秘密の中庭 その1

 二人で壁伝いに歩いていく、廊下はどうも円形になっているようだ。床は白木のフローリングで、埃一つない。きっとお掃除ロボットや、翁じいが綺麗にしていたんだろうなぁ。

 壁の反対側にはいくつかドアがあって、食堂やキッチン、お母さんやお父さんが使っていた書斎や寝室があると翁じいが教えてくれた。

 そしてたった一つある壁側のドアの前で止まった。


「はいルナ、センサーを出して」

「了解、翁じい」

 どこからともなくルナの優しい声が聞こえてくると、やっぱり、玄関にあった1メートルくらいの石柱と同じものが床から出てきた。

 石柱の前に立つと翁じいが振り返って私を見た。


「玄関と塀の入り口にあるセンサーは、じいやでも開けられるようにセットされていますが、ここから先にあるセンサーは女王様の血筋にしか反応しないようになっております」


 そう言われて私は右手のひらを見た。

 銀色の三日月が消えていない。


「このお印が浮かびあがる人だけってこと? 」

「そうでございます」

「それほど大切な秘密ってことなんだ」

「はい、この先にある装置を地球人が知ったら大変な争いが起こるでしょう、現にお父様はそれで命を落とされました」

 私はびっくりした。

「お父さんはどうしたの? もしかして誰かに殺されたの!!! 」

「お屋敷の周りを囲む塀とシールドが完成する前の事です」


「………」


 お父さんが殺されたってどういうことなの?     

 私が施設に預けられる前に一体なにがあったんだろう。

 なんて事、なんて事、殺人事件があったんだ!


 ——怖い。でも現実感がないのも事実だ。どんな両親だったか全くわからないし、会った事もないから。


「心中お察し致しますが、それも時が来たらおいおい《思い出す》ことでしょう、ですが月夜姫、今しなければならない事は、センサーに手をあてることです」

「この先に一体何があるの? 」

「それはご自分でご覧あれ、ささ、手をあててください、決して地獄につながっている訳じゃありません」

「本当に? 」

 私は訝しげに翁じいを見た。

「ふぁっふぁっふぁっ、そんな顔をなさらずに、私も数回ですが入れていただいたことがありますが、怖い思いは致しませんでしたよ」

「わかった」

 そして私はドアを見た。


 何が起きようと怖がるもんか、ここは私の自宅なんだ。そして、私は石柱が斜めに切れたところにゆっくりと右手をのせた。

 石柱が光り、本人かどうか一瞬でルナが判断する。

「月夜姫を認識いたしました。ドアを開きます」

 ウィーン、軽いモーター音がしてドアが開いた。開戸に見えたドアは、玄関と同じように横にスライドして開いた。


 そして中を見る。


「ここから先はお靴に履き替えて下さい」

 私はスリッパを脱ぎ、黒いハイカットのスニーカーを履いた。

 と、スリッパは消えた。

「これも私がやっているの? 」

「そうでございます。このように私が脱いだスリッパは消えないでしょう、私にそんな力が無いからです。確か以前ここに私の履物を置いて頂いていたはずだが、ああ、あったあった」

 翁じいは入り口横に置いてあった木の箱から、黒い革靴を出して履いた。

「外靴もここにある靴も、お母様からじいやの誕生日プレゼントに頂いたのですが、流石におきな一族の作ったお履物は全く疲れません、それに足が早くなる。月夜姫もこれからびっくりしますぞ」


 やっぱりそうなんだ。


 ドアの中は小さなお庭だった。私はてっきりごちゃごちゃっとコンピュータやら機械やらが並んでいると思ったから意外だった。

 間接照明で穏やかな光りが、中を照らしていた。

「へーこれが大切なものなの? 」

 私たちが入ると背後の扉が音も無くしまった。

「とても大切なものです」

 翁じいが落ち着いた声で私に言った。

 中庭というのだろう、壁伝いに竹林が作られ、隅には小さな滝があり、池もある。鯉でも泳いでそうだ。

 中心部は芝生が植えられ、白木のテーブルに二人がけの白木のチェアが置いてある。


 私はなにが大切なのかわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る