冒険者ギルドを追放された俺が闘技場に転職したら中学時代の同級生を全員見返した
鏡銀鉢
第1話 冒険者業界は衰退しました
『環境省からの報告です。ドラゴンが絶滅危惧種に指定されました。他、27種の害魔獣、通称モンスターの捕獲、殺傷が、本日より禁止となります。現在クエスト途中の冒険者につきましては、国の方から補償金を出す方針とのことです。ドラゴン減少の原因は、度重なる乱獲と乱開発、環境破壊による生息圏の縮小が指摘されています』
テレビから流れる声に、俺、高橋孝也(たかはしたかや)は愕然とした。
嘘だと、誤報だと自分に言い聞かせながら、慌ててスマホを取り出し、該当キーワードで検索した。
けれど、どのニュースサイトでもトップニュースとして扱われ、いくつもの悲報スレッドが立ち上がっている。
スマホが震え、クラスメイトから電話がかかってきた。
『やべーぞ孝也! テレビ見たか!?』
狼狽しきった友人の声に、俺の絶望感に拍車がかかる。
「あ、ああ……見たよ……」
『環境省のホームページ見たけど今後もどんどん規制が入るぞ! 去年の大規模なモンスター調査クエストは全部このためだったんだチクショウ!』
友人は怒り心頭だった。
電話越しに、地団太を踏む音が聞こえる。
一方で、絶望感に染まった俺は、手から力が抜けてスマホを落とした。
俺と友人は、冒険者高校三年で、来月には卒業を控えていた……。
魔王が滅びても、人々に害をなす魔力を持った獣、害魔獣、通称モンスターの危険はなくならない。
報酬次第でどんな危険な仕事も請け負う職業人、冒険者は、モンスター退治のプロフェッショナルとして活躍し続けた。
そして星歴1970年。
テレビやラジオ、雑誌の普及で冒険者たちは国民的スターとなり、少年少女たちにとっては憧れの職業となった。
特に、最強のモンスター、ドラゴンを退治した冒険者は【ドラゴンスレイヤー】と呼ばれ、人々の尊敬を一身に集めている。
俺も、子供の頃からドラゴンスレイヤーに憧れ、夢見ていた。
人々をモンスターの脅威から守る正義の味方、みんなのヒーロー。
その姿に熱烈な想いを寄せて、希望を胸に冒険者高校に入学した。
けれど、星歴2025年現在……俺はと言うと……。
「孝也! そっち言ったぞ!」
「お、おう!」
木々がうっそうと生い茂り、太陽の光を遮る暗い森の中。
俺の目の前には、八体のゴブリンたちが迫っていた。
ゴブリンとは、身長1メートルほどの人型モンスターだ。
力は弱く、スライムやスケルトンと並んで、三大雑魚モンスターにも数えられている。
ただ、ゴブリンは機敏ですばしっこくて、俺が得意とする武器、ハルバード(穂先の左右に斧と鉤爪がついた槍)とは相性が悪かった。
「このっ!」
できるだけ多くのゴブリンを巻き込めるよう、ハルバードを大きく横に振るった。
穂先に首を切られ、長柄に頭を打ちのめされて、三体のゴブリンが絶命するも、残る五体は容赦なく俺に襲い掛かってくる。
「うおっ!?」
ゴブリンたちの体当たりを受けて、俺は仰向けにスっ転んでしまう。
ゴブリンたちは嘲笑するように笑いながら、鋭い牙で噛みついてくる。
「おい! こら! やめろ!」
腕に、脚に、ゴブリンたちが牙を突き立ててくる。
軍でも採用されているアサルトスーツや、冒険者御用達の防刃装備越しに感じる牙の鋭さに、背筋がゾクリと震えた。
「■■■■」
五十音では表現できない鳴き声を上げて、一体のゴブリンが俺の顔をつかんできた。
生臭い匂いとべたつく感触に悪寒を覚えながら、俺は地面に頭を押し付けられる。
——やばい! こいつ、首に噛みつく気だ!
