美しき刺客 2

 作戦通り誠が走り出す。(そういえば大志さんの能力聞いてなかったな)と今更気ついたが後の祭りである。今は大志を信じて誠は信じるしかない。


 激昂したアーリンがターゲットにしたのはもちろん誠だ。

 自分の名を冠した『雷鳴弓アーリントード』を左手で持つ。それから右手を弓に近づけると、その手にメイリルの情報通り雷の力を凝縮した矢が出現し番え放つ。放たれた雷の矢はビームのように光跡を残し尾を引いて飛び、誠と大志がいる場所を寸断するように激しい閃光と爆発を引き起こす。

 

 「大志さん!」


 思わぬ広範囲攻撃の爆風に体を煽れらながら誠が仲間の安否を気遣う。


 「お仲間の心配をしている余裕があるのかしら、ヴィエル!」


 「俺はまだあんなに年をとってないっての!」


 誠が抱くヴィエルのイメージは、最初に会ったときの老人の姿だ。なので誠は全力で人違いだと主張するが、アーリンにそれが届いた様子はない。よほど誠に言われたことが頭にきて冷静な判断が出来ていないようだ。

 それを見て誠は(こいつ煽り耐性ゼロだな)と思わぬ弱点の発見を心に留め、再び走る。相手が範囲攻撃持ちなら、出来るだけ離れることが大志の援護になるはずと信じてベンチを飛び越えてアーリンの注意を惹く。


 「わざわざ距離を取るなんて余裕ね。今度こそ、その心臓を撃ち抜いてあげる」


 アーリンが踊るように体を旋回させつつ走る誠の方へ狙いを定める。右手に雷の力が集まり再び矢となり、弓に番え――。


 「こっちにも敵がいることを忘れちゃ困る。撃て、セイバー!」


 大志の命令に応えたがアーリンへビームを放つ。


 「くっ?」


 アーリンは矢を番えたまま、咄嗟に上空へ逃れる。それをチャンスと見た大志が更に追撃をかける・


 「逃がすな、セイバー!」


 土煙の中から姿を現したのは全長五メートルの人型ロボットだった。

 誠が小学生の頃に友達から借りたロボットゲームの分類でいえばリアル寄りの外見をしている。だが、いわゆる主人公機のようなスタイリッシュさはない。どちらかといえば、主役機が出揃うまでの繋ぎで活躍する量産機。それが誠の第一印象だった。


 このモブっぽいロボットこそ大志の相棒、ロボットアニメ大好きな彼が妄想逞しくして作り出した自分の代わりに戦う分身《アバター》である。


 カラーリングは全身が薄い緑色、右肩に赤色で勇者ギルドのシンボルである『輝石を握る手』が描かれている。

 頭部の目の部分はゴーグル型で右側頭部に通信アンテナが一本あり通信能力を高めている。全体的に装甲は曲面の少なく良く言えば武骨、悪く言えば野暮ったい姿はまさしく量産型の極という姿に仕上がっている。


 武装は右手にE《エネルギー》ライフル、左手に体を隠せる大型の盾、頭部に二門のバルカン砲、腰の両サイドに投擲型グレネードを一つずつ、両足にE《エネルギー》ミサイルランチャーを装備。

 さらに盾の後ろに小型のEミサイルランチャーを二基、手首部分に非実体剣Eエネルギーソードを格納し接近戦にも対応できるようになっている。

 

 大志の命令を受けてセイバーが盾を構えつつ、宙を舞うアーリンに向けてEライフルを続けざまに三発放つ。


 「ちっ、何だ、こいつはっ!?」

 

 誠の動きを追うのを諦めたアーリンが狙いを変更して空中で同時に三本放つ。その矢は狙い違わず自分に迫る三本の光線に命中、爆発し相殺する。だが、この程度の攻撃が防がれるのは大志の想定内である。


 「セイバー、ミサイル発射!」


 続けざまに出される大志の命令にセイバーの両足から計四つの光弾がアーリンへ向けて発射される。


 「ふん、そんな遅い動きで!」


 アーリンが嘲笑して悠々と弓を構え迎撃の姿勢を整える。

 Eミサイルは破壊力こそ大きい。だが速度は、先ほどのライフルの弾よりかなり遅い。案の定、四つの弾も難なく撃ち落される、が―――。


 「なっ!」

 

 Eミサイルが破壊されると薄暗い公園が強烈な閃光に包まれた。その閃光をまともに浴びたアーリンが大きな隙を見せた。

 セイバーは大志が自分の想像を元に生み出した分身ぶんしんだ。それゆえに、ある程度の制約はあるが機体と武器能力を状況によって素早く切り替えられる。

 この戦いの目的は単に相手を倒すことではない。だから大志はEミサイルを閃光弾にして相手の隙を作り無力化するチャンスを作り出した。そのチャンスを託されたのはもちろん――。


 「でやああああ!」


 「くっ!?」


 アーリンの背後に回り込んでいた誠が『ヴィエルヴィント』でアーリンに斬りかかる。むろん『ヴィエルヴィント』の出力を弱め殺さないように気をつけて、だ。

 だがアーリンは気配だけで『ヴィエルヴィント』の光の刃を『アーリントード』で受け止める。


 「おのれ、小賢しい真似を!」


 「人攫いをしている奴に言われたくない!」


 接近してしまえば矢は放てない。そして誠にはもう一つの切り札がある。


 『偽剣ぎけんヴィエルヴィント』。


 誠が『ヴィエルヴィント』を模して輝力で生み出した剣を左手に出現させ、それをアーリンへと突き出す。偽物であるが、能力は本物と遜色なく魔力を破壊する力はそのままだ。これでアーリンの魔力を散らし無力化できる――はずだった。


