ここが月夜姫のお部屋です

 廊下に出て歩いて行く途中、とあるドアの前で翁じいが止まった。

「そうそう月夜姫、いつまでもセーラー服じゃいけません、着替えましょう」

 というと翁じいはドアを開けた。

 二十畳くらいの大きさがある部屋の中には何も置いて無かったけど、壁一面にウォーキングクローゼットが作られていた。


「何もありませんけど………」

「ここが今後月夜姫のお部屋になります。必要な物はなんでもお言付け下さい」

「私はお金がありません」

「大丈夫でございます。徳竹月夜さんはお姫様なんですよ、ご両親の遺産がたくさんあります。全部処分するのに十二年もかかった遺産です。

 何せ代々の女王様が黄金をバンバン作って、お金に変えて買った土地やら、お城やら、美術品やら、ビルやら、マンションやら、世界中に散らばっていた物をぜーんぶお金に戻しました」


 私には全く想像もつかない世界だ。

「一体いくらになったのですか? 」

「さてクイズです、いくらになりましたでしょうか? 」

 翁じいは子供っぽい笑顔を向けてきた。

「うーん、一億円くらい」

「本当に? 姫はかぐや一族の次期女王様ですぞ」

「うーん、じゃあ、三億」

「ラストアンサー? 」

「もうどうでもいい、じゃあ十億だ」

「ブッブッー」

 翁じいはブザー音と共に手をバッテンにした。

「そうだよね、欲張りすぎだよね百万円くらいかな」

 私は赤面して顔が熱くなった。

 すると翁じいは更に子供っぽい笑顔になり大声をあげた。

「正解はおよそ百兆円です」

「へ? 」

「百兆円です」

「なんですかそれ、いくらの事? 」

「百兆円は百兆円です」

「ゼロがいくつ? 」

「いっぱい、すごーくすごーくいっぱい」

「ははは、想像つかない」

「日本の銀行だけでなく、世界中の銀行に分散させて預けております。ぜーんぶ月夜姫の財産です」

 

「すごっ」


「それで足りなかったら、本国に伝えてバンバン黄金を作らせばいいんです、ふぁっふぁっふぁっ………」


「ひええええええ………」


 私はかぐや一族の凄さに直面して体の力が抜けた。そして、よろけて部屋の壁に手をついた。

 と、そこに丁度何かのスイッチがあって押してしまった。


 あ、なんか押しちゃった。


 と、クローゼットのドアが自動で全部開いた。私が呆気に取られていると翁じいが言ったんだ。

「これ全部月夜姫のお召し物です。ルナがチョイスしました」

「うっひゃー」

 クローゼットのポールには、数千着もの服がハンガーで吊るしてあった。

「どれでもお好きな服を着て下され」

「いいの? 」

「もちろん、じいやは廊下で待っています」

 そういうと部屋から出て行って、ドアを閉めた。


「うーん、どうしよう」


 スカートは動きづらいからパンツにして、ちょっと背伸びしてジャケットなんか着てみようかな。

 たくさんありすぎて迷っちゃうけど………

 

 うーんどうしよう? 早く決めないといけないし、鉄ちゃんがいたらどれを勧めるかなぁ、鉄ちゃんは私より私の事を知ってるし。

 

 よし決めた!


 私は一番近くのハンガーにかけてあるセットを着ることにした。革パンツとジャケット、白いティーシャツのセットだ。


 私はセーラー服を脱ぎ捨てて、黒の革パンを履いて無地の白いティーシャツを着た。革パンは7部丈のお洒落なやつだ。でも何か違う、革は革なんだけど、独特のゴワゴワ感がなく革本来の持つ強度はそのままに伸縮性があってかなり動きやすい。

 ティーシャツだってそうだ。体型にぴったりなサイズなのに締め付け感が全くないし動きやすい。これも地球人よりかなり高度な技術と知識を持つかぐや一族が加工したのかもしれない。

 それよりさすがルナ、私のサイズを寸分違わず分かってる。

 私は首からさげている月のペンダントをティーシャツの胸の間に出した。


 よし。


 そして、クローゼットの中に置いてあった姿見に自分を映した。


「えっこれが私なの? 」


 『愛敬園』では贅沢など出来なかったからいつも着古したスウェットの上下や、頂き物のダボダボティーシャツが普段着だったから、これほど自分の体型にあった服は着たことがなかった。姿見なんて無かったし………


 だから自分の体型にぴったり合った服を着て出るとこは出て、引っ込むところが引っ込んだ自分を見て驚いた。


 鏡の中の自分はまるで、雑誌で見たことのあるファッションモデルみたいだった。


 嬉しくて涙が出そうになった。


 クローゼットの中には靴もあったからハイカットの黒いスニーカーを選んで履いた。だがこれも軽い、それに何かが違う。これならどんなに歩いても疲れないんじゃないかな、やはりそれなりの加工がされているんだろう。

 そして黒い革のジャケットを羽織り、再び姿見を見ると、全くの別人がそこにいた。

 二つボタンを止める前に、腰まであるジャケットの、前身頃を両手で開き、鏡の前でくるりと一回転してみた。

 肩より少し長くカットしてある黒髪が、ふわりと広がり元に戻った。


 私って結構カッコいいじゃん。


 これが私なんだ、自分のこと全く知らなかった。

 本当の自分ってなんだろう?

 姿見の中のスタイリッシュな人物を上から下まで見た。

 うん、ま、いいやまだ中学三年生だし、厨二病みたいになってもしょうがないもん、気楽に気楽に気楽にいこうっと!

 翁じいも待ってるし!


 勢い良くドアを開けて廊下に出ると、待ち構えていた翁じいが破顔した。


「うーん、お母様の若かりし頃に瓜二つです」


 そうなんだ。


「それじゃ、行きましょう、レッツゴー! 」


 翁じいの声は元気一杯だ。

 私は履いていたスニーカーを脱いで手に持つと、ふかふかスリッパで翁じいの後をついて行った。

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