首は、防刃装備で守っていない。
殺されると予感した俺は、がむしゃらに手足をばたつかせて、ゴブリンたちを振りほどいた。
ゴブリンたちが短い苦痛の声を上げて転ぶ。
俺は素早く跳び起きて、距離を取ろうと駆けだした。
けれど、ゴブリンたちもすぐに跳ね起きて、追いかけてくる。
敵は五体。
こっちは小回りの利かないハルバード。
仕方なく、俺は魔力を励起させた。
魂が生み出す超自然的なエネルギー、魔力を、ハルバードにこめた。
「エクスプロージョン!」
ハルバードの柄頭、石突と呼ばれる部位を地面に突き刺して、魔力を爆発力に変換、爆炎を起こした。
『————』
ゴブリンたちは、最期の声を上げる間もなく、消し炭と化した。
流石は、ドラゴンスレイヤーを目指す俺が覚えた魔法だ。
そんじょそこらの攻撃魔法とは、威力が違う。
「孝也ぁあああ!」
一緒にパーティーを組んでいる仲間たちが、俺の名前を呼びながら走ってくる。
俺は、自分の無事を伝えるように、ハルバードを掲げた。
「おー、俺は無事だぞ」
「何してくれてんだよゴルァ!」
「え?」
状況が呑み込めない俺に、三人の仲間たちはそれぞれ怒鳴った。
「ゴブリン粉々の消し炭じゃねぇかよ!」
「これじゃ肉とか骨とか素材買い取って貰えないだろ!?」
「それ以前にどうやって討伐証明するんだよ!」
——やべっ……。
冒険者がモンスターを退治することで得られる報酬は2つ。
討伐証明である体の一部を提出し、冒険者ギルドから貰える討伐の報奨金。
そして、モンスターの肉や骨、皮膚などの素材を買い取って貰う代金だ。
しかし、俺はゴブリンたちを爆炎で消し炭にしてしまったので、どちらも貰えない。
「さ、さっき俺がハルバードで倒した三体の体が――」
言い訳をするように振り返って、言葉を失った。
爆炎魔法に巻き込まれて、最初に倒したゴブリンもまる焼けだった。
一応、焼け残ってはいるので、死体を運べば、ゴブリン三体分の報奨金は貰えるだろう。
でも、素材の買い取り代金は期待できない。
俺は肩を落として、みんなに謝った。
◆
罰として、俺は一人でゴブリンの死体を背負い、みんなで冒険者ギルドに帰った。
けれど、素材はほとんど買い取って貰えず、手にできたのはゴブリン三体分の討伐報奨金だけだった。
三大雑魚モンスターの討伐報奨金なんて、たかがしれている。
それこそ、居酒屋でバイトをしたほうがよっぽど稼げる金額だった。
せめてもの償いとして、俺は報奨金を全額、仲間たちに渡した。
それでも、みんなは一言も口を聞いてくれなかった。
ギルドを出ると、外はもう暗く、夜のお店が騒がしくなる。
今は四月で、明るい未来に頬を染めた前途洋々たる新入社員や大学生たちが、先輩に連れられて明るく楽しく笑っている様子が、そこかしこで見られる。
これが、アフターファイブというものだろうか。
冒険者も、モンスターの討伐が終われば居酒屋で打ち上げをするのがお決まりだ。
鍛えた体で武器を振るい、人々に害するモンスターを討伐し、その日の健闘を称え合いながら酒とご馳走に舌鼓を打ち、明日への英気を養う。
それが冒険者の日常であり、醍醐味だ。
だけど、俺らのパーティーは、冒険者デビュー祝いとして初日にジュースとピザで家飲みを一度しただけだ。
理由は単純、そんなことをする経済的余裕がないからだ。
四人で冒険者高校に通っていた頃は、こんなことになるだなんて思っていなかった。
俺ら四人は、学校では優等生だった。
将来は冒険者として名を馳せて、一角の人物になるのだと、俺も周りも疑わなかった。
なのに今の俺らはどうだろう。
冒険者という仕事に見切りをつけて、一般企業に就職した連中や、一般大学へ進学した連中のほうが、よっぽど幸せそうだ。
