第2話 ゆるやかな実演と流入する温もり


「た、ただいま……」


「はいストップです。0点ですね。感情がまるで乗っていません。上島さん、いいですか? 地球の外から無事に帰ってきたんですよ? その実感を込めた『ただいま』の必要があるんです。もっと想像力を使ってください」


「想像はできてるよ。ただ、演技力が追いつかない。なにしろ小六の学芸会『かたつむり長者』で『長者の家に米を届けに来たかたつむりの第一発見者役』以来の演技だからな。そうそう上手くはできんさ」


「そうですか、ではそのへんは目をつぶることにしましょう。では続けます。ァァアアクションッ!!」


「た、ただいま……」


「おかえりなさい。あなたが無事に帰ってきてくれて嬉しいわ。宇宙ステーション内に侵入して人間のごとく振舞っていたが実は異星人だった擬態型軟体生物とのバトル、お疲れ様でした。とりあえずビール? あなたの大好物の唐揚げを作ったわよ」


「はいストップ。ちょっと待ってくれ。そんななんか異星人とか、SF要素も混じってるのか?」


「僕たちが目指しているのは、現実らしい現実を演じることではなく、現実の外側から現実を演じることによって立ち現れる現実らしさの追求です」


「まったくわからんけど、要するにお父さんは宇宙でわりとハードな任務を遂行してきたみたいだな。わかった、OKだ。続けよう。


 危ないところだったが、なんとか帰宅できてほっとしてるよ」


宙太ちゅうたも喜んでるわ。寝ずにあなたを待っていたいって言ってたんだけど、明日も学校だし、寝かせたわ。あの子、宇宙石を心待ちにしてたのよ。あなたが倒した異星人が落としていった七色に光るあの石のことね。速攻で星屑質屋に持っていって換金するんだって意気込んでた。すごい金額になるに違いないって興奮してたわ」


「はいストップ。なんかお父さんよりもその七色の石の方が歓迎されてるな。家庭でのちょっとした疎外感には心当たりがあるからわりとリアルに胸にくるよ。ところでひとつ提案がある。お母さんはお父さんを下の名前+さんで呼んでいることにしないか?」


「なぜですか?」


「現実で叶わないからだ。ずっと憧れてるんだよそういうの。なんかいいだろそういう、こう、ほらなんかそういうの」


「願望を叶えるための疑似体験ではありませんよ。ままごとで個人の欲求を満たそうとしないでください。穢らわしいです」


「ごめんなさい」


「続けます。ァァアアクションッ!!


 あなたの帰宅記念に、唐揚げは太陽系の配置に並べておいたわ。土星のがオニオンリングってとこが個人的お気に入りポイントよ」


「なんともはや。宇宙ってお皿の上にも作れるものなんだな。さっそく木星からいただくとするよ。もぐもぐ。うん、とてもおいしい」


「どんなふうにおいしいのか、具体的に教えて?」


「まずはなんかこの外側の茶色いとこがサクッとした食感で、こうほら、なんかいい感じだ。そして中身はジューシーでなんかこうほら、うまい汁がものすごく出てきてまるでなんかこう、ほぼ飲み物だ」


「はいストップです。0点ですね。唐揚げが飲み物なわけないじゃないですか。これについては想像力や演技力ではなく、上島さんの語彙力のなさが露呈した結果となり、僕は部下として非常に残念な気持ちです」


「落胆させて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。しかし食卓でお父さんが仔細な食レポをお送りする家庭なんてあるか? もっとこう、ただただ温かみのある会話を展開させたいんだ」


「そうですね、確かにその方向性のがいい気がしてきました。すみません、どうしても唐揚げの感想を聞きたくて。続けます。ァァアアクションッ!!


 宙太がいよいよ宇宙に興味を持ち始めてね。なんでも、トラックとぶつかっても死なない程に魂を鍛えて、神により与えられし圧倒的力を勇ましく行使して悪を挫き、出会う全ての異性を魅了して愛に溢れる新世界を築き上げていきたいらしいの。素晴らしい宇宙への野望だと思わない?」


「いやそれ普通に異世界への転生願望だよ。チートで無双でハーレムだよ。現実からの逃避を望んでるんだよ」


「そうかしら。こないだも女の子に『君に俺の俺TUEEEEを見てほしい』ってかっこよく口説いてたから成長したわって感動してたのだけど」


「なに見せるつもりだったんだよ。比喩表現だとしても感情が死ぬほど露骨だな。そんなんじゃモテる見込みはないぞ。女子ってやつは、謎を抱える男に惹かれるものなのさ」


「あぁ、だからあなた、ファミマのかわいいアルバイト店員さんの勤務時間帯にはサングラスを着用して革手袋を装着した上で入店し、片耳のイヤホンを時折触って襟元の何かにつぶやきながら、缶コーヒーとメロンパンを手にレジに向かい、『ありがとう』と言って口元にジェントルな笑みを一瞬だけ浮かべてから、自動ドアをこじ開けて颯爽と去るのを日課としてるのね」


「だっ、誰が好みのアルバイト店員さんの前で殺し屋風の謎多き男を演じてるだって!? いやいやなんで俺が駅からの通り道にあるローソンではなく、わざわざ遠回りしてファミマに通ってるのがバレてるんだ! いや待てよ、ひとつ間違いがある。俺がいつも買うのはメロンパンではなく、チョココロネだ!」


「はいストップです。どうしました上島さん。迫真の演技じゃないですか。好みの店員さんに会いに行くのを秘かな楽しみとしていることが妻にバレて狼狽えているお父さんの演技、到底演じているとは思えないほどの臨場感でびっくりしましたよ。100点です。どうしました上島さん」


「い、いや、つい役に入り込んでしまったと言うか、いや、なんと言うかこうほら、好みの店員さんの気を引きたいお父さんの気持ちが唐突になんかこう、憑依、そう、憑依してきたんだ。いやはや不思議だ。決して俺がファミマのえぐちさんに対してそんなふうに自分を偽るような真似をしているわけでは断じてないのだがな。断じてないのだがな。度を超えた偽りは、なんかこうほら、罪に値すると思うしね」


「ごもっともです。上島さん、『かたつむり長者』の頃の勘が戻ってきた感じですね」


「そうかもしれない。なんかこう、キャラの鼓動や体温、呼吸までもが自分のそれと重なって感じられると言うか、ままごと世界がこちら側に迫ってくる感じがするな。宮下、お前が言ってるままごととは、こういうことだったのか?」


「ままごとに対する解答は自分の手で掴んでください。いい感じですよ上島さん。頭の回転の悪さからどんな事態にも愚直なやり方でしか挑めない上島さんにしては非常に冴えています。では、続けます。ァァアアアクションッッ!!!」

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