2話 『ある少年の夏休み』 (1話完結)
バスはゴトゴトと山道を走る。
奇妙な音楽を鳴らしながら。
山道バスにははバス停がない。
乗りたい人が手を上げれば乗せるし、
降りたい人は言えばいい。
だから、ここにいるよと音楽を鳴らしながら走っている。
オレはバスの一番後ろに沈みこんで ヘッドフォンをし、ゲームに夢中だった。
バスの変な音楽も関係ない、客だって誰も乗ってこない。
オレはカズヤ。
とーちゃんは都内で車の整備場を経営している。
一応社長だな。
とはいっても、かーちゃんが経理をし、他に社員が二人、年の離れた兄貴が今年から手伝いに入った、家族経営の工場だ。
夏は仕事が忙しい。
暑さで仕事の効率が落ちるうえ、車で出かける人が多い。
いつもの車のトラブルに加え、エアコンの故障関係での依頼が増えるみたいだ。
「田舎のおじいちゃんのところにいっておいでよ」
テレビにかじりついてゲームをしていたカズヤに 母親が提案する。
お盆もかえれなかったし、もうすぐ夏休みが終わってしまう。
夏休み、どこにも連れていけてないから、と。
小学校でみんなが話してるのに話題がないと寂しいでしょ、と。
「別に何処にもいかなくていいよ」
朝から晩までゲーム三昧できたはずだったのに……
体よく追い出されたのだ。
バスが終点についた。
カズヤはバスを降りる。
バスは誰も乗せることなく 来た道を戻っていった。
奇妙な音楽を鳴らしながら。
じいちゃんのところに泊に来るのは初めてと言っていい。
カズヤが物心つく頃には父親の仕事が忙しくなり、泊まった記憶がないのだ。
いつも車で来て 日帰りでかえっていた。
カズヤはヘッドフォンを外し、ゲームをしまうと なだらかな坂道を じいちゃんの家へと歩きだした。
木々の木漏れ日、都心より風があって涼しいが、クーラーの涼しさには負けるな。
カズヤは汗だくになりながらだらだらと坂道を上っていった。
″ジジ……ジ……″
虫の声。
カズヤが目を向けると、道端にセミが落ちていて、力なく鳴いてる。
(セミか)
早くじいちゃんのところに行ってゲームの続きをしよう。
カズヤはセミを横目に通りすぎる。
″ジジジ……″
「…………」
気まぐれだった。
カズヤは一旦通りすぎたが、セミのところまで戻ると セミをひょいっとつかんで 近くの木へと乗っけてやった。
″ジジ……ジ―――――″
セミは木にしがみつくと弱々しく発声練習をはじめ、その後盛大に鳴きだす。
「……うるせぇ」
「カズヤ」
「あ、じいちゃん」
坂の上からじいちゃんがカズヤを呼ぶ。
どうやらバスの音楽を聞いて 迎えにきてくれたようだ。
カズヤはじいちゃんのところに向かった。
……じいちゃんの家には 今年もクーラーはなかった。
クーラーどころか、台所が未だに
流石に釜戸ではなく、コンロがついていたが、風呂は五右衛門風呂だった。
カズヤは五右衛門風呂の
結構重い。
「……どうやって入るんだ、コレ」
どうみてもこのまま入ったら足を火傷してしまう。
横を見ると 下駄が置いてあった。
「コレはいて入るのかな」
カズヤが下駄に足をつっかけ、風呂をまたごうとしたところで 裸のじいちゃんが入ってきた。
「何しちょるんじゃ」
「え?」
じいちゃんが 顔をしわしわっとさせてがははと笑う。
「コレは 蓋を踏んで入るんじゃよ」
カズヤが取った蓋を浮かべて上から踏んで入ってみせた。
もちろん、下駄ははかないで。
「先ずは体を洗わんとな」
じいちゃんがカズヤの背中を流してくれ、代わりにカズヤはじいちゃんの背中を洗いながら聞く。
「なんでこんな面倒臭い風呂に入ってんだよ」
「ん?面倒臭いか?」
「水組んで、薪でわかして、面倒臭いだろ?最近のはボタンひとつで風呂が沸くんだぜ!」
「ワシはコレがいいんじゃよ。どれ明日はカズヤに火を炊いてもらうかね」
「えー!!」
じいちゃんは そう言って 楽しそうに笑った。
(田舎って面倒臭い。ばあちゃんのつくる料理も野菜ばっかだし……)
