第27話 ドーナ行きつけのお店


 人食いマンドラゴラをステラさん達、国家調合師協会の人達が買い取ると、彼女達はあの人食いマンドラゴラの研究をするために足早に帰ってしまった。


「い、行っちゃいましたね……。」


「あぁ、こんな大金を置いてね。」


 チラリとミカミさんは、俺が手にしている白金貨が大量に詰まった袋に視線を落とす。


「柊君、それどうする?」


「どうするって言われても……急にこんな大金が手に入ると、どうして良いのか迷っちゃいますね。」


「一応このギルドでお金を預かる事は出来るよ。迷ってるなら、一旦預けとくかい?」


「あ、銀行みたいに預かってくれるんだ?」


「ホントに預かるだけだよ。特に長期間預けてるからって何か特典があるわけじゃない。だけど、安全性は保証する。」


「安全性がバッチリなら、お願いしても良いんじゃないかな柊君?」


「そう……ですね。でもその前にドーナさん、分け前のことについて話し合いませんか?」


 俺がそう切り出すと、ドーナさんは一瞬ポカンと呆気にとられたような表情を浮かべた。


「アタシ、ただヒイラギ達について行っただけなんだけど。」


「でも馬車とか準備してくれたじゃないですか。その馬車も事故で失ってしまったし……。」


「…………。はぁ、分かった。んじゃ、その厚意に甘えるよ。」


 俺が引かないことを悟ったドーナさんは、スッと白金貨の入っている袋の中に手を入れて、2枚だけ白金貨を取り出した。


「今回のアタシの取り分はこれで十分。少ないって文句は言わせないよ。」


「ありゃ、そんな遠慮しなくていいのに。」


「これでも多いぐらいだよ。だってアタシは何もしてないからねぇ。」


 ドーナさんもまたこれ以上受け取らないと言って、引く様子を見せない。すると、そんなドーナさんへミカミさんがある提案を持ちかけた。


「分かった。じゃあドーナちゃんの分け前はひとまずそうしといて……これから一緒にご飯食べに行こ?もちろん私たちが奢るよ。ねっ、柊君?」


「もちろんです。」


 そんな提案に、ドーナさんはやれやれと1つため息を吐くと、降参したように苦笑いした。


「ったく、そう誘われちゃ断るのは野暮ってもんだねぇ……。」


「だ〜よね〜っ、ドーナちゃんなら断らないって思ってたよ。じゃっ、そういうことでドーナちゃんオススメのお店教えて〜。」


「はいはい。」


 そして俺とミカミさんは、ドーナさんに案内されて彼女オススメの料理店へと向かう。


「下手に安いとこに行くと、ミカミに何か言われそうだったからねぇ。」


「そりゃあそうだよ。せっかくなら、高くても美味しいもの食べたいじゃん。」


 そう話しながら歩いていると、ドーナさんは人気のない路地の奥の奥へとどんどん歩いていく。


「ありゃ?こんな路地の奥にあるの?」


「大通りにあるのは、大衆向けの店ばっかりさ。アタシの行きつけの店はあそこだよ。」


 ドーナさんが指差した先には、寂しい路地にポツンと暖簾が掲げてある小さなお店があった。


「いいね〜、隠れた名店って感じ。こういうとこのご飯って美味しいんだよね〜。」


「この店の店主は、もともと王都で店を開いてたんだけど、アタシがこの町のギルドに所属するってことになって、わざわざこっちにやって来てくれたのさ。」


 このお店を行きつけにしている理由を話しながら、ドーナさんは店の扉を開けて中に入った。


「邪魔するよ。」


「んぁ?あ、ドーナちゃんいらっしゃ~い。今日はお友達もいるんだぁ、珍しいね~。」


 のんびりとした感じでこちらを出迎えてくれたのは、白い割烹着に身を包んだ小柄な女性だ。


「アタシに飯を奢るって言ってくれたからさ、ここに連れてきたんだよ。」


「そっかそっかぁ~、おばさん嬉しいなぁ。」


 にぱっと微笑むと、彼女は俺達のほうにとことこと小股で駆け寄ってきた。


「はじめまして、店主のマイネだよぉ~。」


「柊です。」


「ミカミちゃんだぞ~☆」


「ヒイラギ君にミカミちゃん、今日は美味しい料理をいっぱい作るから、お腹パンパンにして帰ってねぇ~。」


 ぱぁっと微笑むと、マイネさんは厨房の方に駆けていった。すると、包丁がトントンとまな板に当たる音が聞こえ始める。俺達はマイネさんが料理しているところを見られるカウンター席に腰掛けた。すると、ドーナさんがこのお店について少し教えてくれた。


「この店、今時珍しいんだけど、メニューがないんだよ。」


「じゃあ、マイネちゃんに完全にお任せって感じなんだ。」


「そ~、食材は毎日変わるからさぁ、決まったメニューを置いとけないんだよねぇ。」


 そう言ってこちらを見て笑うマイネさんだが、その手はずっと動いていて、あっという間に食材を切っていく。手元を見なくても食材を切っていくその動きは熟練のモノだ。


「うへへ、見てるねぇヒイラギ君?」


「あ、すみません。嫌でした?」


「いやぁ、そういうのじゃないんだよぉ。ただに見られてると緊張しちゃうってだけぇ。」


「え、なんで俺の……。」


「な~んとなく感じたのさぁ。王都でやってた時、下っ端の子らから向けられてた視線とおんなじ物をね~。下っ端に見られてるんなら気が楽なもんだけど、キミは下っ端ってわけじゃなさそうだからさぁ。」


 このマイネさんもミカミさんと同じく、人を見る目には長けているのかもしれない。そう思っていると、彼女からある提案を持ちかけられた。


「ねぇヒイラギ君、良かったらおばさんのお手伝いしてくれないかなぁ~。お代は安くしとくよぉ。」


 この世界の調理法とかを学べるチャンスだ。しかも王都で料理長を務めていたというマイネさんから直々に……これを逃す手はない。


「喜んで、お願いします。」


「うへへ、ありがとぉ~。じゃあこれに着替えてねぇ~。」


 マイネさんから割烹着を受け取って、俺はそれに着替えてこの前買った包丁を手に厨房の中へと入った。

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