第28話 マイネのお手伝い
厨房に入って任されたのは、野菜の切り作業。触ったことのない野菜ばかりだったが、マイネさんがどんな風に切ればいいのかを的確に教えてくれるし、俺が元いた世界にも酷似した野菜があったので、特に困ることは無かった。
「ヒイラギ君、そっちできたぁ?」
「もう終わってます。」
「さすがぁ~、いい仕事するねぇ~。王都で働いてた時にキミみたいな助手が欲しかったなぁ。」
「あはは、ありがとうございます。」
「ちなみにお世辞じゃないよぉ?丁寧なのにスムーズだし、おばさんが次に何をするのかわかって動いてるでしょお?」
「ある程度は……。」
「それができる人って意外と少ないんだよぉ。王都にいたころでもいなかったしさ。ちなみにヒイラギ君はどこで料理作ってたのぉ?結構な有名店じゃない?」
その質問に対してどう答えようかと、迷う間もなくミカミさんが代わりに答えてくれた。
「柊君は、私達妖精の国で料理を作ってくれていたんだ。大行列ができるほどの人気店だったんだよ?」
「うへぇっ!?やっぱりすごいとこの出身だったんだねぇ~。でもじゃあなんで、こんなところにいるの?妖精の国でも十分お金は稼げてたんじゃないのぉ?」
「また新しくやりたいことが見つかったので……。」
「ヒイラギは、この世の中にある不思議なものとか、美味しいものを求めて食べ歩きがしたいんだってさ。」
「いい夢じゃ~ん。この世の中にはまだまだ発掘されてない食材もいっぱいあるからねぇ~。そういうのを探す旅って絶対面白いよ~。同じ料理人としておばさん応援しちゃう。」
鍋をかき混ぜながらマイネさんはニコッと笑って、背中を押してくれた。
そういえば、マイネさんって自分のことを
そんな疑問を抱きながら、踏み台の上に立って火口の前でいろいろな料理を作っているマイネさんに目を向けると、俺の肩に乗っていたミカミさんが耳元で教えてくれた。
「柊君、あのマイネちゃんだけど……私がミカミコーポレーションの社長としてキミに教えた年齢よりももっと上の人だよ。」
「な、なんかそんな感じはしてました。」
「それであのロリ体系と若々しさ……やっぱりこの世界は普通じゃないね。」
「ミカミさんも大概ですけどね……実年齢本当は何歳なんです?」
「さぁ、私自身何歳か数えるのはやめてしまったよ。だから永遠の20歳ってことで、一つよろしく頼むよ。」
誤魔化されたようにも感じるけど、たぶん自分の実年齢が何歳なのかがわからないというのは事実だと思う。だって、ミカミさん……いや天照大御神っていう存在は遥か遠い昔から存在していた神様だから。
ミカミさんの実年齢を探るのは諦めて、俺はマイネさんの調理の補助に回ることにした。
「マイネさん、何か手伝えることあります?」
「あ~、それじゃあこのお魚さんの料理を手伝ってもらおうかな。」
マイネさんは冷気の詰まった冷蔵庫のような場所から、綺麗に三枚に下ろされた白身魚を取り出した。
「わかりました。どういう風にします?」
「
「えっ?」
「そのお魚を使って何を作るのかは、ヒイラギ君にお任せするよぉ~。」
にへらと笑いながら、マイネさんはそう言ってきた。
「……やってみます。」
「うへへ、キミならそう言ってくれると思ったよぉ~。ちなみにそのお魚は、
「わかりました。」
この魚の特徴はわかった。後はどんな味の魚なのかを確かめて、火を通す料理にするのか、生の料理にするのかを決めよう。
まな板の上にモノホーンフィッシュという魚の半身を置いて、端っこを少しだけ切り取った。それをそのまま口に放り込む。
(この魚……醤油とか何もつけずに食べてもめちゃくちゃ美味しい。全体に程よく甘い脂がのってて、尚且つ鯛みたいに旨味も強い。食感は少し強めでコリッとしてるな。)
「よし、決めた。」
俺はマジックバッグの中から、ニーアさんから購入した野菜と果物を3つ取り出した。
「今回使うのは玉ねぎみたいな野菜の
今回はこの3種類の食材と、生のモノホーンフィッシュを使って、カルパッチョを作ろうと思う。
「まずはオニオスから。」
オニオスは薄くスライスする。ニーアさん曰く、オニオスは生の状態だと、ほんのりピリッと辛味のある野菜らしい。
試しにスライスしたオニオスを食べてみた。
「ん、甘みの強い新玉ねぎって感じだ。これなら水にさらさなくても良さそう。」
「柊君、私にも味見させてくれ。」
「はいどうぞミカミさん。」
スライスしたオニオスを1切れ、ミカミさんに手渡した。
「ありがとう。はむ……うんうん、美味しい玉ねぎの味がする。ニーアちゃんの勧めてくれた物は外れないね。」
「ですね。」
次にマトマを半月に切って、バットに向きを揃えて重ねておく。
「最後、レモモは皮を削って香りを出して、果汁を搾り取る。」
「柊君、そのレモモの果汁……ちょっとだけ味見させてくれないかな?」
「ミカミさん、このままだと多分酸っぱいですよ?」
「わかってるさ、でも興味があるんだよ。」
小さなスプーンで少しレモモの果汁をすくい取って、ミカミさんに近づけた。
「おぉ、削った皮と果汁が合わさってるから、香りは凄く良いね。あとは味だけど……。」
レモモの果汁にミカミさんが口をつけた瞬間、ミカミさんの顔のパーツが全部中心にムギュッと寄った。
「むきゅっ……しゅ、しゅっぱぁい。」
「だ、だから言ったじゃないですか。」
「で、でもすごく爽やかで美味しいよ……私はポンポンオランの方が良いけど。」
俺も味見してみたけど、確かに酸っぱいことは酸っぱかった。でも、この酸味と爽やかさこそが良い。
「後はここに塩と胡椒……マイネさん、植物性の油ってありますか?」
「
「はい、使いたいです。」
「好きなだけ使って良いよぉ〜。」
マイネさんからオーリオオイルという植物性の油を受け取って、それを塩胡椒を加えたレモモの果汁に少しずつ混ぜて乳化させていく。
「よし、レモモソースの出来上がり。後は仕上げていこう。」
モノホーンフィッシュの半身を柵取りして、薄くそぎ切りにする。このお刺身とマトマを交互にお皿に盛り付けて、その上に薄切りのオニオスを乗せた。
「最後にレモモソースを回しかけてあげれば……。」
「なるほど、カルパッチョだね柊君。」
「その通りですミカミさん。」
これで、モノホーンフィッシュのカルパッチョの完成だ。
「うへへ、綺麗に盛り付けるねぇ〜ヒイラギ君。おばさんが任せるよぉ〜って言って、すぐにパッと料理にしたのはキミが初めてだよぉ〜。」
「お口に合うかはわからないですけど……。」
「大丈夫、大丈夫ぅ〜。さ、おばさんの方も盛り付け終わったから、みんなでご飯にしよっかぁ〜。」
果たして、俺が日本で学んできた味付けは、こちらの世界で美味しいと認識されるのか……とても不安だ。
内心、心臓をバクバクとさせながら、俺はドーナさんの座ってるカウンターへとモノホーンフィッシュのカルパッチョを運ぶのだった。
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