カズヤはじいちゃんがつってくれた
◇◆◇◆◇
「あ~~~~」
次の日、扇風機の前に陣取ってあ~あ~言ってるカズヤにじいちゃんが声をかける。
「少し上に川があるから 遊びに行ってこい」
暑くてゲーム機にさわる気になれないカズヤは じいちゃんの提案を受け入れる。
「ホレ、帽子」
玄関で靴を履くカズヤに じいちゃんが カズヤの空色のキャップを被せてくれた。
「サンキュー」
カズヤは じいちゃんの家の裏手から川を目指した。
川はわりと近くで、綺麗な水が流れている。
「ん?」
カズヤは川沿いの森に 黒光りする
「クワガタ!」
5センチほどの大きさ、ノコギリのようなギザギザのついた大アゴをもつノコギリクワガタだ。
「かっけーな」
カズヤはきらきらと目を輝かせる。
ゲーム三昧でもやっぱり男の子、クワガタの甲冑、そのフォルムに魅入ってしまう。
「ミヤマだ!」
その先の木にはミヤマクワガタ。
カズヤはミヤマのいる木の近くまで寄ってみる。
7センチ程のミヤマクワガタ。
涼しく適した湿度のある環境を好み、鹿の角のような独特の突起をもち、こげ茶色のボディが特徴的だ。
この森は 宝の山だな。
今虫取あみがないのが残念だ。
カズヤはミヤマクワガタを名残惜しそうに見つめる。
「なんだ、あれ、こがね虫?」
ミヤマクワガタの先にもう一匹いる。
黄金虫のように緑色、いや、青?赤?
玉虫のように 角度によって虹色に変わる体。
でも、形はクワガタのようだ。
ニジイロクワガタ……七色に輝く宝石のような美しいクワガタ。
″ブーン――……″
「あっ!」
ニジイロクワガタは、硬い甲冑をあげたかとおもうと、中に格納されていた薄いはねを広げて飛び立った。
「まてっ!」
カズヤは興奮した。
ニジイロクワガタにくわえ、クワガタが飛ぶところなんて初めて見たからだ。
カズヤはニジイロクワガタを追って 森の中へと入り込む。
「やっべ……」
上を向いてニジイロクワガタを追いかけていたカズヤは、自分が森に入り込んでしまったことに焦った。
じわじわと嫌なあせをかく。
じゃわじゃわと蝉のなく声が カズヤの不安を煽り立てる。
「くそっ、」
じっとしていられなくなって、一歩踏み出そうとした時――――
「綺麗な空色の帽子」
女の子の声がした。
カズヤは驚いて振り向く。
「……なんだよ、お前」
カズヤは人がいて少しホッとしたが、顔にはださない。
声をかけたのは、カズヤと同じくらいの女の子だったからだ。
「お前、ここらへんに住んでんのか?」
「うん」
迷ったなんて思われたくない。カッコ悪い。
カズヤはスカしながら女の子に聞く。
「……道、わかるか」
「うん」
こっち、と 女の子がカズヤの前に立って歩きだした。
カズヤは少し
お化けかもしれない、でも、一人でこんなとこにいたくない。
そんなカズヤの心情を読んだのか、女の子がくすくすと笑う。
「不安なときはね、大きな声で歌えばいいんだよ」
女の子が大声で歌いだす。
″お~まきば~は~み~ど~り~♪″
「……へたくそだな」
「関係ないよ」
″くさ~のう~み、かぜ~がふ~く♪″
ほら、と、女の子がカズヤを促す。
″お~まきば~は~み~ど~り~♪″
「おー……は、、、どーりー」
二人の声がまじわり……
″よく~しげった~も~の~だっ″
「よくーしげったーもーのーだっ」
重なった。
「「ほいっ!」」
♪雪が解けて 川となって
山を下り 谷を走る
野をよこぎり 畑をうるおし
よびかけるよ わたしに♪
「お前、こんなところに住んでて、楽しいの?」
「楽しいよ」
「不便じゃねぇ?」
「んー、他を知らないからわかんない」
「そっか」
「私は、歌えればいいから」
「下手なのに?」
「うん。好きだから」
「ふーん」
「カズヤは、好きなこと、ないの?」
「好きなこと?」
「うん。せっかく生まれてきたんだもん、好きなことやらなくちゃもったいないよ!カズヤがやりたいこと、知りたいな~」
「オレのやりたいこと……」
