第12話 異世界で初めての買い物


 質屋を後にして通りに出てみると、まだ向こうの遠いほうで騒ぎが起こっているのが見える。あんな痴態をこんな大勢の前で晒してしまったら、二度と大手を振って人前を歩けないな。


「さて、柊君。これからの時間は手にしたお金で、いろいろとこの世界を楽しんでみようじゃないか。」


「そうですね。なんやかんやあって結構多くお金貰えちゃいましたし。」


 今の俺の所持金は金貨3枚。日本円にして3万円ほどの価値のもの。これだけあれば、いろんなものが買えるだろう。まず気になるものはやっぱりさっきの果物とか野菜だな。


「ミカミさん、さっきの不思議な果物とか野菜をもう一回見に行きませんか?」


「もちろんいいよ。キミのやりたいことを自由にやったらいい。」


 そして俺はまたさっきの果物や野菜が販売されている露店に足を運ぶ。さっきは不思議な果物や野菜に目がいっていたため気付かなかったが、この露店で販売をしている女性の耳は普通の人間と比べて長くとがっていた。


「ア、イラサイマセ~。ナニカオサガシ?」


 ひどく片言なことに少し驚きながらも、言葉の意味を汲み取って俺はその耳の長い女性と会話を試みた。


「あ、別に何かを探してるとかじゃなくて、ただ見たことない果物や野菜がいっぱいあるなぁ~って、見惚れてたんです。」


 そう言うと、この露店の店主の耳の長い女性は、少し驚いたような表情を浮かべて急に流暢な言葉で話し始めた。


「え、がとても流暢なんですね?」


「え?」


「私っ、エルフの国から果物と野菜を販売しに来たんですけど……あんまり人間の言葉が上手く話せないせいで、果物の魅力とかをうまく伝えられなくて、なかなか買ってくれる人がいなくて困っていたんです。」


「そうだったんですか。」


「あの、お安くしますから、良かったら買って行ってくれませんか?」


「もちろん、おすすめとかありますか?」


 すると、長い耳をピコピコと跳ねさせながらエルフの女性は、嬉しそうに店頭に並んでいた果物を一つ手に取ってこちらに見せてきた。


「こ、これは私が一番おすすめできる果物なんですけど……。」


「見た目は不思議な柄の柑橘類みたいだけど。」


「この果物はエルフの国だけで栽培されてるっていう果物でですね。」


 そう説明しながら、彼女はそのポンポンオランという果物にナイフでピッと切れ込みを入れた。すると内側から花が咲くように、果肉がぶわっと開いたのだ。


「あとはこのままかぶりついて食べます。良かったら試食してみますか?」


「是非お願いします。」


「私も所望するっ!!」


「はい、じゃあこっちが人間さんの分で、こっちは妖精さんの分です。」


 一口サイズにカットしてくれたポンポンオランを受け取り、俺とミカミさんは同時にその果肉にかぶりついた。


「うん!!これ、めちゃくちゃ美味しい!!果肉一粒一粒にパンパンに甘い果汁が詰まってて、プチって口の中で弾ける。あと果汁がちょっと炭酸みたいにシュワっとする?」


「あ、そうなんです。ポンポンオランの果汁はそのシュワシュワの爽快感が特徴なんです。」


「高級蜜柑100%で作られたサイダーの味がする。いくらでも食べられ……いや飲めそうだよ柊君。」


 ミカミさんも小さな体でポンポンオランにかぶりついて、幸せそうな表情を浮かべていた。炭酸でシュワシュワする柑橘類ってだけで、もう面白いな。味もすごく甘くて美味しいし、いくつか買って行こう。


「ちなみにこれは1個いくらですか?」


「ポンポンオランは1個銀貨2枚です。さっきお安くするって言ったので、もし買ってくれるなら半額の銀貨1枚で売ります!!」


「安いっ!!」


 俺が言うよりも先に、肩で試食にと手渡されたポンポンオランを食べきったミカミさんが叫んだ。


「こんなに糖度の高くて、特徴も面白い果物が1個100円!?柊君、これはだよ。」


「ですね。じゃあせっかくなので10個買います。」


「あ、ありがとうございます!!えっと大銀貨1枚になります!!」


「すみません、細かいのが無いので金貨でもいいですか?」


「大丈夫ですよ、お釣りが大銀貨9枚ですね。」


 金貨を1枚手渡して、お釣りに大銀貨を9枚受け取った。大銀貨は初めて触ったけど、500円玉ぐらいの大きさだ。こうやって金貨と見比べてみると、金貨の方が一回りぐらい小さい。なんか小さい硬貨の方が価値があるって少し感覚が狂うな。


「あ、あのもしよかったら、他にもおすすめの果物と野菜いっぱいあるんですけど……い、いかがですか?」


「是非とも見せてもらおう!!できれば試食もあるとありがたいな。」


 彼女の誘いに、俺よりもぐいぐいと食いついたのはミカミさんだった。どうやらさっき食べたポンポンオランが余程美味しかったらしく、他のもどんな味なのか気になっているらしい。


「ふふ、もちろんです。たくさん食べ比べていってくださいね。」


 そして、すごく良い接客をしてもらって、俺とミカミさんはいろんな果物と野菜を試食させてもらった。こちらの世界の果物や野菜はどれも不思議で美味しくて、ついついたくさん衝動買いしてしまう。


「たくさんのお買い上げ、ありがとうございました~!!」


「こちらこそ、たくさん試食させてもらってありがとうございました。後で全部美味しく食べます。」


 両手いっぱいに果物と野菜の入った袋を持って、俺は良い接客をしてくれた彼女に大きくお辞儀してお店を後にする。そしてそのまま近くの路地に入った。


「……ミカミさん。」


「あみゅっ、んむんむ……言いたいことはわかるよ柊君。」


 彼女に切ってもらった、お気に入りのポンポンオランにかぶりつきながら、ミカミさんは俺の言いたいことを察しているように言った。


「買いすぎたね。」


「はい……。」


 あれよあれよと買っている間に、お金を使いすぎてしまった……手元に残っているのはもう金貨1枚しかない。


「しかもこの荷物……どうしましょう?」


「少し早いが宿で部屋を取ったほうが良いね。」


「2人で金貨1枚で泊まれる宿ってありますかね?」


「私を人数に入れる必要はないだろう?ベッドだって一つあれば十分2人で寝られるじゃないか。寝ている一番無防備な瞬間もキミを見守っていないといけないしね。」


「ミカミさんがそれでいいならいいんですけど……。」


「それでいいっ!!さぁ、そうと決まれば片っ端から宿屋を回るよ柊君っ!!」


 そしてまたミカミナビゲーションの誘導のもと、エミルにある宿屋を一つ一つしらみつぶしに回り歩き、日が少し暮れてきた頃にやっと金貨1枚で3日間も泊まれる安宿を発見し、一先ず今日から3日間はその宿で部屋を借りることにしたのだった。


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