第42話 やっと巡ってきたチャンス


「これはただのODAではありません、5兆円規模の超大口契約です。これを機にパシク国と国交を結べば、日本は安定した地下資源を得られます。度々紛争が起こり石油の値段が乱降下する中東、その中東から石油を輸入する際に船が通る海路、いわゆるシーレーンにも不安がある今、パシクとの貿易は喉から手が出るほど欲しいのではないでしょうか?」


「そ、そうですね、では、この方向で上を説得してみます」


 ——よっしゃ!


 とは顔に出さず、俺は交渉を続けた。


「続いて技術協力ですが、日本の建設会社にはこちらで工事をする際、現地人労働者に建設技術を教えて欲しいのです。交代で、パシクからの留学生受け入れ準備もお願いします。労働者は送りません、それなら、仕事を技術留学生に奪われると怒る国民もいないでしょう」


 黒田さんは、大きなため息をついた。


「まったく、欲張りな方だ。わかりました。それもお受けしましょう。それと、事前に打診のあった、古着や古靴、廃車を発展途上国へ送るリサイクルプロジェクトですが、パシク国も対象国に入れておきましたよ。必要な作物の苗、タネ、植樹の木、家畜も、おおむね要求通りになると思います。足りなければ、はは、私が交渉しますよ」


「感謝します。では最後に、もう一つだけよろしいですか? 日本の、フードロス問題について」


 フードロスとは、まだ食べられる食品が捨てられてしまう問題だ。原因は様々だが、大きな要因は、売れ残った食品が、賞味期限が近く売りモノにならないからと廃棄されることだ。


「食料提供ですか? しかし輸出できる品目は限られますよ?」

「いえ、全品目を可能な限りお願いします。生ものは全部肥料にしますし、生もの以外は賞味期限が切れていても全然かまいませんので」

「貴方は、賞味期限の切れたものを国民に食べさせるのですか!?」


 声を荒立てる黒田に、俺はきょとんと言ってやる。


「何の問題が? 賞味期限は味を保証する期限であって、食べられなくなる消費期限とは別モノです。俺自身、日本にいた頃から賞味期限切れのお菓子とかよく食べていましたし、なんなら湿気ったスナック菓子とせんべい好きですよ。それに、うちの国民は最近まで餓死者を出していたんです。まだ食べられるのに賞味期限切れが近いから捨てる、なんて、仲間の言葉を借りれば苦労知らずのお坊ちゃま国の考え方ですよ」


 黒田さんは、恥ずかしそうに閉口してしまった。


   ◆


 会議は、俺らパシク国側の要求が一方的に全て通ることになり、大成功だった。


 流石に、ナナミがハイジャックした日本の旅客機と機長の返還が決まったものの、最初から日本の飛行機で、こちらの損失にはならない。

 (機長は日本に帰れるのがよほど嬉しかったのか、血の涙を流して絶叫しながら嗚咽を漏らしてむせび泣き、「アイルビーバァアアアアアアック」と叫んでいるという。やっと日本にバックできてよかったですね)


 そして、俺と黒田さんが握手を交わし、会談はお開きとなった。


 けれど、俺らが背を向けて退室しようとすると、背後から遠慮がちな声に呼び止められた。


「なぁ、高橋君……このまま、私と共に日本に帰らないか?」


 それは、ずっと待っていた言葉だった。


 それだけを願って、この二か月、死に物狂いで頑張ってきた。


 なのに、その提案に俺の心は少しも動かなかった。


 だから、俺は言った。


「あーすいません、せっかくの申し出なんですけど、まだやらなきゃいけないことがあるんで」

「それは、なんだい?」


「はい、パシク国に新しい産業を興して海外貿易して外貨と物資を稼いで国内の生産業を成長させて国力を高めつつインフレ問題と雇用問題を解決して治安回復させて、あと教育と医療を充実させたいですね。生産業が活性化したら電力も必要になるので発電所も必要になるんですけど、原発は危険だし火力は環境問題が起こるし、今は地熱発電と波力発電を検討中です」


「それは、君がやらなきゃいけないことなのかい? どうして、君がそれをするんだい?」

「へ? いや、だって可哀そうじゃないですか。毎日死ぬほど働いてんのに腹減るし病気なるし医者にかかれないしそこから抜け出す方法がないんですよ? 幸い知識はあるんで」


 いつかは、また日本の土を踏みたい。


 でも、それは今じゃない。


 俺が笑顔で断ると、黒田さんは、半ば放心状態で頷いた。



   ◆



 会談を終えた黒田義友は、部下を引き連れて宮廷の廊下を歩きながら、頭をかいた。


「ああいう奴もいるんだな……」


 中流家庭育ちの高校生で、一国の大臣を四つも兼任している。


 どれほどの天才性と意思力があるかと思えば『だって可哀そうじゃないですか』と言ってきた。


 そういえば、かつて日本には最終学歴が小学校卒で大蔵大臣と総理大臣を歴任した男がいたっけなと、黒田は思い出した。


 その総理大臣は、歴代総理最高の人気を獲得し、日本中の国民から愛されていた。


 その総理は言った。


「政治家を志す人間は人を愛さなきゃ駄目だ」

「人が苦境悲しみのさ中にある時、力になってやるべき」

「政治とは国民全体のもの」

「政党のためではない、国民の為だ」

「国民の生命と財産が守れないでどこに一体政治があるのか」


 大きなため息をついて、黒田は部下の前で苦笑した。


「私に政治は5年早い」


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 機長はいずれ、帰ってくる。

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