川にたどりついた。
「じゃあ」
女の子が森にかえる。
「なあ、明日も会えるか?」
カズヤが呼び止めると、女の子が振り返り、にこりと笑う。
「お前、名前は?」
「……ツクシ」
◇◆◇◆◇
カズヤはツクシと別れてじいちゃんの家に帰ると、段ボールの箱をもらい、切りはじめた。
「なんじゃ、夏休みの工作か?」
「まあね」
カズヤの好きなこと、親の仕事のせいか、カズヤも機械が好きだ。
モノがどうやって組み立ててあるか、どうやって動くのか知るのが面白い。
カズヤはは段ボールでゴム銃を作る。
いくつかのパーツに切り分け張り付け、組み立てる。
トリガーが動くための切り込みを入れ、先端部分にはゴムが固定できるように切り込みを入れる。
銃口にある切り込みにゴムを引っ掛けてゴムの先を銃の上に出ている撃鉄に引っ掛け、トリガーを離せばゴムが飛んで行く仕組みだ。
「明日、ツクシに見せるんだ」
カズヤは暑さも忘れて夢中になった。
夜、じいちゃんと一緒に薪で風呂を沸かした。
自分で沸かして入った風呂は お湯がやさしくて、いつもより気持ちがよかった。
「薪を炊くのは意外と
「明日はオレ一人で沸かすから」
カズヤがやる気をみせると じいちゃんが嬉しそうに笑う。
ばあちゃんが作った野菜だらけの晩御飯も 昨日とは違って美味しく感じる。
工作したゴム銃でゴムを マトに当てると じいちゃんが褒めてくれた。
カズヤの世界が色づきはじめた。
◇◆◇◆◇
次の日、朝から宿題をやらされ、早目に昼ごはんを食べると、カズヤは空色のキャップをかぶり、昨日作ったゴム銃を引っ掴んで川原に出かけた。
川原に行くと 川端の石に座り、ツクシが歌っていた。
″♪ーー……♪♪♪~♪、♪♪♪~♪″
歌詞はなく、不思議と耳に残るメロディー
どこかで聞いたことあるような、懐かしいような……
ちょっと切ない気持ちになる声。
「あ!カズヤ!」
ツクシがカズヤに気づいて笑う。
「よ!」
ツクシはすぐにカズヤの持つゴム銃に目を向けた。
「それ何?」
「これか?」
カズヤは川原の石を一個拾うと、川原の段差になっている少し高い位置に置いた。
カズヤの腰の位置程の高さだ。
そして、少し離れ、銃口の先の切り込みにゴムを引っかけ、銃鉄まで引っ張ってセットし、段ボール銃をかっこつけて構えると 引き金を引いた。
″バシュッ――――ピンっ!″
「うわあ!」
ゴムは石に命中し、バチンと石が跳ねる。
「凄い!もう一回!」
カズヤはどや顔でいいぜとやってみせる。
″バシュンッ――――ビンッ!″
「うわあ!それ、カズヤが作ったの?」
「まあな」
カズヤはツクシの隣に座ると、ツクシにゴム銃の説明をはじめた。
「これな、ここに穴を開けてこの棒を通してるだろ、で、こことここを連動させてっから、ここを引くと上が動いて 引っかけた輪ゴムが飛ぶんだよ」
ツクシは、饒舌に段ボール銃を自慢するカズヤを眩しそうにみつめて笑う。
「カズヤは モノを作るのが好きなんだね」
「おう!オレ、大人になったら とーちゃんの仕事手伝うんだ」
カズヤは自分の口から出た言葉に少し驚いた。
今まで、積極的にそう思ったことはなかったのに、今自然と口から出たのだ。
「そっか」
ツクシとゴム銃で遊び、歌を歌う。
森のくまさん、蛙の学校を輪唱し、アルプス一万尺、線路は続くよどこまでもの手遊び、茶摘み、どんぐりころころ……
トンボのめがねをツクシと一緒に歌っていると、リーンと鈴虫が鳴いた。
「鈴虫はいいな……綺麗な声で」
ツクシが寂しそうにつぶやく。
「オレはツクシの声のほうがいいな」
ツクシがぱっと顔をあげる。
「ほんと?」
「うん」
「うるさくない?」
「うん、元気出る」
「そっか」
ツクシは本当に嬉しそうに笑った。
「なあ、オレが来る前に歌ってたヤツ歌ってくれよ」
「うん」
″♪ーー……♪♪♪~♪、♪♪♪~♪″
ツクシが歌う 不思議な歌。
歌詞のない、耳に残るメロディー
どこかで聞いたことあるような、懐かしいような……
