第21話 エロリストの最期

 役場の周辺は、村中の男性たちでごった返していた。


 みんな、一様にスマホを見下ろし、熱心にタップし続けている。


 その様子は、まるで怨霊に取りつかれたアンデッドを彷彿とさせた。


「あ、パパなのです」

「ほんとだ、ミキヒコさん、何を見て……あ~」


 ミキヒコさんの背後からスマホを覗き込むと、全ての謎が解けた。


 ミキヒコさんは、オウカが演説するPVを見ていた。


 それも、5秒戻しのボタンを断続的にタップして、オウカが振り返り、豊乳が揺れるシーンだけをリピートしながら。


「ミキヒコさん、豊乳好きなんすね」

「見損なったのです!」

「のあっ!? ナナミ!? ショウタさんも!?」


 ミキヒコさんは全身を跳ね上げて、スマホを胸に抱え隠した。


「ちがっ、何を言うんだチミたちは! 私は栄えあるパシク国民の一人として、大統領閣下のありがたーいお言葉を聞いているだけだ! 決してスマホでエロいものを見たら履歴で、履歴を消せば消したことで母さんにバレるから大統領の演説動画なら合法的に爆乳美少女を見られるとか、そんないかがわしいことは一切考えていない! なぁそうだろうみんな!?」


「そうだ! 我々は大統領のご尊顔を拝したてまつっているだけだ!」

「大統領のお言葉に耳を傾けるのは臣民の責務だ!」

「ボクらはこの国を支える一員として大統領の崇高な理念に共感しているのさ!」

「爆乳美少女目当てなんて、そんなわけないじゃないか!」


 役場の前に群がっていた男たちは一致団結しながら弁明し、肩を組んで濁り切った瞳を向けてくる。

 なんて嫌な絆だろう。


「あ~な~た~」

「か、母さん!?」


 いつの間にか、ナミカさんが俺の後ろに立っていた。


 ナミカさんは全身に殺意の波動をまとい、ハイライトの消えた瞳で、ミキヒコさんに歩み寄っていく。


 男性陣は青ざめ、腰を引いて、組んでいた肩がゆるんだ。


「あなた、17年前に言いましたよね? 小さくて可愛い胸が好きだよ、華奢で細身の女の子が好きだよって……17年間、私をだましていたんですか?」


 人の10人や20人なら呪い殺せそうなくらいドス黒い声音で、ナミカさんは迫っていく。


 男性陣は悲鳴を上げて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「あ、こら待てズルイぞお前ら!」

 がしっ

「ひぃっ!?」


 ミキヒコさんは頭をわしづかまれ、ずるずると引きずられていった。


「違うよ母さんこれは浮気じゃないよ俺は貧乳好きだよでもたまには趣向を変えたくなるというか軸はブレていないしこんなの酒のつまみ感覚で主食は母さんだしただちょっと物珍しさに釣られてだけで、あっ、あっ、あっ、ぎゃああああああ!」


