第22話 ナナミと外食
大通りの一等地で営業している高級レストランへ入店すると、一番いい席に通された。
他のテーブルで食事をしているのは、いずれもスーツ姿の男性と、セミフォーマルドレス姿の女性だ。
政治家の大半はいなくなったはずだから、きっとこの国の富裕層や高級官僚だろう。
貧しい国のはずなのに、金があるところはあるんだな、と貧富の差を実感してしまう。
「なんか俺ら、場違いじゃないか?」
なにせ、高校の制服姿の俺と、ニーソックスに短パンノースリーブのナナミだ。
浮いている、なんてもんじゃない。
周りの視線も、なんとなく気になる。
「私は浮いているかもしれませんが、ショウタはそうでもないですよ」
「そうか?」
「はい、ネクタイをしていますから」
「判断基準そこかよ……でも、オウカさんはなんで急に外食して来いなんて言ったんだ?」
「姉様なりに労っているのですよ。認めたくありませんが、今、私たちの中で一番働いているのはショウタですから」
「そりゃまぁな」
今でも、連日連夜、朝から晩まで各地の村の様子を見たり指導したり、執務室で書類仕事に明け暮れる毎日だ。
「それに、ショウタは今や一国の大臣様なのですよ。こういうところで食事をしてもおかしくはないでしょう」
気が付くとすぐに忘れてしまうが、俺はオウカから正式に【農林水産大臣】と【環境大臣】に任命されている。
まさか、この年で一国の大臣になるとは思っていなかった。もっと言えば、テロリストの片棒を担ぐことになるとは思わなかった。
日本で俺のことはなんて報道されているんだろう?
「はいショウタ。メニューです」
「お、サンキュ」
ナナミが手渡してくれたメニューを開くと、名前の知らない洋食の名前が、色々と並んでいる。それも、読みにくい筆記体で。
日本のファミレスと違って、写真が無いのが不便だ。
それに、値段を見て苦笑を漏らした。
「札束を渡された時はドキッとしたけど、メニューが全部何十万パシクドルもするぞ」
どれだけ高級な材料を使おうが、何十万はあり得ないだろう。
ナナミも、呆れた声で肩をすくめた。
「慢性的なインフレですからね。物価は半月ごとにぐいぐい上がっていますよ」
「インフレなぁ~、こっちもなんとかしないとだな」
今は食料とか衛生健康面とか、喫緊の問題が先だけど、そのうち経済政策にも着手しないと、真の復興はあり得ない。
健全な国は、健全な経済の上に成り立つ。
「ショウタは経済にも強いのですか?」
「経済学は知らないけど、経済政策には詳しいぜ」
ニヤリと笑って見せる。
経済政策無双こそ、オトナ向け異世界転移ラノベの華だ。
さぁてどうしてやろうかと、俺が頭の中で最強異世界転移計画書を紐解くと、荒っぽい声が聞こえてきた。
「おい、てめぇらパシク解放軍だな?」
振り向くと、入口の方から、ゴロツキ然とした男が乱入してくるところだった。
背が高くランニングのシャツからは筋肉で盛り上がった太い腕が伸びている。
鬼を彷彿とさせる顔は、人の命を嬉々として奪いそうな迫力があった。
一目見ただけで、俺は委縮して椅子から動けなくなってしまう。
引き留めようとするウェイターを殴り飛ばすと、男は横柄な歩き方でこちらに歩み寄ってくる。
——やばいよやばいよナニコレナニコレなんで俺この人に目ぇつけられているの? 初対面なんですけど俺なんかしました!?
一歩も動けないのに、俺の心臓は全力疾走をした後のようにバクバクと脈動を打って、この場から逃げろと悲鳴を上げた。
俺らのテーブルのすぐ前まで来ると、男は殺意を込めた、鋭い眼光で俺を睨んでくる。
ゴリマッチョのコワモテ男性の睨みは、美女のオウカと違って、ストレートな怖さがあった。
せめてこいつが、ツーサイドアップのピンク髪で金眼で可愛くて小柄だけど胸は大きくてその巨乳がコンプレックスで敬語口調だったら、怖さも半減するのに。
「俺の弟は人を殺して捕まったのに、お前らは王様や政治家共を殺して大統領に大臣様。今じゃこんないい店で食事か。いいご身分だな」
ドスの効いた声が胸に響く。
もう俺は、イバラの手で心臓をわしづかみにされたような心地だった。
いい加減、泣きたくなってくると、男が後ろ腰から、拳銃を抜いて突き付けてきた。
「テメェらを殺せば、俺も大統領か? あん?」
——ヒィイイイイイイイイイイイ殺されるぅ! 誰か助けてぇええええええ!
顔面に突き付けられた拳銃の引き金が、ギチっと音を立てた。
刹那、小さな足が、男の側頭部を蹴り抜いた。
ライダーキックよろしく、ナナミの飛び蹴りが、華麗にキマッた瞬間だった。
男が悶絶しながらうつぶせに倒れると、ナナミは拳銃を蹴り飛ばした。
そうして男を無力化してから、分厚い背中を踏みつけて、自分の拳銃を後頭部に向けた。
「残念ですが、この男は私たちにとって必要な存在です。お前は刑務所で客土作業に従事するんですね。頑張って働けば、ビールが飲めますよ」
流石は飛行機をハイジャックした、そして一国を陥落させたテロリスト。街のゴロツキなんかとは、レベルが違った。
「てめっ、ブッコロ――」
男の言葉は、最後まで続かなかった。
ナナミが素早くしゃがみ、自分の体重を乗せながら、拳銃の底で男のこめかみを叩きのめした。
「ガッ」
男は白目を剥いて気絶した。
「やれやれです。ショウタ、大丈夫ですか?」
「ナナミぃ!」
「うおわぁ!?」
緊張の糸が切れた俺は、感情がこみあげてナナミに抱き着いていた。
「ありがとうナナミぃ! お前は俺の命の恩人だぁ!」
「やめ、やめるのです! ちょ、おっぱい、おっぱい当たってますから」
「ナナミぃ、ナナミぃ、ナナミぃ、ナナミぃ、ナナミぃ!」
「やめろって、言ってるのです!」
「ぐぺっ」
こめかみに鈍い衝撃が走って、俺の視界はブラックアウトした。
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