「おい孝也、俺ら言ったよな。魔法は使うなって」
赤信号の前で立ち止まっていると、不意に、仲間の一人が苛立たし気に言った。
「あ、ああ。でも、さ。あんな一度に来られたら、広範囲攻撃しないと」
「それでどうなった? 今日の稼ぎ、四人でたったの3900円だぞ!?」
「てめぇが高校時代に爆発魔法しか覚えなかったせいでモンスターはいっつも粉々だ!」
「武器もハルバードしか練習しなかったから狭いダンジョンじゃ役立たず。お前、冒険者やる気あるのかよ?」
三人からの叱責に、俺は肩を縮こまらせた。
「だって、俺は将来ドラゴンスレイヤーになりたかったから……」
高威力の爆発魔法と、長くて威力もあるハルバードは、強力な大型モンスターとの相性は抜群だ。
俺の選択は、間違っていないはずだった。
でも……。
「あのなぁ孝也、今の冒険者業界の状況わかってんのか?」
信号が青になっても、三人の仲間たちはその場にとどまり、俺を睨みつける。
「あれから環境省はモンスターを次々絶滅危惧種に指定して、モンスターレッドリストを発表した。最初は27種だった保護モンスターも今じゃ586種だ」
「しかも、報奨金や素材が高い上級モンスターは軒並みレッドリスト入り。討伐、捕獲、殺傷は禁止された。中級モンスターは既存のベテラン冒険者たちが争うように討伐していて俺らが割り込む余地はない」
「結局、俺らに残ったのは雑魚モンスター掃除や、薬草やキノコの採集、それに土方仕事や清掃業務とかの町内クエスト(依頼)だけだ。もう自分がフリーターなのか冒険者なのかわかんねぇよ」
三人の声は重かった。
胸に宿る焦燥感や、忸怩たる思いが、痛い程に伝わってくる。
冒険者業界は衰退した。
もはや、かつての栄華は見る影もない。
それどころか、最近では環境保護団体や、動物愛護団体が勢いを増し、ここぞとばかりに冒険者という職業を叩いている。
メディアもその流れに乗っかり、今や冒険者は日陰者だ。
それでも、俺ら四人は諦めなかった。
こんなカウンターブームは一時的なものだ。すぐに冒険者業界は再興する。
そう信じて、予定通り、冒険者高校を卒業と同時に冒険者ギルドに登録した。
でも駄目だった。
保護モンスターの種類は日に日に増え、業界は衰退の一途をたどる一方だった。
スター冒険者は引退し、中には、環境保護団体や動物愛護団体に協力して、コメンテーターになる冒険者まで出始めた。
さんざんモンスターを討伐してチヤホヤされていたのに、
『いや、実はね、ボクも前々から反対だったんですよ。そもそもモンスターにだって生きる権利はあるじゃない? なのにこっちから向こうの生息圏に土足で踏み込んで一方的に殺すって、文明人のやることじゃないですよ』
『モンスター虐待をお金にした、歪んだ業界だったよね。だけどそれを武勇伝にしてみんな熱に浮かされて、馬鹿になっていたよ。本当に、昔の仲間たちにも目を覚まして欲しいよ』
『合衆国だって欧州だって、世界的にもモンスター保護の流れになっているでしょ? ここで僕らの棲む大和国だけ乗り遅れるのは愚の骨頂です。先進国として、モンスター保護の先頭に立ち、途上国に模範を示さないと』
テレビの討論番組で彼らの言葉を聞いた時、俺は文字通り床に崩れ落ちた。
開いた口がふさがらなくて、しばらく放心状態だった。
でも、そうした冒険者を【裏切り者】と呼ぶ声もあって、俺らはその声に便乗して、自分を励まし続けた。
けれど、その虚勢も、そろそろ限界を感じていた。
「俺、冒険者やめるわ」
顔を上げると、友人の一人が吐き捨てる。
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