ちょっと切ない気持ちになる声。
夕日に照らされて ツクシがきらきら光って見えた。
「じゃ、また明日な!」
カラスが鳴く。
夕焼けにトンボが飛んで秋の色合いが強い。
鈴虫が リーンと涼しげに鳴く
「明日は 会えないよ」
「そっか、じゃあ明後日」
ううん、と首を横に振り シズクが寂しそうに笑う。
「今日でお別れ」
カズヤはびっくりして大きな声をあげる。
「なんだよ、引っ越すのか?オレ、会いに行くよ!」
シズクは首を横にふる
「オレ、なんかした?」
ふるふると強く首を横にふる
「会えないんだ」
「何だよそれ」
カズヤは納得行かない。
かぶっていた帽子を脱ぐと、乱暴にツクシにかぶせる。
「きゃっ!」
「明日取りに来るから、あずかってて!」
「カズヤ!」
カズヤは強引にツクシに約束すると、後ろを振り返らずにじいちゃんの家へと帰った。
″リーン リーン″
鈴虫の鳴く声
″ジーー……ジワジワジワジワ″
「おっ、ツクツクボウシが鈴虫に対抗しよるな」
「え?」
″オーシ、オーシ……″
「くるぞ」
″ツクツクボーシ、ツクツクボーシ……″
テンポを速めながら ツクツクボウシがサビを歌う。
この歌――――
″♪ーー……♪♪♪~♪、♪♪♪~♪″
一緒だ――――
″
カズヤはじいちゃんの家を飛び出した。
「こりゃ、カズヤ!」
夕日が山にかかり 紫の闇が降りてくる。
″フィーヨ、フィーヨ、フィーヨ……″
「ツクシ!」
ツクツクボウシの歌がエンディングを向かえようと、最後のメロディーをくり返しながら徐々に音量を絞っていく。
「行くな、ツクシ!」
″リーン、リーン……″
夕日が落ちきり 月が昇る。
鈴虫の涼しげな声。
「はあ、はあっ、」
息をきらし川原にたどり着く。
川原には カズヤの帽子がぽつんと落ちていた。
ツクシが綺麗だと言った空色の帽子が。
カズヤは帽子を拾い上げる。
「……ツクシ」
帽子の下には 小さな蝉が 動かなくなって転がっていた。
カズヤは蝉を拾い上げ、月明かりに照らす。
他の蝉に比べて細く華奢な体に 綺麗な淡い緑色と黒い模様。
透明で綺麗なハネが月を透かせてうつしていた。
ツクツクボウシ――――
バスで着いた日に 気まぐれでカズヤが助けた蝉
「お前だったんだ」
カズヤはしばらく川原に佇んでいた。
ツクシを森に返し、空色の帽子をかぶると、じいちゃんの家へと帰った。
「また、会いに来るよ」
◇◆◇◆◇
次の年の夏休み
カズヤはじいちゃんの家へやってきた。
「行ってきま~す」
「こりゃ、カズヤ 帽子じゃ」
じいちゃんがカズヤに空色の帽子をかぶせる。
カズヤはニッと笑うと 段ボール銃を手に 川原へと出かける。
″ジーー……ジワジワジワジワ″
今年も夏がやって来た
″オーシ、オーシ……″
ツクツクボウシは特殊で、他のセミが七年かけるところを一年で地上に出てくる。
″ツクツクボーシ、ツクツクボーシ……″
「ツクシ!」
「あ、カズヤ 何それ」
カズヤは綺麗に色付けされ、デザインも仕組みもグレードアップした段ボール銃を バーンと前に出す
「カズヤマグナムサンダーボルトスペシャル(改)だ!」
「……名前、ダッサ」
「なんだと!?」
「一緒に名前考えよう!」
「いいよ」
「フェアリードリームとかは?」
「ありえねー!クリムゾンワンダフルボンバーZだ!」
「Zって何よ……」
「何ってなんだよ!」
ツクシは カズヤが小学校卒業すると 見えなくなった。
″ジーー……ジワジワジワジワ″
″オーシ、オーシ……″
″ツクツクボーシ、ツクツクボーシ……″
″フィーヨ、フィーヨ、フィーヨ……″
今年もツクシが歌っている。
ツクツクボウシの鳴き声は 夏の終わりを感じて寂しくなるという人もいるが、オレは今でも夏になり この歌を聞くと元気がでる。
ファンタジー胸キュン短編集 金目猫 @kinme96
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