第3話 リムジンにはねられたら雇ってもらえた
視界がブラックアウトして、全身を根こそぎ刈り取られるような衝撃の後に、気持ちの悪い浮遊感に包まれた。
上下の感覚が無くなって、背中を殴りつけられたような感覚が走った。
数秒してから、自分が車にはねられたことに気が付いた。
「大丈夫キミ! て、大丈夫なわけないよね!? 意識ある!?」
ガチャリと車のドアが開く音がして、聞き覚えのある女子の声がした。
少し痺れる体を無理やり起こすと、見知った顔が駆け寄ってくる。
街灯を反射して光る長い黒髪、モデルのような美貌と長い手足、そして、中学時代よりもさらに増量した揺れるバスト。
中学時代の同級生で、桜森グループのご令嬢、桜森春花(さくらもりはるか)だった。
女子なのに自分のことをボクと呼ぶ、変わった奴である。
どうやら、彼女の車にはねられたらしい。
高そうなリムジンが、横断歩道の真ん中で停車している。
同級生ということもあり、財前たちの嘲笑を思い出して、俺は怒りが再燃した。
「お前桜森、危ねぇな! どこ見て運転してんだよ!」
すると、心配そうな表情が一転、眉を吊り上げた。
「誰かと思ったら孝也じゃない。あのね、赤信号を渡っておいてその言い草はないんじゃない?」
視界に映った赤いライトに、俺は口をつぐんだ。
桜森のジト目から逃げるように、俺は視線を逸らした。
やばい、勝てる材料がない。
俺が必死に言い訳を考えていると、桜森のまぶたが、ぱちっと持ち上がった。
「ん? キミ、その恰好……もしかして冒険者?」
「い、一応…………」
さっきクビになったため、一応、と言うのが精いっぱいだった。
「ふーん、そういえばキミ、冒険者オタクだっけ? 体は? ケガはない?」
なんだ? 心配してくれてんのか?
桜森とは接点がなかったけど、中学時代のこいつは、なんというか、我が道を行くというか、自由奔放で自己中心的だった印象があるので、なんだか意外だった。
「冒険者高校卒業生をナメんなよ。モンスターと戦う体作りをしているんだ。車どころかストーンバイソンにはね飛ばされても平気だっての!」
はねられたことはないけど、つまらない見栄を張ってしまう。
少しでも冒険者っぽい発言をしようとするのが、なんとも虚しい。
不意に、桜森がピンと背伸びをして、俺の瞳を覗き込んできた。
その顔は、好奇心に満ちている。
「それで、冒険者としてのキミって、どんな感じなの? 期待の新人とか?」
「うえっ!? あ、あぁ、当たり前だろ! 俺はハルバードと爆発魔法の使い手だぞ。知ってるか? ハルバードは突けば槍、薙げば剣、振り下ろせば斧で引けば鎌って言われている万能武装なんだ。扱いは難しいけど、俺ぐらいにもなると手指の延長さ。今日だって凶悪なゴブリンたちの集団相手にハルバードを振るって冒険者ギルドからは…………クビになったよ。ついさっきな」
そこで、俺の言葉は止まった。
さっきまでは見栄を張ろうとしていたものの、これ以上嘘をつくのは、虚しさに拍車がかかるだけだと悟ってしまう。
仲間の言う通りだ、現実を見ろ。
俺は、冒険者にはなれなかったんだ。
そう自分に言い聞かせながら意気消沈して、うつむくと、白い手が俺のあごを持ち上げた。
「え?」
目の前には、勝利を確信した無敵の笑みがあった。
「つまりぃ、キミはフリーなんだよね?」
「そ、そう、だけど」
「ちゃぁんす!」
ぐっと握りこぶしを固めて、桜森は大きな瞳を光らせた。
「孝也! リムジンではね飛ばしたお詫びウチで雇ってあげる! 闘技業界に新規参入して今日デビュー戦なんだけど選手が一人逃げちゃったの! 試合は30分後! 急いで!」
「は? おいちょぉ!?」
桜森は俺の手をつかむと、強引に引っ張った。
リムジンのドアを開けると、中にはストロベリーブロンド、いわゆるピンク髪の少女が座っていた。
「え? 誰?」
「ハルバード長いわね、こっちで預かっておくから、はい乗って!」
背中のハルバードを奪い取られ、桜森に背中を突き飛ばされて、俺は後部座席に転がり込んでしまう。
「どわ!」
途端に、ふにゅん、とやわらかい感触に顔が包まれた。
少女のふとももに、顔から突っ込んでしまったらしい。
少女はミニスカートなので、生足が温かくて気持ちよかった。
「ご、ごめん」
慌てて起き上がって謝るも、彼女は気にした風もなく、無感動に手を振った。
「気にしなくてもいいのですよ」
「その子がキミの相棒。ドラゴンヒューマンのノエルだよ! はい発進!」
「え? ドラゴンヒューマンって、それつまりドラゴニュートぐあぁ!」
急発進の反動で、俺は車内のシートに押し付けられてのけ反った。
桜森の奴、運転荒いな。
さっきから短い悲鳴ばかり上げていて情けない。
でも、本当にさっきからわけがわからない。
つまりはなにがどういうことなんだ?
