第13話 やりたいことをやるために


 確保した宿の部屋は、安宿ということもあってかなり簡素だ。狭いトイレと小さいクローゼットに、硬いベッドと少しのスペース……部屋にあるのはこれだけ。


「はぁ……やっと休める。」


 買い物で買ったものを床に優しく置いて、俺はベッドにゴロンと横になった。すると、横になった俺の顔の前にミカミさんが座って、おでこを撫でてくれた。


「お疲れ様、柊君。」


「ミカミさんもお疲れ様でした。」


「私はこれと言って何もしていないからね、そんなに疲れてはいないのだけど……この世界の何もかもが初めてのキミは、ずいぶん疲れただろう?」


「そうですね。……正直な話、まだこれが夢なんじゃないかって疑ってる自分がいるんです。また目が覚めたら、俺は日本で普通に目を覚ますんじゃないかって。」


「……酷なことを言うようだけど、柊君それはね……。」


「わかってますミカミさん。」


 これ以上は暗い話題になりそうだったので、俺はここで一度話題を切り替えることにした。


「ミカミさん、有り金全部使っちゃいましたけど、これからどうしたら良いですかね?」


「それは、キミがどうしたいかで決まるさ。」


「俺がどうしたいか……ですか。」


「あぁ、いろんな選択肢があるよ。それこそ、日本にいた時と同じように、どこかの料理店で社畜として働くのも良いだろう。」


「…………せっかくなら、さっきみたいに、この世界の不思議で美味しいものを食べ歩きたいですね。」


「それも良いじゃないか。この世界にはキミを縛るものはないよ?自由に生きていいんだから。」


 にっこりと微笑みながら、ミカミさんは俺のおでこをまた撫でてくれた。


「さて、キミのやりたいことはわかった。なら、それをやるために準備しないとね。」


「準備って?」


「もちろん、お金の用意だよ。キミの望む異世界食べ歩きの旅には、欠かせないものだ。」


「となるとやっぱり今は、普通にどっかの料理店で雇ってもらうしか無いんですかねぇ。」


「いや、それだと給料が入るまでにこの宿を追い出されてしまう。だから今日みたいに即日お金をもらえて、尚且つガッポリと稼げる仕事を見つけないとね。」


 その仕事がなんなのか、俺は一つ心当たりがあった。恐らくミカミさんも同じことを思っているんだろうな。


。現状、誰でもなれる職業で、即日ガッポリ稼ぐことも可能なのはこれしか無いね。」


「……ですよね。」


「大丈夫、キミには私が与えたスキルがある。それにイリスちゃんの加護もある。お金を貯めるのに時間はかからないさ。」


 今を生きるのにもお金は必要だ……そうなると職業を迷っている暇なんて無いな。


「分かりました……やってみます。じゃあ、早速今から魔物ハンターになりに行きますか。」


「うんうん、その意気だよ。あ、でも出かける前に……。」


 ミカミさんはさっきの買い物袋の中にスポンと入っていくと、ポンポンオラン1個に全身でぎゅっとしがみつき、小さな羽を必死に羽ばたかせて俺のもとへ持ってきた。


「ぜぇ、ぜぇ……こ、これ剥いてくれないかな?」


「すっかりお気に入りですね。分かりました。」


 手元に残しておいたナイフで、ポンポンオランに少し切れ目を入れると、そこからは勝手にポンっと果肉が花咲いた。それを切り分けてミカミさんに手渡す。


「はい、どうぞ。」


「ありがと〜。あみゅっ、ん〜〜〜っ……美味しぃねぇ〜♪さぁ、魔物ハンターギルドに行こう!!」


 さっきのナイフを手にして、俺は魔物ハンターになるために、ミカミさんと一緒に魔物ハンターギルドに向かう。


 あの二人組による騒動もすっかり収まったようで、通りは落ち着きを取り戻していた。


「日が暮れてくると、やっぱり人通りは少なくなりましたね。」


「人が少なくなったということは、魔物ハンターギルドも空いてそうじゃないか。ちょうどいいね。」


 ミカミさんの言った通り、魔物ハンターギルドの中も、最初にゴブリンの耳を売りに来たときとは違って、まったく混雑していなかった。


 おかげで、と書かれた受付にスムーズに行くことができた。


「こんばんは、ハンター登録をご希望ですか?」


「はい、お願いします。」


「それではこちらに必要事項の記入をお願いします。」


 手渡された紙に、名前と年齢、今の自分のレベル等を書き込んでいく。すると、それを見ていた受付の女の人の目がギョッとしたものに変わる。


「あ、あの……お名前、でお間違えないですか?」


「間違い無いです。」


 受付の女の人が俺の名前を口に出した瞬間に、ギルドにいた人全員の視線が一気に俺に降り注いだ。


「ははは、すっかり有名人じゃないか柊くん!!」


 胸ポケットから顔を出したミカミさんを見て、受付の女性は何かを確信したらしい。


「と、とんでもない人が来ちゃいましたぁ……。」


「あの……俺、魔物ハンターになっちゃダメですか?」


「い、いえいえっ!!そ、そんなことはなくて……ちょ、ちょっとここでお待ち下さいっ!!」


 そしてピューンと受付の女性はどこかへと行ってしまう。


「ヤバいですよミカミさん。俺の名前広まってるみたいです。」


「寧ろ良いことじゃないか!!箔が付いて……ねぇ?」


 俺の肩に座って、チラリと背後をミカミさんが振り返ると、こちらを向いていた人達が一斉に視線を逸らした。


 そんな中、ギルドに同設してある酒場で豪快に酒を飲んでいたスキンヘッドの男が1人……こちらに歩いてきた。その男からは危険がビンビンと伝わってくる。


「アンタがヒイラギかぁ?」


「そうですけど……なにか?」


「あの胸糞悪いラット共をぶっ飛ばしたんだろ?やるじゃあねぇか。彼奴等が全裸で踊ってるのはなかなか愉快だったぜ?」


 愉快そうに男は笑うと、酒場の奥にある舞台のような場所を指差した。


「あっこは、ギルドが命の駆け引きなしの喧嘩ならしていいって定めてる、いわば決闘場みてぇな場所だ。」


「つまり……何が言いたいんですか?」


「オレはアンタと喧嘩してみてぇ。そう言ってんだ。」


 凶暴に笑ってそう言った大男に、ミカミさんはニヤリと笑いながら問いかける。


「キミのレベルは42みたいだけど、柊君はまだ10だよ?柊君に負けた奴がどうなったのかは……見たんだろう?」


「なっはっは!!もちろんだ。でもよ、気になるじゃねぇか。低レベルのくせして、彼奴等をぶっ飛ばしたアンタの実力はよ。」


「……なるほどね、純粋な好奇心ってわけか。そういう素直なのは嫌いじゃない。」


 クスリとミカミさんは笑うと、ピンと指を立てて先にこちらが勝った場合の要求を伝えた。


「柊君は負けないから、先に要求を伝えておこう。キミが負けたら、私達に酒と食事を奢ってもらおうか。」


「上等っ!!何でも奢ってやるぜ!!」


「いい威勢だ。さぁ柊君、勝って晩飯を奢ってもらおう!!」


「……分かりました。」


 俺と大男とのマッチが成立し、ギルドの中は大きな歓声に包まれた。


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