第2話 冒険者パーティー解散


「悪いけど、親からも言われているんだよな。冒険者なんてやめろって。父さんが就職口を紹介してくれるんだ」

「俺も、実家の店継ぐよ。元から冒険者引退したら継ぐ予定だったし」

「俺は、まぁ警備会社かな。今からでも追加募集している企業に履歴書送ってみるよ」


 俺に隠れて示し合わせていたかのように、三人は口々に引退を宣言していく。


 俺はどうしようもない不安が膨らんで、膝が震えた。


 そんな、不安定な心を揺さぶるように、仲間たちの背後で青信号が点滅して、赤になった。


「お、おい待てよみんな、そんなこと言うなよ。今やめたらきっと後悔するぞ。上級モンスターが絶滅危惧じゃなくなるかもしれないし、そうだ、なんなら発展途上国に移住しようぜ。今から外国語覚えてそれでさ、なっ?」


 必死にみんなを引き留めようと、俺は縋り付くように舌を回しながら手を伸ばした。


 けれど、何の保証もない、今この場で思いついたことを並べ立てる俺に、三人は呆れたような顔で、むしろ侮蔑の目線を向けてくる。



「現実見ろよ」



 その言葉で、伸ばした手から力が抜けて、腕が落ちた。


「俺らの実力不足なら、頑張ろうって気にもなる。でもな、業界のほうが衰退しちまったんだよ。泳ぎたくても池は干上がっているんだ。どうしようもないだろ」

「冒険者業界はオワコンだ。斜陽産業ってやつ? 沈むだけの業界にしがみついてどうすんだよ?」

「夢で飯は食えねぇだろ? 俺らはこれから20代30代40代のおっさんになるんだ。本当に冒険者で年金貰えるまで生活できると思ってんのか?」


 三人の言葉のひとつひとつが、俺から希望と体温を奪っていく。


 一生懸命、頭の中で否定材料と言い訳を考えるも、先に言われてしまう。


「お前さ……いい加減に子供の頃の夢から覚めろよ。俺だって辛ぇよ。でもみんなそうだろ。スポーツ選手、漫画家、宇宙飛行士、歌手に俳優、お笑い芸人。みんな、子供の頃は何かに憧れて、結局サラリーマンになる」

「でも」

「俺らは! ……冒険者になれなかったんだよ」


 最後の言葉は、自分に言い聞かせるような語調だった。


 その答えが正解だと言わんばかりに、信号が青く光った。


 三人の仲間たちは俺に背を向けると、何も言わず、夜の街に消えていった。


 それから、俺の選択を否定するように、信号が赤く光った。


 感情が氷のように冷めていく。

 心が石のように固まっていく。


 そんな俺を叩き起こすように、ポケットでスマホが震えた。


 電話に出ると、相手はつい30分前まで話していた、冒険者ギルドの受付嬢だった。


『こちら、T都●●区冒険者ギルドです。Fランク冒険者、高橋孝也さんの電話で間違いないでしょうか?』

「あ、はい! そうです、冒険者高橋孝也です!」


 なにが冒険者になれなかっただよ。


 俺は冒険者ギルドにも登録していて、こうしてギルドから電話がかかってくる身分なんだぞ。


 今はまだ駆け出しでぱっとしないかもだけど、いつか最高位のSランクになって見返してやる。


『実は、高橋さんのギルド登録についてお願いがありまして』

「登録について?」


 ギルド職員の女性は、申し訳なさそうに、声を濁らせる。


『実は、退会手続きを取っていただけないかと』

「…………へ」


 わけがわからない。

 大会? 大海? と、別の意味の同音異義語を模索してしまった。


『申し上げにくいのですが、冒険者の方は登録されているだけでもこちらは維持管理の手間とコストがかかるんです。最近は業界も不況で経費削減のため、実績のない冒険者の方には退会してもらい、今後は少数精鋭をやっていこうという方針になったんです。それで、いくら駆け出しのFランク冒険者とはいえ、専門高校を卒業した四人パーティーで、一か月の成果がゴブリンやスライム数十体で素材も満足に提出できないのは困るということで……』

「それはつまり、クビ、ということですか?」

『本当に申し訳ありません』


 ぶつりと、通話が途切れた。


 冒険者ギルドをクビになったことで、黒い実感が湧いてくる。


 仲間たちに指摘されたときは否定で返した反骨精神が、ぼろぼろと崩れていく。


 静かに悟った。

 ああ……本当に終わったんだ……。


 子供の頃を思い出した。


 冒険者の偉業や社会への貢献を聞く度、未来の自分だと胸を躍らせた。


 人類に害をなす凶悪なモンスターが討伐されたおかげで、多くの土地が開拓され、鉄道や高速道路が通り、ダムや発電所が建設され、人類は近世から近代に、そして現代の安全で飽食の時代を手に入れた。


