第4話 闘技業界参入

登場人物 

高橋・孝也(たかはし・たかや)

桜森・春花(さくらもり・はるか)

ノエル ドラゴンニュートの少女


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 【闘技場】とは、闘技をする場所のことだ。


 【闘技】とは、本来、格闘技を意味する単語だ。しかし、昨今では、野球やプロレスのような興行の戦闘試合を指す単語として定着している。


 戦士たちがあらゆる武器や魔法を駆使して戦う賭け試合で、その雄姿は人々を熱狂させ、世界的に人気の競技になっている。


 それはここ大和国でも変わらず、業界の市場規模は、野球に継ぐ二位で、年間興行収入は2000億円を記録している。


 闘技には、ゲストとして冒険者が招かれることはあるけれど、この二つはまったく別の業界だ。


 闘技の選手、通称闘技者に求められるのは、腕っぷしただ1つなのに対して、冒険者はモンスターの生態や採集する薬草の勉強をしたり、山や森の中で生き残るサバイバル技術を身に着ける必要がある。


 武器と魔法で戦うことを生業とする者同士だが、両者は似て非なる。


 第一、闘技者は見世物で、冒険者は人々に害成すモンスターを討伐する正義の味方だ。


 闘技者と冒険者の関係は、プロレスラーと警察官のようなものだ。


 ただし、冒険者業界の不況もあって、先月から闘技者に鞍替えする冒険者が後を絶たないのが、現状だった。



 

 選手控室に通されると、スタッフらしき人たちが集まってくる。


「探しましたよ桜森さん! 試合開始ギリギリですよ! どうしたんですか!?」


 詰め寄るスタッフに、桜森は、すでに上品な顔を作っていた。


「申し訳ありません。少々トラブルがありまして」


 桜森も、目上の人には敬語を使うんだな。


「本当に困りますよ。それで、吉岡選手はどこに?」

「逃げました」

「は? に、逃げたってどういうことですか!?」


 ぽかんと口を開けると、スタッフは悲鳴を上げた。


「ご安心を、代わりの選手は見つけています。彼、高橋孝也を代役として出場させます」


 スタッフたちの視線が、ぐるりと俺に集まった。

 緊張で、背筋が固まった。


「見ない顔ですが、彼は?」

「孝也、自己紹介して」


 人のことを下の名前で呼びやがって。相変わらず馴れ馴れしい奴だな、と思いながら、俺はたじたじと自己紹介をした。


「えっと、元Fランク冒険者の高橋孝也、18歳です」

「Fランク冒険者!? 桜森さん、相手は元Dランク冒険者なんですよ!」

「Dランク!? おい桜森、そんなの勝てるわけないだろ!?」


 冒険者には、実績に応じて七段階のランクに分けられる。


 下から順に、

 F:駆け出しの素人。

 E:下級の新人冒険者。

 D:中堅。このあたりでくすぶる人が多い。

 C:熟練。努力で到達できる限界。

 B:一流。才能のある人が到達できるランクでメディアに取り上げられる。

 A:超人。業界の顔でスター扱い。俺が目指すドラゴンスレイヤーが多い。

 S:英雄。国民的ビッグスターで、多くがドラゴンスレイヤーの称号を持つ。

 という感じだ。


 Dランクと言えば業界の中堅。


 見方を変えれば、一人前のプロ冒険者だ。


 俺みたいな駆け出しが、勝てる相手じゃない。


「大丈夫だって。こっちにはドラゴニュートのノエルがいるんだよ」


 なるほど。ドラゴン形態になれば、Dランク冒険者なんて一撃だろう。


「言っておきますけどドラゴン形態は禁止ですよ」

「駄目じゃねぇか!」


 スタッフさんに釘を刺されて、俺は桜森に鋭くツッコんだ。


「ドラゴニュートは生まれながらの魔法使だよ。ノエルの支援魔法は一流なんだから」

「そうなのか?」


 ノエルへ振り返ると、彼女はこくんと頷いた。


「支援は任せてなのです」


 眉一つ動かさず、腰に手を当てるノエル。


 その姿はひたすら可愛いのだが、根本的な問題が解決していない。


「つまり、Fランクの俺がメインで戦うのは変わらないんだな?」

「支援が一流なんだからなんとかなるって。絶対に勝ってよ。これがボクの事務所のデビュー戦なんだから」

「プレッシャーかけるなよ! むぐ」


 桜森の手に、俺は口をふさがれた。


 女子の、しかも美少女の手に顔を触れられるのはこれが初めてで、不覚にもちょっとドキドキした。


 桜森は、性格はどうあれ見てくれだけは最高なので困る。


「それに、そちらとしても没収試合よりは代打ち試合のほうが良いのでは?」

「それは、そうですが。でも、これで試合が盛り上がらなかったら、お宅の事務所には、しばらく試合は回せませんよ?」

「構いません。勝ちますから」


 自信に溢れた態度の桜森に、スタッフさんも覚悟を決めたらしい。


「わかりました。では場内にアナウンスを入れます。それと高橋選手は初参戦ですか?」

「そうです。私がさっきスカウトしたので」

「ではとりあえず、Fランク闘技者として登録しておきますね。間もなく試合が始まりますのでこちらへ」

「孝也、はいハルバード」


 桜森は、小さな女性用ポーチに手を突っ込むと、中からハルバードを引き抜いた。


 ストレージ。


 異空間魔法を施した収納アイテムで、がわは小さくても、大量の物を収納できる優れものだ。


 収納できるサイズはピンキリで、大型モンスターを運搬するときに冒険者が使う必須アイテムだ。


 ただし、ストレージは驚くほど高価なので、輸送業界で使われることは稀だ。


 そんな高級品を持っているあたり、桜森って本当にお嬢様なんだなぁと思い知らされる。


 俺がハルバードを受け取ると、桜森は声を弾ませる。


「ほら、早く行きましょう」


 俺とノエルの手をつかむと、控室の外に引っ張っていく。

 車に乗せた時といい今といい、本当に強引な女子だ。


「おいおい桜森、ずいぶん自信あるみたいだけど、いくらノエルがドラゴニュートだからって過信し過ぎだろ? Dランク冒険者ナメんなよ?」


 桜森の態度が、俺の大好きな冒険者業界を馬鹿にしているようで、つい、敵を弁護してしまう。

 冒険者をクビなっても、それはそれ、これはこれだ。


 不意に、桜森が立ち止まった。


「王者は常に自身の勝利を疑わない。それがボクの帝王学だよ。それとも」


 桜森はくるりと振り返って、大粒の瞳に俺を映した。


「冒険者ってのは、負ける気で戦うのかい? 冒険の先に何が待っているかわからなくても挑み続ける。それが冒険者だろ?」


 そう言われては返す言葉が無い。


 冒険は、計算通りにはいかない。

 予期せぬ強敵に遭遇することも、ダンジョンでまさかのトラップに引っかかることもある。


 俺が尊敬するドラゴンスレイヤー、Sランク冒険者の嵐山健二も、昔インタビューで言っていた。



『勝てるかわからないから戦わない。冒険者にそんな臆病者はいませんよ』



 ここで引いたら、俺は俺の憧れを汚してしまう。

 冒険者をクビになっても、それだけは嫌だった。


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