シン来店


 もふもふの鬣を上下に大きく揺らしながら、こちらにものすごい勢いで走ってきたのは、他でもないこの国の現国王であるシンだった。


「待っていたぞ!!エルフの方々っ、そしてヒイラギよっ!!」


 こちらを歓迎してくれているシンだが、彼の目はサンプルとして飾ってあるお菓子に釘付けで、口からは今にも涎がこぼれそうになっている。そんな彼の様子を見て、隣で営業しているミクモが大きくため息を吐き出した。


「まったく、一国の主もあろう者が…情けない姿を晒すでないわ。」


「む?なぜミクモ殿がここにいるのだ?」


「見てわかるじゃろう、妾もここで商売をしているのじゃ。」


「ミクモ殿が商売?服でも売っているのか?」


「むっふっふ、妾はこの度新たな事業を始めたのじゃ。名付けてっ、狐印の滑らか豆腐じゃ!!」


「ふむ……それも気になるところではあるが。今はエルフの国の特産品であるというこのお菓子が気になるのだ!!ヒイラギ、早速我にこのお菓子を食わせてくれっ!!」


「はいはい、注文は彼女に頼む。」


 俺はユリの肩をポンと叩く。


「あ、あの……では注文を。」


 獣人族の王を前にしてしまったから、ユリがガチガチに緊張してしまっている。そんな彼女にずいっとシンは顔を近づけて注文を始めた。


「まずはメイド達への土産にどら焼きとフルーツ大福を10個ずつもらおう!!そして我の分は、欲張りアイス大福を5個頼む。」


「わ、わかり…ました。」


 そしてシンの注文した品物が出来上がる間、彼と少し話をすることにした。


「そういえば、この前カリンがお土産に持って行ったどら焼きの感想を聞かせてくれないか?」


「感想も何も、美味い以外の言葉が口から出てこなかったぞ。」


「でも今日は欲張り大福を買ったんだな。」


「うむ、そこでヒイラギの連れの子供がこれを美味しそうにほおばっているところを見てしまってな。」


 チラリとシンがシア達の方に視線を向けると、彼に向かってシア達は手を振った。


「あんなに美味そうに食べる姿を見せられては、見ているだけで腹が減ってくる。」


 どうやらシンは見事にこちらの作戦に嵌ってしまったらしい。これでちゃんと効果があることが証明された。


「お、お待たせしました。」


「む、もう出来上がったのか。お代はいくらだ?」


「シンは初回無料でいいよ。その代わりまた今度買いに来てくれ。」


「おぉ!!もちろんだ。では我は王宮に……。」


 そして踵を返そうとしたシンの肩をミクモが鷲掴みにする。


「シン坊~、どこへ行くつもりじゃ?」


「か、買いたいものは買った故帰るのだ。」


「まだ妾の店の商品を見ておらんじゃろう!!つべこべ言わず、こっちに来いっ!!」


「どうしてこうなるのだぁ~!!」


 その後シンはちゃんと豆腐をミクモに買わされていた。

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