状況を整理しよう。
まず、俺は冒険者ギルドをクビになった。悲しい。
それで無職になった俺を、中学時代の同級生である桜森が雇うとか言い出した。
それから今は、桜森のリムジンで闘技場に移動中で、俺は選手として戦うらしい。
なんだこの状況?
ついでに、このお人形さんみたいに無表情な美少女が、俺の相棒だって?
すぐ横に座る少女を、あらためて眺めた。
少女はストロベリーブロンドの髪をツーサイドアップにまとめた、可愛らしい女の子だった。
無表情で、フロントガラス越しにジッと外の風景を眺めているけれど、愛くるしい顔立ちなので、無愛想な印象は受けない。
むしろ、なんとかして表情を変えたいという好奇心が湧いてくる。
ミルク色の頬はやわらかそうで、白い肌は、ややゴスロリ、ではなくただのゴシック調の衣装によく映えた。
全体としては小柄な一方で、手足は細長く、白いブラウスを大きく押し上げる胸はかなり立派だ。
そのアンバランスさが、むしろイイと思ってしまい、被りを振った。
確かに、見てくれは可愛い。
けど、桜森はとても重要なセリフを吐いていた。
「おい、こいつ、ドラゴニュートって本当か?」
「本当だよ」
リムジンを運転しながら、こともなげに言う桜森。
「いや、ドラゴニュートってモンスターじゃないのか? ドラゴン種だろ?」
ドラゴニュートとは、ドラゴンと人間、二つの体を持つモンスターだ。
ドラゴンの姿で人間を襲うので、冒険者ギルドも討伐対象に指定しているはずだ。
「それは先月までの、は、な、し。言葉の通じる数種類のモンスターとは、人権と引き換えに人間を襲わない協定をむすんだの知らないの? ニュース見てる?」
「知ってるけど、あれってドラゴニュートの里とは不可侵的な意味じゃないのか!? こんな街中にいていいのか!?」
俺はまくしたてながら、桜森の座席につかみかかった。
街の中でドラゴンの姿になって暴れられたら、被害は尋常じゃないだろう。
「大丈夫だよ。ドラゴニュートは戦闘民族で、彼らが人を襲うのは強者との戦いを求めて冒険者に喧嘩を売っていただけらしいから。それに、ノエルは15歳の子供で、まだ一度も人を襲ったことないしね」
桜森の説明を聞いて、あらためてノエルを見下ろした。
彼女がドラゴニュートだと思うと、自然と、口角が引き攣った。
「大丈夫って、でも、ドラゴンスレイヤーの称号目当てで、冒険者はずっとドラゴンとドラゴニュートを討伐し続けていたんだぞ? その確執が協定ひとつで消えるかよ?」
というか、俺も将来はドラゴニュートを討伐する気満々だった。
「あー、その心配はないわよ。彼女たちは戦闘民族だから」
「え?」
ノエルが、小さな頭を傾げた。
「どうして私たちが人間を恨むのですか? 勝負を売ったり買ったりした果てに殺されるのは弱い人が悪いのです。死にたくなければ逃げればいいのです。冒険者に負けた仲間はきっと今頃、ヴァルハラで戦いに明け暮れ幸せに暮らしていることでしょう。貴方は甘ちゃんですね」
無表情無感動のまま、何故かノエルはエヘン、と大きな胸を張って説明した。
謎のマウント取りが、べらぼうに可愛かった。
「でも気持ちはわかるよ。ボクら人間の価値観なら、恨んで当然だもんね。逃げ出したウチの選手も、相棒がドラゴニュートだってわかると言ったよ。敵に背中を預けられるかって」
なるほど。それで逃げられたのか。
実際のところ、昨日まで敵だったドラゴニュートと組んで戦え、なんて言われたら、まぁ、不安になるよな。
「さぁ、着いたよ!」
「おうわっ!」
リムジンでドリフトをキメられて、俺はまたのけ反った。
後部座席をぶるんと振りながらリムジンが停車したのは、広い駐車場スペースだった。
「…………」
恐る恐る、窓の外を覗き込んだ。
そこには、月光をかきけす程の光量でライトアップされた、巨大な天井開放型闘技場がそびえていた。
古代ローマのコロッセオを彷彿とさせるその威容に、俺は息を呑んだ。
「本当に、闘技場に来たんだな……」
自分の置かれている状況に、ようやく実感が湧いた。
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