第3話 語られる思い出と明かされる真相


「はい、ビールのおかわりどうぞ」


「ありがとう。おいおいなんでそんな立ち上がってできる限り上から注ぐスタイルなんだ。コップの中がほぼ泡になるし盛大に溢れてるぞこれ」


「溢れるほどの愛をあなたに、という建前のもと、泡でお腹を満たしてやろうという節約術よ。愛はどんな味かしら。具体的にどうぞ」


「なんかこう、ふわっとした向こうから、こうなんて言うか、もわっとしたこう、苦味がやって来て、なんと言うかこうほら、泡だ」


「早いもので、私達も結婚して14年ね。あなたが宇宙ステーションで異星人に襲われたって聞いた時には心臓が止まるかと思ったけど、会話で平和的な解決を図ろうとしたあなたが持ち前の言語的回転率の悪さで異星人を辟易させ戦闘意欲を消失させて地球侵略の危機を救ったって聞いたときにはやっぱりこの人と結婚して正解だったと思ったわ」


「そんなに褒めないでくれよ、泡を吹いてしまうだろう。あの時はとにかくこちらに異星人への敵意がないことを伝えようと必死だったんだ。決して異星人と対峙した恐怖により言語野と滑舌が死んだわけではない」


「あの時もそうだったわよね。私がかつて所属していた星間監査機関で行った違法侵入異星人に対する大規模摘発の恨みを募らせた異星人が私の眉間に光線銃の照準を定めた時も、手鏡の反射を利用してビルの屋上にいる異星人スナイパーの目を撹乱してくれたわよね。手鏡片手に踊るあなたの背中、まだ覚えてるわ」


「はいストップだ。そんな眉間を異星人からロックオンされた過去があるとか、バックグラウンドとして濃すぎる気がするんだが。お父さんの宇宙飛行士という設定も霞むようで、少しばかりお母さんに嫉妬心を覚えてしまう」


「上島さん、流れを止めないでいただけますか? ここはお母さんが思い出に浸っている大事な場面なんです。このままごとにおける監督は僕なんですよ。上島さんの生の声によるツッコミは興を削ぎます」


「そうだな、これは宮下が監督するままごとだったな。演者はおとなしく監督の作り出す世界の完成のために尽力するよ」


「ありがとうございます。さすがは僕の尊敬する、駒となって働くことにかけては右に出る者のいない上島さんです。それでは続けます。ァァアアクションッ!!


 あなたって自分の優しさにわりと無頓着よね。まるで、営業先への訪問予定時刻を13時とするところを午後3時と打ってメール送信してしまった部下に対して上司っぽい説教をしつつも、途中で語彙が追いつかなくなったので諦めて公園にいるスズメに昼食の残りのメロンパンをちぎってあげ始めた上司のようだわ」


「なんか心当たりのあるたとえだな。そうだな、確かに俺は、どちらかと言えば常に平和を求めて生きているよ。人間も異星人もスズメも、諍いなく生きていられたらそれが一番だ」


「あなたはいつもそうよね。自分の役割を形上はまぁまぁ果たしながらも、結果的には周りが平穏であることを一番願っている。まるで、営業先への返信メールに間違えて趣味で集めている人体解剖図を添付して送信してしまった部下に対して上司っぽい説教をしつつも、途中で語彙が追いつかなくなったので諦めてTwitterでフォローしているもふもふ動物動画アカウントを眺め始める上司のようだわ」


「それも心当たりのあるたとえだな。そうだな、人間を解剖していったところで臓器があるだけで、結局のところ生き物というのは臓器の寄せ集めなわけなんだ。その臓器の集合体たる生き物がだな、もふもふしているんだ。そのもふもふが動いているところを見ると、どうなる。癒されるんだ」


「つまるところ、あなたはいい人なのよね。まるで、女性であるにもかかわらず自分を『僕』と呼んでいる部下に対して特段の注意や指摘を入れるわけでもなく普通に接する上に、その部下の突拍子もないままごとなどという提案にも不器用ながら付き合ってくれる上司のようだわ」


「心当たりしかないたとえだな。そうだな、俺の部下が女性であるにもかかわらず自分を『僕』と呼んでいても俺の性癖は僕っ娘には反応しないので別段気にせず接するし、牡牛座は新しいことにトライしてみるとラッキーが舞い降りるって今朝の占いで言っていたからわけわからん誘いにも応じざるを得なかったのだ」


「私、あなたのそういうところが好きなのよ」


「なにどさくさに紛れて上司に告白する部下みたいなことを言ってるんだ。これじゃ俺はまるで、僕っ娘部下にままごとに誘われてお父さん役を務めていたら流れで告白されて、心臓が体中の穴という穴から飛び出したかのように驚いている上司みたいじゃないか」


「ほんとね。これじゃ私はまるで、二人きりの二時間を捻出するためにミスと見せかけて意図的に指定時間をずらしてメール送信した僕っ娘部下みたいね」


「ほんとだな。まるで俺は、はじめから仕組まれていたとも知らずにまんまとままごとさせられた挙句に爆弾級の告白を受けてしまって言語野が錯綜し始め、思考が理性というフィルターを通過することなくダダ流しになるのを制御できない上司みたいじゃないか」


「ほんとそうね。まるで私は、既に幸せな家庭を築いてしまっている上司に対して気持ちを伝えてはいけないと思いながらもままごとの中でなら許されるかもしれない、許してほしいと思いながら告げてしまった僕っ娘部下みたいね」


「ほんとそうだな。そして心なしか、物理的な距離が近くなってきているような気がする。じりじりとにじり寄られているような気がする」


「なにを今さら恥ずかしがってるのかしら」


「はいストップだ。宮下、ここらで一旦まとめよう。しばし時を止めて、まともな息継ぎをする必要がある。なんか唐突にこのままごとの真相めいたものが判明し出したので動悸・息切れ・異常な発汗・妙に上滑りする滑舌・謎腰痛の再発・たぶんちょっとした毛細血管何本か破裂してるだろうなってレベルの急激な血圧上昇などを感じているんだが」


「上島さんは演者です。よって上島さんの発するストップは無効です。始まってしまったままごとは監督のOKが出るまで終わりません。監督は僕、いいえ、私です。上島さんは引き続き演じてください。それでは続けます。ァァアアアクションッッ!!!」

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