第5話 元冒険者が闘技場でデビュー戦


「あ、当たり前だろ。世間知らずのお嬢様に見せてやるよ。冒険者の矜持ってやつをな」

 もう、冒険者じゃないのに、俺はつい、見栄を張ってしまった。


「へー、かっこいいじゃないか。じゃ、二名様、闘技場へご案なーい」


 上機嫌に笑うと、桜森は俺らから手を離して、Vサインを作った。


 三人で再び歩き始めると、湾曲した廊下の奥から、人々の歓声が聞こえてくる。


 その声が大きくなるにしたがって、心臓が高鳴る。


 入場口からアリーナの様子が見えると、ついさっき、固めたばかりの戦意が揺らいでしまう。


 不意に、桜森が立ち止まる。


「ボクがついていけるのはここまで。さ、二人ともデビュー戦だよ!」


 バッと手を突き出すのを合図に、ノエルが、むふー、と息を吹いて、大股にアリーナへと踏み込んだ。


 俺も、彼女の小さな背中を追いかけるように、アリーナへ入った。


 下は人工芝で、高校時代の模擬戦を思い出した。


 その時、初めてノエルの服が、背中の空いたデザインだと気づく。


 ——桜森の奴、ノエルをセクシー系の選手として売り出したいのか? 確かに胸は大きいけど、どう見てもこいつは可愛い系だろ?


 その思考を遮るように、万雷の拍手と煽るような声、そして歓声が俺の全身を叩いてくる。


 代理人でFランク冒険者の俺になんで? と思うも、その答えはすぐにわかった。


 実況がアナウンスする。


『果たして、勝つのはDランク冒険者コンビか。それとも、若干15歳のドラゴニュートの少女か! なお、諸事情により、パートナーは元Dランク冒険者、吉岡選手に代わりまして、元Fランク冒険者、高橋孝也選手となっています!』


 つまり、メインはあくまでもノエルで、相方はオマケってことか……。


 肩の力は抜けるも、そのまま肩が落ちた。


 期待されてないのね、俺。


 闘技場初参戦の上にネームバリューもないのだから当然だけど、なんだか悲しかった。


 冒険者業界からはクビになり、闘技業界ではただの数合わせか……。


「Fランク? なんだお前、駆け出しか?」


 対戦相手たちが、こちらに向かって歩きながら、乱暴な口で尋ねてきた。


 Dランクのプロ冒険者相手に、俺は姿勢を正した。


 憧れのプロ冒険者なら、冒険者ギルドで何度も目にしている。


 けど、声をかけられたことはほとんど無くて、どうしたらいいのか困ってしまう。


 俺はこの人たちを知らない。それに、俺はもう冒険者じゃない。


 でも、この人たちは冒険者生活を何年もこなしてきたんだと思うと、リスペクトの念が湧いた。


「はい。今年、冒険者高校を卒業した、高橋孝也です」

「それで、オワコンの冒険者業界に見切りをつけてこっちに鞍替えしたってわけか。まっ、悪くない選択だな」


 ——え?


 黒のレッグガードにアームガード、黒のヘッドギアをつけた、戦士風の男性は、小馬鹿にしたように笑った。


「いや、見切りをつけたわけじゃ……」


 もう一人の、コートを羽織った術師風の男性も、嫌味ったらしく舌を回した。


「そりゃ沈む船には乗りたくないでしょう。このご時世、真面目に冒険者を目指すような奴は、ただの馬鹿ですよ」

「だな。早々に鞍替えしたオレらは賢いぜ」


 二人は顔を見合わせると、痛快そうに笑いだした。


 その声が、頭の中で同級生たちの嘲笑と重なった。


 頭の奥が熱くなる。

 なんなんだこいつら。

 冒険者業界が衰退したのが、そんなにおかしいのか? 悔しくはないのか?

 あんたらも、冒険者が好きで、憧れてなったんじゃないのか?


