上司と部下が臨場感を追求しながらままごとをする話

古川

第1話 ままごとの必要性と宇宙の始まり


 登場人物

  上司: 上島 (係長)

  部下: 宮下 (入社二年目)



「上島さん。今から一緒にままごとしませんか?」


「なんだって?」


「ままごとです。知りませんか?」


「いや、ままごとって、ままごと?」


「はい。お父さん、お母さん、子供など、家族の構成員に扮して、家庭内の一コマをおもしろおかしく模倣する遊びです」


「それはわかってるよ。そうじゃなくて、なんでここで俺とお前がままごとをする必要が?」


「暇だからです。僕のミスにより営業先とのコンタクトが取れず、会社から離れた地で二時間もの空き時間を持て余すことになった上司と部下が二人で公園のベンチに座ってるんですよ。やることと言ったらままごとくらいしかないと思います」


「宮下。もうちょっとまともな物の考え方をしてくれないか。もっとこうほら、社会人として生産的な時間を過ごすようななにか、あるだろ」


「例えば?」


「え、例えば? 例えばだな、我社の今後のために一社員としてできることを提案し合うとかなんかこう、そういうこうほら、いいやつ、あるだろ」


「上島さん。上島さんはここ三十分間、僕にいろいろと説教しました。もう現時点での上司としての役目は果たしたと思いますよ。僕も、本来なら13時とするところを午後3時と打ってメール送信してしまった部下として反省はし尽くしました。その上でなお、仕事の話をしたいですか?」


「そう聞かれるとそうだなぁ、気持ち的にはもうしたくはないな。お前はあまりにも細かいミスが多くて拾いきれないんだよ。今だって靴を左右逆に履いてるようだけどもう指摘する気も起こらない」


「いや、これはミスではありません。あえてそうしているんです。小さな違和感を自分に与え続けることによって、意識の鈍化を防いでいるんです。ちなみに靴下は裏表逆に履いています」


「ほら、こうなんて言うかな、すぐそうやって独自の理論を展開してくるだろ? 注意したところでまったく効果がないのがわかるんだよなぁ。打っても響かないんだよ、まるで真空のように。これ以上お前と真面目に仕事の話をするのは確かに生産的じゃないかもしれない気がしてきたよ」


「そうですよね、正しい感想です。僕もこの場をしのぐために反省の色を示し続けることに疲れたし、そろそろ上島さんの『上司としてのなんかそれっぽい語彙』も限界っぽいなと思い始めていたところです。じゃあままごとしましょう」


「待て、質問だ。どうしてままごとなのか、それを説明してほしい」


「逆に質問です。上島さんは、現状に満足していますか? 仕事や家庭や趣味や人間関係や自分自身に満足していますか?」


「うーんまぁ、80%くらいだな」


「案外高いんですね。てっきり50以下かと。それを100%にするために、一旦この現状の外に出てみませんか?」


「なんだその異世界転生へのお誘いみたいなやつは」


「この現状を新たに認識し直すために、一度現実の外から現実を見る必要があるんです。そのために必要なのが、トレース。つまり、擬似体験です。現実を、現実らしく演じるんです」


「まったくわからんな」


「人は常に無意識に演じている生き物です。上島さんなら、職場においては係長という役を演じ、家庭においては夫や父親を、コンビニのお気に入りアルバイトえぐちさんの前では仕事できる風のイケおじを。場所や状況に応じて演じ分けているんです」


「だっ、誰がえぐちさんが俺の好みどストライクだって!?」


「無意識に行っているその演じ分けを、意識的にしてみるんです。世界を認識し直すために、意識的に演技してみる。つまり、ままごとです」


「まったくわからんな。だけども、牡牛座は新しいことにトライしてみるとラッキーが舞い降りるって今朝の占いで言ってたんだ。致し方ないな、やろう」


「それでこそ上島さんです。たいした出世もできそうにないのに真面目な勤務態度を続ける上島さんは僕の最も尊敬する上司です」


「ちょいちょい馬鹿にするよね」


「ではまず配役ですが、上島さんはお父さんです」


「選択権はないのか?」


「はい、ありません。キャラと場面の設定、だいたいのあらすじは僕に決めさせていただきます。実は僕は中二の時から戯曲を嗜んでいるので、市井の人々の悲喜交々を脚本に落とし込むのは得意なんです」


「身を任せてみるよ」


「お父さんは宇宙飛行士をしています。宇宙ステーションでの勤務とその後の経過観察を終え、ようやく家族の待つマイホームへと帰宅してきたところです」


「宇宙飛行士か。あんまり身近な職業じゃないな。没入しにくい設定だ。もっとディテールをくれ」


岩田宏明いわたひろあき、42歳。幼少期から宇宙に興味を持ち、大学では航空宇宙工学を専攻。宇宙開発機関に就職後、宇宙飛行士候補者試験に合格、宇宙飛行士に。宇宙ステーションでは主に地球がどれほど正確な球体であるかの実験を行い、『言うほど球体じゃなかった』という結果を導き出した。妻と小学生の子供が一人。趣味は読書」


「宇宙飛行士としてはいい設定だが、いかんせん庶民的な人間味がなくて感情移入しにくい。もっと隙をくれ」


「宏明が宇宙に興味を持ったきっかけは、小二の時、ある女の子のパンツを見た瞬間に始まる。普段男の子と混ざって遊ぶおてんばな女の子が、転んだ際に見せたピンクのパンツ。人間の本質とは、目に見えるものではなく、常に隠された奥底にあるのだという真実を知ると同時に、そこに深遠なる宇宙を見た。それが全ての始まりであった。なお現在はわりと妻の尻に敷かれているが、元来のドM気質からまぁしょうがないかぁと思っている。可愛いアルバイトのいるコンビニに行くことをひそかに楽しんでいる」


「いいリアリティだ。よし、お父さん役、できそうだ」


「では、僕がお母さん役です。即興要素も必要かと思いますので、お母さんの設定の詳細はあえて明かさずにやってみたいと思います。」


「心なしか、わくわくしている自分がいるよ」


「では、お父さんが帰宅するシーンから始めます。……ァァアアアクションッッ!!!」

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