 自然に近い農村や林業従事者がモンスターに殺されなくなったのも、冒険者のおかげだ。


 みんなを救い助ける冒険者をカッコイイと思って、憧れて憧れて憧れて。


 自分もそうなるんだと信じてきた。


 でも違った。


 全部嘘でインチキだった。


 呆然自失で佇んでいると、ガラリとドアの開く音がした。


 焼肉店から、見知った男女がぞろぞろと、何十人も出てくる。


 それは、中学時代の同級生たちだった。


 そういえば、今日はクラス会だったな。俺は断ったけど。


 みんな、大人らしいビジネススーツや、華のキャンパスライフを感じさせる、おしゃれな服を着ている。


 その中で、ブランドものの服に身を包んだ、背が高く美形の男が俺に気が付いた。


 名家の御曹司で、クラスの中心人物、財前光良(ざいぜんみつよし)だ。


「あれぇ? そこにいるのはもしかして高橋じゃないか?」


 俺は極力無視をして、その場から逃げ出そうとする。


 でも、信号は俺の行く手を阻むように、赤く光っていた。


 財前は、いじめがいのある小動物を見つけた悪ガキみたいな顔で歩み寄ってきて、他のメンバーも俺に気が付く。


「その恰好、へぇ、お前、噂通り冒険者になったんだ。それでぇ? 今日も動物虐待して金稼ぎか?」

「生き物殺して稼いだ金で喰う飯は美味いか?」


 財前に続いて、腰ぎんちゃくの男子が援護射撃を送ってくる。


「あのねぇ高橋君、モンスターだって生きているんだよ!」


 そう便乗するのは、クラスでも目立っていた、意識高い系女子の一人だった。


 上から目線に、正義の味方ヅラで俺を指さしながら、声を荒立ててくる。


「焼肉店から出てきてよく言えるな。牛や豚はかわいそうじゃないのかよ?」

「何を言ってるの高橋君? 牛や豚は別に私たちが殺したわけじゃないでしょ? そんなこともわからないとかバカじゃないの? そうやって無理やり相手を悪者に仕立て上げよとするところ、ホント昔から変わらないよね!」


 そんなことしたことないし、『昔から』なんて言える程お前と話したことないだろ。


 けれど、俺をより責め立てて、より自分が正義マンになるために、俺をとことん踏み台にしてきた。


「これだから私、冒険者って嫌いなのよねぇ。短絡的で自分さえよければいいっていうかさぁ」

「あーわかるぅ。罪もない動物を一方的に殺して英雄気取りってのがまたねぇ」


 怒りで、頭の血管が熱くなるのを感じた。


 そもそも、モンスターの正式名称は害魔獣。


 人間を見つけると無条件で襲い掛かってくる凶暴凶悪な存在だ。


「お前、モンスターの被害に遭っている人が年間何万人いるか知っているのか?」


 モンスターを駆除してくれという地域住民と、保護動物だから手を出せないと言い張る自治体の衝突は、新たな社会問題になっている。


 山間部に住む人々は、『政府は国民よりもモンスターの方が大事なのか!』と抗議し続けている。

 なのに。


「はいはい出たよ常套句。モンスターからの被害がどうこう言って正当化しようとする人いるけどさぁ、モンスターは肉食なんだから仕方ないでしょ? ライオンがシマウマ食べるのと変わらないよ。なのに害魔獣なんてたいそうな名前つけちゃって」

「生物本来の生き方しているだけじゃんねぇ?」

「つうか、街中で防刃チョッキ着て背中にハルバード挿してんのマジでウケるんだけど。コスプレオタクみてぇ」


 沸き上がる爆笑。

 中学時代の同級生たちは、みんなでよってたかって俺のことを笑いものにして、嘲笑して喜んでいた。


 コスプレじゃなくて本職だ!

 そう言おうとして、喉が固まった。

 さっき、俺はクビになった。

 もう、冒険者じゃない。


 俺が視線を伏せると、財前が肩に腕を置いて、絡んできた。


「お前、中学の卒業アルバムで将来の夢に何て書いたか覚えているか? 将来はSランク冒険者になってドラゴン退治して【ドラゴンスレイヤー】になる、だったよな? 絶滅危惧種殺してなれんのは犯罪者だっつうの!」


 再び、みんなでこぞって笑い合う。


 それでも何も言い返せなくて、俺は今すぐこの場から消えてしまいたかった。


 信号が青になると、俺は皮肉のひとつも言えずに、財前の腕を振り払って無様に逃げ出した。


「おいおいいじけるなよ! お先真っ暗のお前に今日ぐらい奢ってやるぜぇ!」


 人生の中で、こんなにも惨めな想いをしたのは初めてだった。


 辛い感情を置き去りにするように全力で走り続けた。


 けれど、ヘドロのような感情は俺の心臓にこびりついて、逃れることはできなかった。




 仲間の言う通り、俺の実力不足なら頑張ろうって気にもなる。


 でも、業界そのものが衰退して、業界からいらないと言われてしまったら、もうどうしようもない。


 俺は冒険者が好きだったが、冒険者は俺のことなんて好きじゃなかった。


 昔の、キラキラとした自分を思い出す。


 幼い頃から、冒険者が大好きだった自分。

 冒険者番組を毎週かかさず見ていた自分。

 冒険者を題材にした漫画やアニメ、ゲーム、ライトノベルに夢中だった自分。

 有名冒険者たちのトレーディングカードを買い漁った自分。

 誕生日に、玩具の冒険者なりきりセットを買ってもらい、はしゃいだ自分。


 あの頃の自分はなんだったんだ?

 あの頃の気持ちはなんだったんだ?

 あの頃に思い描いていた夢はなんだったんだ?


 心の中に住む、あの頃の自分が自分に叫んでくる。


 なんでそうなっちゃったんだよ!

 なんでこうなっちゃったんだんだよ!


 そんなの俺が知りたい。


 少なくとも、俺の責任ではない。


 冒険者業界は、俺の行動とは関係なく、星歴2025年に衰退することが決まっていた。


 つまり、最初から冒険者として活躍する未来なんてなかったんだ。


 そんなことも知らずに、一生に一度しかない中学生活も、高校生活も、青春の全てを冒険者になるための訓練に浪費してきた!


 でも全部無意味だった!

 全部無駄だった! 俺の18年間!


「くそ! くそ! くそ! くそぉ! ふざっけんなぁああああああああ!」


 全てを絞り出すような、魂の慟哭を吐き出した。


 視界の赤信号に気が付くと、鋭いブレーキ音が耳をつんざいた。

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