 沸々と沸き上がる怒りで、自然とハルバードを握る手には力が入って、目つきが鋭くなってしまう。


「冒険者を馬鹿にするな」


 気が付けば、俺は二人に喧嘩を売っていた。


 二人の視線が、きょとんと俺に集まる。


 後悔は無いし、撤回する気もなく、俺は続けた。


「俺は、冒険者業界を見捨ててなんかいない……」

 逃避したいほど辛い現実を向き合いながら、声を絞り出した。

 胸に、またあの想いが去来する。


 俺の実力不足なら頑張ろうって気になる。でも、業界そのものが衰退して、業界からいらないと言われたら仕方ない。



 ああそうだ。

 俺がクビになった最大の原因は業界の衰退と上級モンスターの保護動物化で、前までの業界なら、俺でも続けられたはずだ。

 なら、責任は100パーセント業界か? いや、違う。


「俺が、今の業界に合わないから、クビになっただけだ……俺は、冒険者を続けたかった」


 冒険者業界を汚したくなくて、俺は連中にそう言った。


 そうだ。

 ドラゴンスレイヤーになるからって、ハルバードと爆発魔法ばかり練習しないで、他の武器や魔法の練習もしていれば、クビにはならなかった。


 ドラゴンが保護動物になった以上、ドラゴンスレイヤーになる夢は叶わなかったかもしれない。


 でも、下級モンスターを大量に駆除するタイプの冒険者としては、業界で生き残れたはずだ。


 クビになった原因は、俺にもある。


 偏ったピーキー過ぎる、使い勝手の悪い冒険者だったから、捨てられたんだ。

 だから。


「俺は、衰退したからって業界を捨てるようなお前らとは違う。俺は、気持ちは今でも冒険者だ!」


 自分でも青臭いと思う挑発に、だけど二人は動じなかった。


 むしろ、二人は呆れたような顔を作った。


「なに熱くなってんだ? お前馬鹿じゃねぇの?」

「この子はあれですよ。ほら、冒険者にヒーロー見ちゃってるタイプの」

「あ~」


 納得したようにうなずいて、口もとを歪めた。


「な、ら、本物の冒険者がどんなものか見せてやるか。来いよ夢見る少年。お前のだ~い好きなプロ冒険者様が、相手になってやるぜ」


 嗜虐的な声を上げながら、戦士風の男は両手を背中に伸ばし、得物を引き抜いたた。


 右手にはショートソードを、左手にはスモールシールドを握っている。


 コートを羽織った術師風の男も、腰から二本のダガーを抜いた。


 ダガーの柄には、魔法の杖の先端よろしく、水晶がはめこまれている。


 あれが、彼の魔法の威力を高めるのだろう。


 昔と違い、一人で物理攻撃と魔法攻撃の両方が求められる現代では、魔法の杖は廃れている。


『さぁ、ではお互いに位置についてください』


 アナウンスに促されて、二人は俺らから距離を取った。


 肩越しに勝ち誇った笑みを見せてくるのがムカつく。

 けれど、胸に湧いた一抹の不安で、怒りの熱が冷めていく。

 威勢よく啖呵は切ったものの、勝てる見込みはなかった。

 どれだけ性格が悪くても、相手は一人前のDランク冒険者だ。

 高校を卒業したての俺が、どうやったら勝てるんだ?


 誰かに服の裾を引かれて、振り向いた。


 ノエルが、相変わらずの無表情で、ジッと俺のことを見上げていた。


「タカヤは、あの人たちのことが嫌いなのですか?」

「ああ、嫌いだよ」

「じゃあ、いっぱいやっつけるのです」

 握り拳を頭の上に掲げて、ノエルはフンス、と息を荒くした。


「あぁ、頼りにしているよ」

 桜森の話だと、支援魔法が得意なんだったな。


 つっても、15歳の子供だし、ドラゴン形態は使えないし、どうしたもんかな。


 頭を悩ませるも、作戦を考える間もなく、実況アナウンスが流れた。


『なお、選手交代にはなりましたが、規約通り、桜森事務所への賭け金は、そのままになります』


 事務所の名前がまんま過ぎるなおい。


 心の中でツッコミながら、俺は両手でハルバードを構えた。


 向こうの二人も、得物を構えて、戦士風の男は前傾姿勢になった。


『それでは、試合、はじめぇ!』


 試合開始のブザーが鳴ると同時に、ノエルが飛び上がった。


 いつの間にか、彼女の背中から、ドラゴンの翼が生えていた。背中の開いた衣装は、そのためらしい。


 ——ドラゴン形態になるのは駄目でも、ちょっとドラゴン化するのはありなんだな。


 ショーとしては、それは当然だろう。


 せっかくドラゴニュートという肩書きがあるのに、ドラゴン要素ゼロで戦わせても、客は喜ばない。


 ミニスカートのノエルが空を飛んだことで、男性客は色めき立つものの、スカートの中はスパッツでガードされていた。


 ノエルは俺に向かって両手を突き出すと、支援魔法を撃ってきた。


 桜色の光弾が二発、俺の体内に吸い込まれる。


 ——これは、肉体強化と感覚強化か。


 全身の筋肉に力が漲る。ハルバードが軽い。


 視界が広くなって、客席の野次や歓声一つ一つがクリアに聞き分けられた。


 俺自身も、自分に肉体強化魔法をかけておく。


 でも、これでDランク冒険者相手にどこまでやれるか。


 コート姿の男が言った。


「敵は空ですか。石橋、あちらは私に任せてください。貴方はあのボウヤの相手を」

「オーケー。任せたぜ片山。格の違いを解らせてやるよ!」


 言うや否や、石橋は人工芝を踏みしめ、加速してきた。


 右手のショートソードを水平に構えた、突きの姿勢だ。


 どうやら、速攻でキメるつもりのようだ。


「っ」


 相手は格上のDランク。

 でも、今さら逃げ出すわけにはいかない。

 俺は覚悟を決めて、ハルバードを上段に構えると、一気に振り下ろした。


「なっ!?」

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