第7話 美少女社長の偽装の恋人はじめます


「よく勝ったね孝也! さっすがボクが見込んだ男だ!」


 控室に戻ると、桜森は豊満な胸の下で腕を組み、快活な笑顔で労ってくれた。


 ただ、そのポーズをされるとただでさえ大きな胸が強調されてしまい、視線が下がらないようにするのが大変だった。


 なのに、俺の隣ではノエルが、

「あ、これラクチン」

 と、自分の巨乳の下で腕を組み、いらんことを学習していた。


 はしたないからやめなさい、と心の中でたしなめておく。


「見込んだって、偶然会っただけだろ?」

「つまりは運命ってことだね」


 桜森は、より、勝ち誇った顔で胸を張る。


 ――こいつの頭の中はどうなっているんだ?


 俺がやや呆れていると、控室のドアが開いた。


「春花」


 その声に首を回すと、まず、最初に目についたのは、スイカ大の爆乳だった。


 女性用ビジネススーツの前が閉まらず、白のブラウスがほぼ丸見えになっている衝撃に打ちのめされてから視線を上げると、俺は目を剥いた。


桜森を、そのまま大人びた感じにしたような、超絶世の美女だった。


正直、ハリウッド女優でも通じそうな美貌だ。


これほどの美女がなんで無名なんだ? 日本の芸能界は無能なのか?


ていうか、この人、十中八九、桜森の姉さんだよな?


「あ、ママ」

「母さんかよ!?」

「フッ、さては、この私の美貌を前に春花の姉だと思ったか。だが、私は紛れもなく桜森春花の母、桜森桜華(おうか)だ!」


 爆乳の下で腕を組みながら、桜華さんは背筋を伸ばして仁王立った。


 なんて説得力溢れる態度だろう。


「パパは? 娘のデビュー戦なのに見に来てくれないの?」

「ダーリンなら朝にベッドと浴室で絞りすぎて人事不省に陥ったままだ!」


 ―—やばい! この人やべぇ人だ!


「なぁんだ。じゃあ今はスッポンエキス風呂で療養中か」


 ——やばい! この親子やべぇ親子だ! あと救急車、いや、警察に連絡しなくて大丈夫か!?


「タカヤ、スッポンエキスとはなんなのですか?」

「ノエルは知らなくていいんだよぉ」


 こくん、と首を傾げるノエルの肩をつかんで、優しく諭した。


「それでママ、これで賭けはボクの勝ち。闘技者事務所、続けていいよね?」


 ヤバイ娘、春花が歯を見せて笑うと、ヤバイ母親、桜華さんは悔しそうに歯を食いしばった。


「くっ、いいだろう! この桜森桜華、吐いた唾は呑まん。貴君の闘技者事務所経営を認めよう! だが何故だ春花。何故そこまでして結婚を嫌がる!?」


 結婚?

 なるほど、上流社会ではありそうな話だ。


 察するに、春花は高校を卒業と同時に親の決めた結婚相手と結婚する予定だった。


 でも、結婚なんてせずに闘技者事務所経営をしたかった春花はそれを断った。


 どちらにするか、今日の試合で決める約束だったのか。


 そのことを俺に言わなかったのは、俺に私情を背負わせたくなかったからか?


 意外と、可愛いところあるじゃないか。


 ちょっと、桜森のことを見直した。


「ゴメンねママ。でも、ボクは大好きな闘技者のプロデュースをしたいんだよ。結婚なんて、今じゃなくていいじゃないか」

「闘技者事務所こそ、大学を卒業した後でも良いだろう。学業と事務所の経営を両立する必要があるのか?」


 母親の問いに、春花は被りを振った。


「四年後じゃダメだよ。多くの冒険者が闘技者業界に鞍替えしている今、闘技者業界は未曽有の大勃興期に差し掛かっている。今、このブルーオーシャンに跳びこまなかったら出遅れる。四年後じゃ、ボクは席の埋まったレッドオーシャンで戦うことになってしまう」


 まぶたを持ち上げて、春花は母親の視線に立ち向かいながら、断固たる決意のこもった声で吐き出した。


「流行りに乗る? 違うね、流行っているものに乗るんじゃ遅いんだ! どの業界だってそうさ。黎明期に業界進出した奴だけが、不動の地位を築くんだ!」


 ——言い切りやがった。


 春花の覚悟に、不覚にも感動してしまった。


 未成年が、親に向かって、ここまで自身の夢とビジョンを語れるものだろうか?


