる。
鉄柵を押し開けると、春花は季節の花が咲く庭園を抜けて、玄関に向かった。
——どんな悪い事すればこんな家に住めるんだよ。わかってますよ、グループ企業の社長になれば住めるんですよね。
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