第31話 異世界の銭湯


 帰路についた俺とミカミさんは、宿に直行する前に大通りにあった銭湯へとやってきた。お金にも余裕ができたし、今日はここで一つ汗を流してから宿に帰ろうと思ったんだ。


「……で、なんでミカミさんは平然と男湯の脱衣所に入ってきてるんです?」


「いやぁ、柊君の背中でも流してあげようかなって思ったんだけどさ。嫌だったかな?」


「ふ、普通に女湯に入ってください。」


「ちぇっ、ざ~んねん。じゃあお風呂から上がったら落ち合おうね。」


 少し残念そうにしながら、ミカミさんは脱衣所を出て女湯の方に飛んでいった。


「本当にあの人は何を考えてるのかわからない。言ってることが冗談なのか、本心なのかも。」


 まったく思考が読めないミカミさんの振る舞いに一つ溜息を吐きながらも、全部服を脱いだ俺は浴場へと続く扉を開けた。すると、むわっと暖かい蒸気が出迎えてくる。


「さてと、この世界のお風呂はどんな感じかな。」


 少しワクワクしながら浴場の中に入ってみると、そこには簡素な大風呂が一つあるだけだった。シャワーなどの設備はない。


「うん……なんとなく予想はしていたけどめちゃくちゃ簡素だな。」


 それでも汗をかいた体を洗い流せるだけいいか。


 何重にも重ねられていたバケツを手に取って、そこにお風呂のお湯をたっぷりと汲んで、風呂の脇に置いてあった小さな椅子に腰かける。


「よいしょっと。」


 そしてバケツに汲んだお湯を頭から勢いよく被って、受付で購入した体を洗う石鹸で頭と体を洗っていく。体中の泡を洗い流すと体に付着していた汚れが一気に落ちたような感じがして、とてもさっぱりした気分になった。


「ぷはっ、さっぱりし……た?」


 目を開けると、いつの間にか目の前にミカミさんがいた。


「な、な……なんでミカミさんがここに!?さっき女湯の方に行ったはずじゃ……。」


「むっふっふ、私が行ったのは女湯じゃないよ。ここの銭湯の主人にとある話を持ち掛けに行ったのさ。」


 ニヤリとミカミさんは笑うと、とんでもない話をつけてきたことを明かす。


「実はこの男湯同様に、女湯にも今はお客さんがいないんだ。だから、今この銭湯は私達の貸し切り状態になっていたってわけ。」


「は、はぁ……。」


「だから、せっかくなら本当に貸し切ってしまおうと思ったんだ。」


 指でお金のマークを作りながら、ミカミさんはペロッと舌を出した。


「ま、まさか……。」


「そうっ!!今キミが思っている通り、今から1時間の間この銭湯は私達が。そしてこの男湯は今だけ混浴にしてもらったのさ。」


「な、何て無駄なお金の使い方してるんですかミカミさんッ!!」


「安心していい、キミが思っているほどお金は浪費してないよ。ここのご主人のご厚意で、たった金貨2枚で貸してくれたんだ。」


「うぅ、絶妙な金額……。怒りたいのに怒れない、ホントに絶妙な金額に抑えましたねッ!!」


「はっはっは、これもこのミカミちゃんの可愛さがなせる業さ!!」


 テンション高めでそう笑ったミカミさんに思わず頭を抱えていると、ミカミさんは体を擦るスポンジを両手で石鹸と一緒に揉んで、泡立てていく。


「よいしょよいしょ……小さい体だとこんな作業でも一苦労だね。」


「無理にやらなくてもいいのに……。」


「い~やっ、やるのっ!!」


 息を切らしながらなんとか泡立て終えたスポンジを持って、ミカミさんは俺の背中の方に回り込んでいくと、コシコシと背中を擦り始めてくれた。


「どうだい柊君、向こうの世界の神様からのご奉仕だぞ~?気持ちいいに決まってるよね?」


「はいはい、気持ちいいです。」


「おざなりっ!?」


 そしてミカミさんに背中を流してもらった後で、ようやく湯船に体を沈めようと思ったのだが、そこで俺はミカミさんの体に不思議なことが起こっていることに気が付いた。


「ミカミさん、なんかずっと光る湯煙を体に纏ってませんか?」


「おっ、ようやく気付いたかい?」


 そう、ミカミさんもお風呂に入るために服を脱いですっぽんぽんの姿なのだが、常に胸や腰の周りにキラキラと光る湯煙が漂っていて、大事な部分が綺麗に隠されているのだ。


「こんな小さい体になったとはいえ、私の裸体は普通の人間には刺激が強すぎるからね。こうやって隠してるのさ。」


「あぁ、そうなんですか。」


「だからおざなりじゃない!?冷たい反応されるとこのミカミちゃん、ちょ~っと傷付いちゃうぞ?」


「こんなことで傷付くような弱いメンタルじゃないでしょミカミさんは。」


 そう言いながら俺は湯船に体を沈めた。少し熱めのお湯だが、やはり湯船に浸かるのは心地いいものだ。


「っはぁ~、やっぱりお風呂は最高ですね。」


「激しく同意するよ柊君。湯船に浸かって体を癒すというこの文化が、こっちの世界にもあったことにひたすらに感謝だね。」


 そして、ゆったりと湯船に浸かってリラックスしていると、俺の隣で湯船に浸かっていたはずのミカミさんが、ぐったりとした様子で目の前にぷかぷかと流れてきた。


「み、ミカミさん!?ぐ、具合悪そうですけど大丈夫ですか?」


「こ、この小さい体で湯船に浸かりすぎるのは良くなかったらしいね。の、のぼせてしまったようだよ。」


 結局、貸し切った一時間を丸々湯船に浸かって過ごすことは無く、半分以上の時間をミカミさんの回復に使い、貸し切りの時間は終わってしまったのだった。


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