第一章 地球人と月夜姫

月夜姫自宅に帰る その1

 車はえらいスピードで走ってる、でも、ちっとも揺れない。


「あの、その、小竹林翁弁護士さん」

 私はふかふかのソファーみたいな後部座席に包まれ、運転席のルームミラーに映っている顔を見ながら言った。丸眼鏡はいつのまにか真っ黒な偏光グラスに変わっていた。

「月夜姫、私をお呼びのさいにはそんな他人行儀じゃいけません」

「はあ、ではなんとおよびしたら………」

「そうですな、おきなじい、もしくはじいやでよろしいでございます」

「お、お、お、………」

 私は、じいやなんて人種見たことも聞いたこともないから、つっかえて、うまく話せない。

「ほれ、月夜姫、がんばって………」

 このじいさん、話しながらもどんどんスピードを上げている、それになんだか車が空にうかんでいるような………。

「おおおお、おおおおお、おおおきなじじいじじじいじじじ……」

「ふぁっふぁっふぁっ、じいでございます」

「うーん、おきなじい! 」

「はーいなんでございましょう! 」


 満面の笑顔のじいさんだ、すっごい嬉しそう、その笑顔を見て私は何かがふっきれた。


「おい、翁じい、どこ向かってんだ」

 私は、いつも鉄ちゃんと話してる口調に近くなった。

「ほっほっほっ、その調子でございます。先ほどお伝えした通り、ご自宅でございます」

「つまり、私の両親が住んでいた家ってこと? 」

「そうでございます、月夜姫のお生まれになったところです」


「わたしがそこで生まれたのーーーーー! 」


「はい、その通りでございます」

「全く覚えてないんだけど」

「そうでしょう、そうでしょう、一歳の頃に愛敬園に預けられましたからのう」

「どうして預けられたの? 」

「お二人がお亡くなりになられましたので、遺言にそって私が代行いたしました」

「そうなんだ………やっぱり死んだんだ」


 悲しいとかそういう感情は湧いてこなかった。物心ついた時からふーせんママしかしらないから………


 と、私はふと窓の外を見た。


 うーん、この町は屋上で家庭菜園をやってる家が多いなあ、あっあそこのビルの屋上はゴルフ練習場になってるぞ、10階建てかなぁ………って、てっ、てっ、てっ!!!!!


「おい、翁じい、この車は空を飛んでるの? 」

「はっはっはっ、じいは陸海空どんな乗り物でも運転できます、そんじょそこらのじいさんとは出来が違いますぞ」

「へーっすごーい、じゃなくて、じゃなくて、じゃなくて、なんで車が空を飛ぶのか聞いているの」

「そっちですかお聞きしたいのは」

「そう、そっち、車がなんで空飛ぶのって事」


「はははは、簡単です、姫のお国の技術力じゃあたりまえです」


「ふーん、私の国じゃ当たり前なのか………って、私、日本人じゃないの」


「表向きは日本人です」


「じゃあ、裏向きは? 」


「ちょーと長くなりますでな、ご自宅でゆっくりお話しいたしましょう」


 発狂しそう………。


 愛敬園を出て十五分くらい経ったろうか、車、のうような、飛行機? 違うなあ、空陸両用車だよな、この分なら海にも潜れそうだよな………は雲を抜けて山が連なる谷に向かって降下を始めた。


「姫、シートベルトをしっかりお締めくだされ」

「え、え、え、シートベルト、そんなものどこにあるの? 」

 シートベルトが見当たらない。

「おおお、そうか、失礼いたしました、腰のあたりをごらんあれ」


 私は腰のあたりを見た。と、セーラー服の上着の裾と、スカートの間から見えているTシャツを、自分でも知らないうちに強力なベルトが、お腹に圧迫を加えないよう、それでいてしっかりと体を押さえていた。今、気が付いた、そういやセーラー服のままで鉄ちゃんの部屋でトランプしていたんだっけ………。


「なんかある」


「そうです。自動シートベルトです、きつくはないですか? 緩んではいないですか? 」

 私はシートベルトを握って引っ張ってみた。

「大丈夫みたい」

「よしじゃあ行きますぞ、それー! 」


 翁じいは速度をあげて、谷の合間に突き進んでいく。

 こりゃジェットコースターだ。

 少し斜めになりながら、山肌をかわすと水平になり、今度は反対側の岩肌をかわすように反対向きに斜めになり、急降下していく。

 私はふかふかソファーの座席で身動きできない。


「うっひょーーー」

 翁じいの嬉しそうな叫びが、車内に響いている。

 どうもこのじいさんスピード狂らしい、なんなのこれ、何かのおしおきなの、なんなの一体!


「きゃあああああああああああ」


「ひゃーはっ、姫もそのうち慣れますゆえ、楽しんでくだされ」


「わたし、楽しむの? 楽しむの? 楽しむの? きゃああああああ!!! 」


 岩肌や山肌をいくつかびゅんびゅん抜けた。

 全く揺れないので気持ち悪くはないけど、あまりの速度に目が回る。

 すると、山に囲まれた草原、草原っていっても、サッカーのピッチのニ十倍以上あるような広さの円形の空間が見えた、周りは白い大きな塀で囲まれている。その日当たりのいい場所に、瓦屋根のファミリーレストラン並みの大きさの日本家屋が見えてきた。


 おや、なにやら全体をブルーの光に覆われているなぁ。


「ハイ、ルナ! 」

 翁じいはそういうと、コンピュータが反応した。


「ハイおきなじい、ご挨拶がおくれました月夜姫、私は人工知能のルナです、よろしくお願いしますね」

 合成音声だが優しい声だ。


「人工知能のルナ! 」


「はい、私が必要な時は、いつでもお呼び下さい。お持ちの月のペンダントとリンクいたしましたので、私の声はペンダントから聞こえることでしょう」


 私がペンダントを取り出し、月のペンダントに向かって話した。


「はい、ルナ」

 あっ、ペンダントが光った。

「はい、月夜姫」

 聞こえてきた、凄い。

「よろしくルナ、ルナは、この車に搭載されているの? 」

「いえ、センサーやマイク、カメラなどは乗り物だけでなく、お屋敷のあちこちに設置されています、おきなじいの赤い蝶ネクタイの中にもね。その本体は、お屋敷の地下200メートルのところに設置されています。」


「地下200メートル! どんな屋敷なの? 」


「そのうち分かります、お楽しみに」


「よしルナ、シールドをオフに、滑走路にむけてオートパイロットで着陸してくれ」

「おきなじい、了解しました」


 と、草原全体を覆っていた透明な青いシールドが消えた。

 そして、草原の一部が割れたと思うと、長い滑走路が姿を現した。


「凄っ」

 純粋に驚いた。


「ふぉっふぉっ、あれが姫のご自宅です、お帰りなさいませ」

 私は、ただいまーなんて気軽にいえなかった。

「ルナよろしく」

 おきなじいがそういった。

「了解しました、進入角度25度、進入速度コントロール、速度よし、風向きよし、これから着陸します」


 私は、足を踏ん張った、飛行機なんていままで乗った事ないけど、きっと滑走路にタイヤが着地したとき振動がして車体が大きく揺れるに違いない………

「姫、お気楽に」

 私の気配を察知して、翁じいが声をかけてきた。このじいさん実はかなりの切れ者かもしれないぞ、陸海空全ての乗り物を操縦できるといってたし、一言一言の切れがいいし、的確で身のこなしも結構素早い。

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