第29話 緊張の瞬間


 いざ席について、出来上がった料理一つ一つに目を通していく。すると俺の隣に腰掛けたマイネさんが一つ一つ料理の説明をしてくれた。


「本日のメニューはぁ~、蒸したピュアコンドルのほぐし身と細切り野菜を和えたサラダと、オークエリートのロース肉のステーキ、北海でとれたミルク貝とアビスロブスターの旨味を煮出したスープ。」


「相変わらず、高級な食材ばっかだねぇ。ピュアコンドルとオークエリートが料理で出てくる店なんて、アタシはここしか知らないよ。」


「ピュアコンドルとオークエリートは市場でもある時はあるし~、そんなに手に入れるのが難しいものじゃないよぉ。難しいのは北海の海の幸でさぁ~、特にアビスロブスターなんて、滅多に生きてる状態のものを仕入れられないんだよねぇ。」


 マイネさんが言っている食材の一つ一つが、いったいどんなものなのか全く想像がつかないが、ドーナさんの反応を見る限りその全てが高級食材だという事はわかる。


 そしてマイネさんが作った料理の説明を終えると、彼女は俺にモノホーンフィッシュのカルパッチョの説明を促してくる。


「それじゃあヒイラギ君が作ってくれたこの料理の説明もお願いできるかなぁ?」


「えっと、モノホーンフィッシュのカルパッチョです。」


「「カルパッチョ?」」


 マイネさんとドーナさんはそろって首を傾げた。どうやらカルパッチョという料理はあまり馴染みのないものらしい。


「カルパッチョっていうのは、薄く切った生魚や肉にソースをかけて食べる料理です。今回はさっぱり食べられるように、酸味のあるレモモっていう果物の果汁とオーリオオイルでソースを作りました。盛り付けた野菜と一緒にサラダ感覚で食べてもらえればと思います。」


「へぇ~、妖精の国には行ったことないからどんな料理があるのかわからないけど、まだまだこの世界にはこのおばさんも知らないような、いろんな料理があるねぇ。」


 うんうんとマイネさんは何度か頷く。


「あ、みんな飲み物はどうするぅ?エールもあるけど、葡萄酒もあるよぉ。」


「マイネの飯を食べるならアタシは葡萄酒がいいねぇ。」


「俺もそれでお願いします。」


「私もそれをお願いするよマイネちゃん。」


「はいなぁ〜。」


 マイネさんはパッと席を立つと、未開封の瓶詰めされた液体とグラスを持ってこちらに戻ってきた。


「ん〜よいしょっ。」


 瓶の注ぎ口のところに詰まっていたコルクのようなものを、ポンッと引っこ抜くと、マイネさんはグラスにその葡萄酒というものを注いでいく。


 葡萄酒の見た目は、まるっきり赤ワインのようだが、少しトロッとしていて粘度のある飲み物のようだ。


「さぁ、冷めない内に食べよぉ〜。まずは、かんぱ〜い。」


 マイネさんの音頭に合わせて、葡萄酒の注がれたグラスを上に掲げ、みんなそれを一口飲んだ。


 葡萄酒はとても濃厚で、凝縮された葡萄の甘さと豊潤な香りが口の中を満たしていく。


 日本にいたとき、あまりワインは好んで飲まなかったけど、この葡萄酒はリピートしたくなるぐらいには美味しいものだった。


「さてと、じゃあアタシはまずオークエリートのステーキから食ってみようかねぇ。」


 ドーナさんはナイフとフォークを上手く使って、ステーキを大きめに切り分けると、それを口いっぱいに頬張った。


「ん~、うまっ!!流石はオークエリートの肉、柔らかくて最高に美味いよ。」


 オークエリートのステーキと、トーストされたパンを交互に食べて、ドーナさんは幸せそうな表情を浮かべていた。


「うへへぇ、美味しそうに食べてくれておばさん嬉しいなぁ。」


 ドーナさんの食べっぷりにマイネさんは嬉しそうに笑うと、彼女は俺の作ったカルパッチョに視線を落とした。


「じゃあおばさんは、ヒイラギ君の作った料理から食べてみようかなぁ〜。」


 期待に満ちた表情で、マイネさんはモノホーンフィッシュのカルパッチョを口に運んだ。そして何度かじっくりと味わうように咀嚼し飲み込んだ後、こちらを向いてニコリと笑う。


「美味しいよぉ〜ヒイラギ君。モノホーンフィッシュの身に、この酸味の効いたソースが良く合ってる。薄切りにしたオニオスとの相性も抜群だねぇ〜。」


 マイネさんがそう言ってくれたことで、俺の肩の荷がようやく下りた。


「んっ、マイネの言うとおりだよ。このヒイラギの作ったカルパッチョってやつも、めっちゃ美味い!!アタシ、あんまり生の魚って好みじゃないんだけど、これならいくらでも食べれるよ。」


 俺の隣でドーナさんもカルパッチョを目を輝かせながら食べていた。


 日本で培ってきた経験と、味の感覚はこちらの世界でもしっかりと通用するらしい。それが分かっただけでも、大きな収穫があったな。


 ドーナさんとマイネさんの2人が、俺の作ったカルパッチョを美味しく食べてくれているのを眺めていると、我慢できなそうにミカミさんが、グイグイと俺の服の袖を引っ張った。


「柊君っ!!感傷に浸るのもいいけど、私達も食べないかい!?そろそろ我慢の限界だよ?」


「あ、そ、そうですねミカミさん。食べましょう。」


 俺とミカミさんは料理を前に両手を合わせた。


「いただきます。」


「いただきま〜す!!」


 食前の挨拶を2人で終えて、俺たちも料理を食べ始めたのだった。

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