 二人が建物の陰に消えると、ミキヒコさんの絶叫めいた悲鳴が響き渡り、周囲の小鳥たちが飛び立った。


 そして、ミキヒコさんの命運を暗示するかのように、近くの木から、ぽとりと一輪の花が散り落ちた。


 ミキヒコさんの落としたスマホからは、オウカの演説が空虚に再生され続けていた。


 スマホを拾い上げて、俺は、あらためてコメント欄に目を通した。


【オウカの爆乳やばすぎ、マジ最高!】

【こんな爆乳美少女が大統領とか神すぎる!】

【毎日大統領の乳揺れ見たくて仕事に励んでいる俺がいる!】

【オウカのセクシー動画が上げられたら永遠に忠誠誓う!】


 男の悲しい習性に、俺は同じ男として、同情の涙を禁じ得なかった。


 ——そうか、みんなそんなにおっぱいに飢えていたのか。


 ナナミは、父の悲鳴に侮蔑と同情と情けなさが入り混じった、アンニュイな表情で肩を落とした。


「……帰りましょうか」

「……そうだな」


 偉大な勇者の最期に、俺は心の中で黙祷を捧げた。



   ◆



 宮廷に帰った俺らは、大統領の執務室にて、オウカに調査報告をしていた。


「つうわけで、なんかみんな、オウカの美貌とバストが目当てでチャンネル登録していたらしい」


 ナナミが憤慨する。


「貴方がツイチューブを使おうなんて言うから姉様はみんなの慰みモノになったのです! 姉様、すぐに動画を消しましょう」

「悪かったよ。とにかく動画は作り直しだ」


 オウカだって、好きで乳揺れしているわけじゃない。


 なのに、自分の映像を、いやらしい目で見られたら嫌だろう。


 今回は、俺もちょっと反省だ。


 けれど、オウカは気にした風もなく、けろりと言った。


「何故だ? こちらは卑猥な動画など上げていない。こちらが対応する必要がどこにある。それよりも私の美貌と乳を入り口にチャンネル登録したことの方が大切だ」


 言って、オウカは机に座ったまま、両手でバストをぐいっと持ち上げた。


「こいつも、たまには役に立つものだな」


 両眼に力を漲らせ、俺はまばたきを忘れていた。


「姉様を汚すなです!」

「おわ!?」


 ナナミの鋭いローキックが、俺の右ひざの裏に当たった。


 半膝かっくんに、俺はバランスを崩してたたらを踏んだ。


「み、見てねぇし……」

「そういうことは私の眼を見て言うのです!」

「見てるぞ、心の眼で」

「貴方のようなおっぱい国民が開眼できたら世の中は聖者だらけですよ!」

「貴君ら、随分と仲良くなったな」

「どこがですか!?」


 というナナミの抗議を無視して、オウカは現状報告をした。


「各地からのメールを読んだ。動画のお陰でどこの村でも堆肥と客土、井戸掘り、石鹸作りが始まっている」


 オウカに無視されて、ナナミはちょっとしょんぼりした。


 その姿が可愛くて、頭をなでたくなる。


「知識が広まっているようで何よりだよ」

「うむ、だが、不安材料もある。これだ」


 スマホの画面を操作してから、オウカは俺らにスマホを突き出した。


 ツイチューブに投稿された動画の再生が始まる。


 それは、国王派の残党のPVだった。


 高級そうなスーツに身を包んだ男たちが、王室の歴史と統治について熱く語り、それから、オウカたちの非道について糾弾し、今の政策をインチキであると責めていく、いかにもなアンチ動画だ。


 動画の背景には、迷彩服に身を包んだ兵隊たちが、ズラリと横に並んでいる。


「スーツの男は国王の側近で、兵隊は国王派の兵士、いや、王族専門の護衛部隊か?」


 バトル作品でよくある展開に照らし合わせながら、俺はオウカに尋ねた。


「その通りだ。上げられている動画は全部で五本。言い回しは違うが、内容はどれも同じだ。パシク解放軍は人殺しのテロリストであり、統治の正当性はない。今こそ政権を我らの手に戻すとき。と主張している」

「再生回数はそこそこ多いし、同調するようなコメントも少なくないな……」

「敵に利用されてどうするのですか!」

「わ、悪い……」


 とはいえ、俺としては、こいつら国王派が勝ってくれた方が都合がいい。


 でも、散々圧政を敷いてきたくせして、王室の歴史と統治をやたらと美化しているのがムカつく。


 それに、俺が教えた先進国知識無双政策を、根拠もなく批判しているのもムカつく。


 正直、こんな奴らに助けてもらいたくはない。


 けれど、俺が日本に帰るには、国王派が政権を取り戻す必要がある。


「そうショウタを責めるなナナミ。それに、デメリットよりもメリットの方がはるかに大きい。大事なのは民を救うことだ。そうだろう?」

「それは……そうですが……」


 オウカにたしなめられて、ナナミはしおらしく声をすぼめた。


「それに、我らの統治が、こいつらの甘言に劣ると思うか?」

「思いません! 姉様の統治は完璧です! 姉様こそ、この国の大統領に相応しい器なのです!」

「であろう? ならば気にする必要などない。そうだ、今までよく働いてくれた褒美に、外でランチでも食べてくるがいい」


 そう言って、オウカは執務机の引き出しから札束を取り出すと、まるごと机の上にどんと置いた。


 その分厚さに、俺は息を呑んだ。

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