第9話 緑の街エミル


 町へと向かって歩いている最中、俺は色んな人とすれ違った。普通の人間はもちろん。イリスさんが俺に見せてくれたあの映像に映っていた、動物の特徴が体にある人……ミカミさん曰く、というらしい。そんな人達ともすれ違うことができた。


「おっと、柊君。町が見えてきたよ。」


「なんだかんだ直線距離で歩いて来たら早かったですね。」


「ふっふっふ、ミカミナビゲーションを舐めてもらっては困るな。最短で最適なルートをいつでも柊君に提供するのさ。」


「その道すがらでゴブリンに出くわさなきゃ尚最高だったんですけどね……。」


 ここに来るまでに背後から2回もゴブリンに襲われた。1回目はまた弓矢での不意打ち。2回目は、正面に飛び出してきてナイフで切りかかってきた。


 ミカミさんからのギフトに含まれていた自動回避・反撃のおかげで全部倒すことはできたけど、あの耳を切り取る感触は何回やっても慣れないものがあった。


「まぁまぁ、お金がこっちに歩いてきてくれたと考えれば、なかなか悪くない道のりだったんじゃないかい?全部で集まったゴブリンの耳は10個……ペアで売ると、1枚だから~、やったね柊君。5枚の臨時収入だよ。」


「ミカミさん、聞くの忘れてたんですけど、この世界のお金の概念ってどんな感じなんです?」


「この世界には、全部で6種類の硬貨がある。一番価値の低いのが小銅貨、日本円で表すと1円と同じ価値だ。で、次に銅貨、これが10円だね。それに続いて銀貨が100円で、大銀貨が1000円。さらにその上には金貨と白金貨っていう硬貨があるね。」


「その金貨は多分1万円ぐらいの価値ですよね?」


「ん、その通り。で問題は白金貨なんだけど……。」


「今までの法則通りなら10万円ですか?」


「いや、白金貨だけは特別でね。あれは1枚100万円だ。まぁなかなか目にすることは無いだろうね。」


「100万円……そんな大金手にしてみたいですね。」


 そう夢を語ると、ミカミさんは少し申し訳なさそうにしながら、俺が死ぬ前に受け取った茶封筒のことについて触れてきた。


「すっかり話すのを忘れていたけど、実は柊君の給与明細が入ってた茶封筒の中には、今までの過酷な労働環境で働いてくれたボーナスで200万円入ってたんだよね……。」


「えぇ!?妙に分厚いなと思ったらそういう事だったんですか!?」


「何とかキミが死ぬ未来を変えられたら、あれを使って少しばかり遊んでほしかったんだけど……。ごめんね。」


 俺が死んでしまった話題になると急に気分を落ち込ませてしまうミカミさん。この話題になると死んでしまった俺以上にミカミさんは落ち込んでしまう。話題を変えよう。


「ま、まぁまぁそんなに落ち込まないでくださいよミカミさん。ほら、なんか関所みたいなやつが見えてきましたよ。」


「あ、あぁ……柊君、あそこを通る前にそのズボンのポケットに入ってるカードを手に持っておいてね。」


「ズボンのポケット?」


 ズボンの右側のポケットに手を入れてみると、そこには1枚の免許証ほどの大きさのカードが入っていた。


「これは?」


「それはって呼ばれるものでね。簡易的な身分証明書だと思ってくれたらいい。町に入る時にはそれを衛兵に必ず見せる必要があるんだ。」


「なるほど……ミカミさんの分は?」


「私の分は無いけど、ここに隠れておけば問題ないだろう。」


 そしてミカミさんは、俺の服の胸ポケットにスポンと飛び込んでいった。


「これで私が頭を隠していれば何も問題はない……筈だ。」


「筈って……。」


 本当に大丈夫なのだろうかと不安になっていると、関所に続く人の列がどんどん進んでいき、いよいよ俺の番が回ってきた。


「はい、ステータスカード見せて。」


「これでいいですか?」


 重厚な鎧を着こんだ衛兵の人にステータスカードを手渡すと、彼は一通りそれを眺めて一つ大きく頷き、こちらに返してくれた。


「通ってよし。」


「ありがとうございます。」


 いざ町の中に入ってみると、イリスさんに見せられた光景そのまんまの景色が目の前に広がっていた。色々な人種の人が通りを行き交い和気藹々わきあいあいとしている。


 レンガ造りの建物や木造建築の建物が立ち並んでいる景色を眺めながら歩いていると、ミカミさんは服の胸ポケットから飛び出して俺の肩にまた座った。


「ここが通称、っていう町だね。」


「町に着いて一安心ですけど、まずは何からします?」


「まずはゴブリンの耳を換金しに向かおう。無一文で町を歩いても面白くはないだろう?」


「そうですね。じゃあその換金場所までナビお願いします。」


「ふっふっふ、任せたまえ。この通りの一番奥にある大きな建物に向かうんだ。」


 ミカミさんのナビに従って、エミルという町の大通りの一番奥にある大きな建物を目指して歩く。その道中、露店で見たことのない果物や野菜が売られているのを見て俺は思わず足を止めてしまった。


「すごい……見たことのない果物や野菜がこんなに。」


「ここは異世界だからね。見たことのないものが売られているのは当然さ。」


「料理人としての性なんですけど、こういうの見るとすごくワクワクするんですよね。」


「その気持ちはわかるよ。私もあぁいう果物がどんな味がするのか気になって仕方がない。さ、買い物をするためにお金をもらいに行こう。」


「そうですね。」


 確か今あるゴブリンの耳を全部売れば……大銀貨5枚になるってミカミさんが言ってたな。日本円で5千円か、あまり無駄遣いはできないけど、気になるものを少し買うぐらいには十分かな。


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