 と、思いつつ、俺も、冒険者高校に入るとき、親とはかなりモメたので、なんだか親近感が湧いた。


 母さんは、危険な冒険者業に反対した。


 でも、俺はどうしても冒険者になりたくて、頭を下げて頼み込んで、OKを貰った。


 春花も、きっと同じ気持ちなんだろうな。


「だが春花。ならばこそ、なおのこと結婚し、支えてくれる人生のパートナーが必要だろう。私も、高校時代にダーリンを内縁の夫にし、辛い日々を耐え抜いたのだ」

「知ってるよ。でもね、ボクは自分の結婚相手は自分で選びたいんだ!」

「その口ぶり、まさかすでに好きな男が」


 桜華さんの視線が、俺に向いた。


 ——いや、俺と桜森はそういう関係じゃないですけど。


「そ、そうなのママ! ボク、孝也のことが好きなの!」

「へ?」


 不意に、春花が俺の腕を取ってきた。


「孝也は中学時代の同級生でね、昔から冒険者になるって夢に向かって頑張る姿がカッコよかったんだ!」

「おいお前何言ってぁ――」


 春花が腕に力を込めると、彼女の豊乳が腕に押し当てられて、得も言われぬ快感が奔った。


 あらゆることがどうでもよくなって、全てを預けてしまいたくなるような感触とボリュームだった。


 思わず、声が途切れてしまう。


「さっきだって、ボクのために格上のDランク冒険者相手に勝ってくれたんだから!」

「ぐっ、認めん! そんなものは認めんぞ! どうせそんな男、貴君の美貌と豊乳と下半身と桜森家の財産が目当てに決まっている!」

「あの、すいません、もっとオブラートに包みませんか? ノエルもいるんで」

「ノエル?」


 桜華さんの視線が、純真無垢なノエルを射抜いた。


「…………ふむ」


 つかつかと歩み寄ると、桜華さんはノエルの頬をもちもちとつまみ始めた。

 ノエルは、お返しとばかりに、桜華さんのおっぱいを、下から触り始めた。


 ——なんだこの光景?


 桜華さんは、ノエルの後ろに回って、彼女の小さな頭を胸の間に挟むように抱きしめた。それから、毅然とした態度で睨んでくる。


「いいだろう! そこまで言うのならば条件がある!」


 ——なにごともなかったかのように再開したぁ!?


 ちなみに、ノエルはとろんと眠そうにまぶたをおろして、心地よさそうにしている。


 ——すげぇ、ノエルが無表情じゃなくなった。


 どうでもいいことに俺が驚いていると、桜華さんは声を張り上げた。


「高橋孝也! 一年以内に闘技者ランクをAに上げるのだ! そうすれば、春花の縁談は白紙にしてやろう! ただし、Sランク闘技者になれなければ結婚は認めん! 我が娘、桜森春花と結婚したくば励むのだ若人!」


 ——えぇえええええええええええええええええええなんか勝手な話が進んでいるぅうううううううう!


 桜華さんは、何故かどこか上機嫌で、耳の裏に触れた。きっと、ハンズフリー会話ができる、ウェアラブルデバイスだろう。


「ダーリンか? ああ、私だ。私は今、猛烈に滾っている! 今宵は寝かさぬ故、体を洗って待っていろ!」


 デバイスから、か細い男性の悲鳴が聞こえた気がした。


「ははは、今日は娘の反抗期記念日だ!」


 謎の記念日を作りながら、桜華さんは嵐のように控室から出て行った。


 俺は、春花の父親に黙とうを捧げた。


 ——て、いやいや待て待て!


「おい桜森、お前何かってに人のことを恋人に仕立て上げているんだよ!?」

「不満?」

「え?」

「だからぁ、ボクの恋人役じゃ、不満?」


 左腕を豊乳の下に回して持ち上げ、右手の人差し指をくちびるに添えながら、桜森は上目遣いに見上げてくる。


 その姿は最高にセクシーで、可愛くて、自分で瞳孔が開くのがわかった。


 どうにか断ろうとするも、男の本能は桜森にくびったけで、うまい文句が浮かばない。


「いや、それは……お前だから不満とかじゃなくて、偽物の恋人ってのが、ん?」


 桜森のすぐ隣で、小さなノエルが真似っこをしていた。


 左手を巨乳の下に回して持ち上げ、右手の人差し指をくちびるに添えながら、無表情のままに上目遣いで俺を見上げてくる。かわいい。


 ——いやそうじゃなくて!


「ノエル、あまり桜森の真似をするな!」

「ん? 何故なのですか?」

「第二第三の犠牲者が出るからだっ」


 語気を強めて、言い含めた。


 ノエルはドラゴニュートと言っても、人間形態ならバレにくい。


 将来、ノエルのせいで身を亡ぼす男が出ないとも限らない。


「ちょっと孝也。ボクのことは桜森じゃなくて、春花って呼ばないとダメなんだからねっ」


 可愛い怒り顔を作ってから、桜森はむぎゅっと正面から抱き着いて来た。


「のぐぁっ!」


 豊満なおっぱいが、俺の胸板に押し付けられて、俺はその場から動けなくなってしまう。

 耳元で、桜森が囁く。


「それにキミ、いま無職なんだろ? なら、ちょうどいいじゃないか。とりあえず、今日のファイトマネーは明日すぐ払うよ」

「うっ、それを言われると……キツイ」


 桜森の顔が耳元から離れて、目と鼻の先で笑った。


「んふふ~、じゃあ、契約成立だね」

「い、言っておくけど、一時的にだからな! 冒険者業界が復興したら、すぐにやめるからな!」

「はいはい、わかってるよ、ハニー」

「ッッ」


 彼女が浮かべた無敵の笑顔に、俺はすっかり毒気と言うか、反骨心というか、力を失ってしまった。


 それぐらい、彼女の笑顔は魅力的だった。


 ――まぁ、冒険者ギルドはクビなっちまったし、しばらくは闘技者やるのも悪くはないか。


 そう、自分に言い聞かせて、俺はため息をついた。

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