出発前夜


 何かを決心してからの時間の流れというものはとても早く、全て抜かりなく準備を終えた頃には、旅への出発が明日に迫ってきていた。


 その日の夜、明日に備えてみんなが寝静まった後、俺は万が一にも忘れ物が無いように一つ一つ確認をしていた。


「新しい馬車も出来上がった、不備もなし。雪道を走るための車輪もある。万が一に備えての食糧の備蓄も完了。みんなの冬服もマジックバッグの中にしまった……。」


 準備しておくもののリストを、一つ一つ丁寧に現物と照らし合わせて指さしで確認し、準備に抜かりが無いことを確認する。


「よっし、完璧だな。」


 確認を終えたところで屋敷の灯りを全て消して、夜道を歩いてカリンの屋敷へと赴いた。


「こんばんは、ヒイラギです。」


「来たか社長。」


 声をかけるとすぐに玄関からカリンが姿を現した。実は旅に出る前日の夜……つまり今の時間を指定されてカリンに呼び出されていたのだ。


「まぁ中に入ってくれ、そこで少々話をしよう。」


「わかりました。お邪魔します。」


 彼女の屋敷にお邪魔すると、リビングに一升瓶に入ったお酒が一本と、綺麗に切り並べられた果物と2人分のグラスが置かれていた。


「社長の旅路の安全を祈り、酒でも共に飲もうではないか。」


「お気遣いありがとうございます。」


 そしてお互いに隣り合って座ると、お互いのグラスに酒を注ぎあった。


「では社長の旅の安全を祈願して……乾杯だ。」


「はい、乾杯。」


 カンッと軽くグラスを合わせて、俺と彼女はお互いに注がれていた酒を一気に飲み干した。そしてまたお互いに酒を注ぎあいながら、話が始まる。


「いよいよ明日になってしまったか……。」


「自分でも驚いてますよ。もう出発が明日に迫ってるなんて。」


「時間の流れが急に速くなったようだ。今まではとてもゆっくりだったのだが……社長がこのエルフの国に来てからすべてが変わった。」


 注がれた酒をゆっくりと飲みながらカリンは言った。


「よもや人間がこの国を一時去るだけなのに、こんな名残惜しい気持ちになるとは思わなかったぞ?」


「俺もまた人間がエルフと交流を持てるなんて思ってませんでしたよ。」


「世の流れに不変は無いとはよく言ったものだ。変化など簡単に訪れるはずなかろうと思っていた過去の自分が馬鹿馬鹿しく思える。此方が人間の子の親になったのもまた然り……な。」


 そう言って彼女はクスリと笑った。


「社長の旅路はどれぐらいを予定しているのだ?」


「帰りの予定はちょっとまだ目途がついてなくて、いつ帰ってこれるかはわかりません。でも必ずエルフの国にも珍しくて美味しいものを求めて帰ってきますよ。」


「そうか、ではその時が此方との再会の時だな。」


「そうですね。」


 そしてお互いにほどほどに酔いが回ってきた頃、カリンはぽつりと心残りなことを俺に教えてくれた。


「実はな社長……此方には一つ心残りがあるのだ。おそらくはフィースタも同じ心残りを抱えていることだと思う。」


「え?心残りですか?」


「あぁ、次世代のエルフを産むために必要な。強き男の……具体的に言えば社長のを入手できなかったことが心残りで仕方がない。」


「……もしかしてですけど、今まで俺を酔わせようと必死だったのって……。」


「うむ、社長を泥酔させたのち、子種を採取するつもりだった。」


「はぁ~……それこの場では聞きたくなかったですよ。」


「くははは、すまなかったな。だが、隠し事を残しておくのはいかがなものかと思ったのだ。」


 衝撃の事実を知らされて、苦笑いを浮かべながらも俺は最後までカリンと酒を飲みながら語り合った。


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