「突然の別れ」その2

「ひめってだれ、私は姫って名前じゃないよ月夜だよ」——なんだこのじいさん。


「いやいやいやいや、そうじゃなかった、月夜さんですな、私は弁護士の小竹林しょうちくりん おきなと申します」


「べ、弁護士さんですか、弁護士さんがなんで私を………」

「うむ、月夜さんと園長ママ、二人に重要なお話があってまいりました」

「はぁ………」

「まま、テーブルに座ってお話ししましょう」


 『しょうちくりんおきな』ってなにかしら、おとぎばなしじゃあるまいし、第一だいいちですね、弁護士さんに知り合いなんていねーしー………


 私と園長先生は小竹林翁弁護士さんとテーブルを挟んで横に並んで座った。普段ならば様々な事情で、親と過ごせない子供たち20名ほどが一斉に食事をする食堂の一角だ。

 そういう私も、鉄ちゃんも両親の顔は全くしらない。

 なんだか翁さんはじーっと私の首筋をみてるぞ、何者なんだこのじじい、いやらしい!


「月夜さま」

 なんだ、今度はさまですと。

「はい」

 私も上品な顔つきでゆっくりと答えてやった、すると小竹林翁弁護士はポケットからうやうやしく小箱を取り出して開けた。


 そこに入っていたのは、満月から三日月を切り取ったような形で、月のクレーターが細かく描かれた、直径3ンセンチくらいの金属片だった、そう、ちょうど私のペンダントの三日月と同じくらいの大きさの、えっ、同じくらいの大きさの月の反対側………


「赤ちゃんの頃から肌身離さず持っておられる、お守りのペンダントをだしてはくださいませんか」


 小竹林 翁弁護士はゆっくりとした口調で私に向かってそういった、私はどうしていいか分からず園長先生を見た。

 すると、園長先生は最初からわかっていたかのようにうなずくと微笑んだ。


 なにそれ、何も知らないの私だけ?


 ちょっとむくれながらも、ネックレスのチェーンをひっぱり、いつもは服の下に隠してある三日月のペンダントを取り出すと、手の平に載せた。


「これこそがお互いの存在を証明するために、お母様から私がお預かりしていたものでございます」

「お母さん、私のお母さんを知っているのですか? 」

「ええ、お母様だけではございません、お父様だってご承知しております、なにせお二人の執事でございましたから」


「ええええええ」


「その話は後程ゆっくりお話しいたします、まずは、これを、月夜さまのペンダントの横に置かせていただきますぞ」

 そういった小竹林翁弁護士は反対側の月の金属片を、手のひらの上に置くと………

「えっ! 」

 私は思わず大声をあげてしまった、だって、手のひらの上で三日月のペンダントに、反対側の金属片がすーっと近づいてきてぴったりくっついたんですもの!

 そして神々しく光って一つになった。

 完全な満月になった。

 きゃーーーーーーそれより、なんで動くの、なんで光るの、なんでくっついて離れないの、なんなの一体、なんだってんの!


「お待ちしておりました小竹林さま、いつもご寄付をいただき、お会いするのを首を長くして待っておりました。園の為にご尽力いただき本当に感謝しております」

 横に座っていたふーせんママの声がした。

「いやいやお礼などなさらないでください、すべては月夜さまのご両親の遺言のまま、弁護士で執事のわたくしが代行していただけでございます」

「そうでございましたか………」


「はい、この度月夜さまのご両親の遺言に従ってお迎えに参りました。

 自宅を除くすべての財産を処分してから迎えに行ってほしいというご遺言でしたが、十二年もかかってしまいました。膨大すぎて、膨大すぎて………」


 私の両親に両親の執事の弁護士、それに、遺産に寄付に、お迎えに、満月のペンダント、なんのこっちゃ、一体、なんのこっちゃー。


「さて月夜姫」  

 園長先生が私に向かって『姫』ってなによ。

「いってらっしゃい、いや、お帰り! いや、ごきげんよう、また遊びに来てね」

「ええええええええ! 」

「そうと決まれば事は急げ、月夜姫には時間がないのです」


「えっ、私には時間がないの? 」

 どういうこと、さっぱりわからない。


「はい。早速いきましょう」

「どこに? 」

「自宅でございます」


「じたくーーーー!!!!! 」


 もうなにがなんだか、頭の中は真っ白になった。

 で、いつの間にか園の門に横付けされていた真っ白でいかにも高級そうな車に乗せられるやいなや、小竹林翁弁護士自らが運転して出発した。


「ああああー」


 ドアウィンドー越しに悲しそうな顔で見送る鉄ちゃんの、大きな体がちらりと見えた。



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