第4話 繰り出される舞踏と新たなる決意
「いや待て、なんかもう青天が霹靂すぎだし寝耳に大激流だし鳩がクラスター爆弾食らった顔になっている俺だ。俺は誰だ。そう、上島だ。たいした出世も見込めない、駒になって働くだけのしがない係長・上島だ。健康診断でよく体内に謎の影が発見され再検査を受けるも異常なしと告げられてなんかもやっとしたまま生活している中年男性・上島だ」
「はい、知っています。上島さんの、列車のおもちゃに夢中になった幼少期も、同じ生き物係になった女の子に五年間片思いし続けた小学生時代も、野球部に入るも練習の厳しさに耐えかねて家庭科部に転部してミシンの扱いを習得した中学時代も、自尊心との折り合いを付けられずに作ってしまった曲をアコースティックギターで夜な夜な弾き語っていた高校時代も、居酒屋でのバイトにおいて魚を捌く技術があまりに上達したゆえ『生魚の上島』の名を欲しいままにしていた大学時代も、ファミマのえぐちさんからお釣りをもらう時にふと手が触れることが嬉しいのであえて小銭が多めに発生するように支払いをしている会社員時代も、上島さんの特に面白みもない半生はだいたい把握できています」
「だっ、誰が財布の中にジンバブエ・ドル紙幣を忍ばせておいて時々円と間違えたふうに出して『あのこれ、ジンバブエ・ドルです💦』『あぁ、すみません間違えました💦』『www』『www』というささやかなやりとりをするのを楽しんでいるだって!? あとなんかめちゃくちゃ繊細な個人情報を把握されてて小刻みな震えを抑えきれないんだが!?」
「上島さん。小刻みに震えながらコサックダンスで後退するのやめてもらえますか? とにかくさっきのが私の気持ちです。もう一回言ってもいいでしょうか」
「いや待てよく聞け宮下。俺は愛する妻と幼稚園に入ったばかりのかわいい娘を持つごく平凡な男だ。家庭では妻にパンツを裏返しにしたまま畳まれるのが常で、娘に「パパ、カメムシと同じにおいがする~」と毎週末言われる、切なくも幸せな生活を送っているのだ。突然の部下からの告白に調子に乗ってどうこうなるような男ではない……!」
「調子に乗らせたくて言っているわけではありません。私はただ、上島さんへの気持ちを……」
「おおおおい宮下! それ以上近付くと俺のコサックがお前の弁慶をホパークしてしまう! あといろいろ俺のこうほらなんて言うか、通常保たれているこう、ほらなんて言うかこう、おっさんとしてのこう、守るべき何かが崩壊してしまう!」
「いいじゃないですか崩壊。私は上島さんと崩壊したいです」
「真っ昼間の公園で吐くセリフじゃなさすぎて俺のコサック速度が史上例を見ないほどに高速なんだがどうしてくれる!? いやもうなんかこれは普通にダメなやつだ! おおおおい宮下! ダメだ! 近い! 宮下ぁあああ!!」
「はい、ストップ」
「そうだストップだ宮下ぁ! ………って、え?」
「はい。ストップです」
「はい。…………え、はい?」
「ままごとの演者として、今の上島さんは0点です。考えてみてください。演じるとはなんですか?」
「え? えーっと、わかりません」
「演じるとは、客観的に取り込んだ感情を主観的に体現することです。感情を暴発させることではなく、感情を表現することです。では、臨場感とはなんですか?」
「えーっと、わかりません」
「臨場感とは、現実であるらしい空間の中にいて感じられるものです。それがそれらしくあればあるほど、臨場感は増幅されます。必要なのは現実それ自体ではなく、それの投影であり模倣です」
「その心は」
「ままごとです」
「それはつまり、告白うんぬんのくだりもままごとであると?」
「はい。上島さんは、ないですね。上島さんが地球上最後の人類になったとしても、ないですね。まだカメムシのがありです」
「今頭が急速に冷静になって氷点下を突破したので氷水の中で目覚めたかのように意識が明瞭なのだがカメムシに関してはまったくその通りだと思う。そうだよね! あのフォルムとか、いいと思うよ!」
「ご理解ありがとうございます。そもそもの話、私が自分を僕と呼んでいたのも、私ではない『僕』を演じるためです」
「それはなにゆえに」
「私の演技が、現実世界において通用するのかどうかを確かめるためです」
「通用どころかおっさん一人を物理的に踊らすことに成功する程には真に迫っていたぞ。全力コサックのおかげで大腿四頭筋が瀕死の状態でさっきからずっと痙攣を起こしている。つまりここは、お前のアクションコールがかかる前から既にままごと空間だったわけか」
「頭の回転の悪い上島さんにしては理解が早くてありがたいです。コサックで脳内血流が良くなったんですね。さぁ、上島さんは今、剥き出しの気持ちをぶつけられたことによって、心がノーガードになりました。武装や装飾や虚栄を脱ぎ捨てた、ありのままの心でままごとと向き合った時、そこに本当の臨場感が生まれるのです」
「確かにもうメンタル的にいろいろひっぺがされて全裸同然の気分だ。そうか、俺はあまりにもたくさんの仮面や鎧を身に付けていたようだ。それらを脱ぎ捨てた今、心が軽く、なぜだか妙な開放感すらある」
「ついでに、ファミマのえぐちさんに『温めますか?』と聞かれたいばかりに定期的にタルタルフィッシュバーガーを買う上島さんも脱ぎ捨ててください」
「だっ、誰がえぐちさんのくれる温もりが欲しいばかりにタルタルフィッシュバーガーを水・金で買ってるだって!? いや違う! 俺は純粋にタルタルフィッシュバーガーが好きなんだ! 月・火でチョココロネ、水でタルタル、木でチョココロネと来て、金でタルタルだ! コロ、コロ、タルタル、コロ、タルタルだ! やましいことなど微塵もないルーティンだ! よし、いいだろう。ならばこれより、ガチでままごとに没入する。全力で演じ、全力で臨場感を高める。さぁリテイクだ。始めるぞ!」
「それでこそ上島さんです。コサックでスボンの股部分が破れても意に介する様子もないところ、勇ましくてほんの少しかっこいいです。ではもう一度確認です。上島さんはお父さん役、私はお母さん役です」
「了解だ! ここは俺にやらせてくれ! いくぞ! ……ンノァァァァァアアアアアックションッッッッ!!!!」
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