 「ふんっ!」


 突如、上から降ってきた衝撃は誠の二つの『ヴィエルヴィント』の刀身に直撃し霧散してしまった。


 「悪いな、邪魔させてもらうぜ?」


 誠が視線を上に向けると半裸で頭が弁髪の大男がニヤリと笑い、誠の胸を何も履いていない足で押し出した。


 「くっそ!」


 踏ん張りの利かない空中では抗う術がなく、誠は為す術もなく地上へと落とされてしまった。


 「大丈夫かい、誠くん!?」


 「大丈夫です!」


 何とか足から着地した誠の傍に大志が駆け寄り、セイバーが追撃を防ぐように誠の前に立つ。


 「ほほう、なるほど。お前らがこの世界の戦士というわけか。しかも、そっちの小僧が持っているのは……。おっと、そっちも新手か」


 宙に浮いたまま誠たちを見下ろしていた男が誠たちの後ろに目を向ける。


 「マコト、タイクーン、無事!?」


 「調査だと言ってたのに、何で戦闘始めてるんですか!?」


 結界を部分的に破り公園に突入してきたのは、本部で待機中だったメイリルと大志の応援要請で家から駆け付けた愛花の二人だった。

 メイリルは元の世界での正装であるローブ姿、寝起きの愛花は手近にあった学校の体操服を着て、両者その上にギルド支給の秘密結社の制服をイメージした黒のロングコートを着ていた。


 「いいねぇ、コイツは戦いがいがありそう……ん?」


 を楽しそうに誠たとぉ眺めていた男の目がある一点に釘付けになる。最初は驚き、それからすぐに何が面白いのか腹を抱えて笑いだした。


 「ふっ、フハハハハハハ! こいつは傑作だ、なぁアーリン! 『ヴィエルヴィント』と『アリエント』、ヴィエルとナイトゥの後継者が揃って俺らの敵となって現れやがった! ははは、どうやら死んだくらいじゃ俺らの因縁は切れないようだ!」


 男は紅い瞳を涙を浮かべながらゲラゲラと心底面愉快そうに笑っている。反対にアーリンの方は不愉快を通り越して殺気漲る瞳でメイリルを睨みつけている。その殺意は誠へ向けられていたもの以上だ。


 「ねえ、マコト、この人たちは何なの?」


 自分への不躾な視線に怯えた表情を見せたメイリルが誠の背後に隠れ上から見下ろす二人のことを聞いた。

 だが、その問いに答えたのは誠ではなく当の本人だった。


 「おっと、そういやちゃんと名乗ってねえなぁ。おい、アーリン、お前は名乗ったのかよ? ……ったく、ホントにお前は興味がない相手にはとことん冷たいよな」


 笑うのを止め、少しだけ顔を引き締めた男がスッと地面に降り立つ。アーリンも不服そうな顔をしながら地上に降りてきた。


 (アーリンが渋々従っているということは男の方が強いってことか? 確かにふざけているように見えて、まるで隙が無い。何より、俺たちを見下しているアーリンと違って油断がない。戦闘になったら厄介な相手になるだろうな)


 そんな誠たちの考えを見透かしたように男が大きな両手を頭の横で広げて誠たちに敵意が無いと示してきた。


 「そう警戒しなさんなって。俺たちは黒い怪物とは違う。だから戦うにしても段取りやルールが必要だ。そうだろう、そっちの恰幅のいい兄さんよ」


 男は四人のリーダーが大志だと見当をつけて話を振ってきた。どうやら洞察力もかなり高いらしい。


 「そうですね。俺たちとしてはあなた方が素性と目的を話し、それから拉致された人たちの安全と解放を約束してくれれば事を構える気はありません」


 大志がこの世界に生きる者として当然の要求を述べると、男は反り上げた後頭部をパンパンと叩きながら苦笑いを浮かべる。


 「ああ、まぁそうだな、そうなるよな。おっと、そう怖い顔をしなさんな。俺らが連れ帰った連中は無事だ。ただ今すぐ返すって約束も出来なくてな」


 ペラペラ喋る男に苛立ったアーリンがここで遂に感情を爆発させた。


 「いい加減にしなさい、! あの方に断りなく勝手に話を進めようとしないでちょうだい!」


 「おいおい、俺は別にお前らの手下って訳じゃねえんだぜ?」


 男が笑みを消した途端、周囲の空気が一気に張り詰めた。アーリンもバルドの静かな怒気にあてられ、顔が引き攣らせた。

 小うるさい仲間を黙らせてからバルドがまた笑みを作り誠たちに顔を向ける。だが、四人はその邪気のなさそうな笑顔を見て安心する気にはなれず、警戒を一層強め、いつでも動けるような態勢をとる。


 「や~れやれ、警戒させちまったか。まぁ、いい。話を戻すが、そっちの条件は承った。ただ俺もこいつも使われる立場だから、今すぐに返答って訳にはいかねぇ。だから、ちょいと時間が欲しい」


 一方的に喋り続けたバルドとアーリンの体が光に包まれ始めた。


 「そんな訳で今日はこの辺で引き上げさせてもらおうか。ただ一つだけ忠告しておくと、お前らの望み通りにはならんと思うぜ? それじゃ、またな」


 不吉な言葉を残してバルドとアーリンの姿が消え失せ、結界も解けて外の音が聞こえてきた。


 「あ~、とりあえず人払いの結界を張り直してから本部に連絡。壊された公園の備品を修復しなきゃな。愛花、悪いけど結界を頼む。俺は本部に連絡を入れるから」


 「ん、行ってくる」


 取り残された誠は、口に拳を拳を当てて考え込んでいるメイリルへと近づいた。


 「バルド? アーリン? そんな、まさか……」


 メイリルも相手の正体に気がついている。そう確信し誠は詳しく話を聞いてみようとするが、それより早く大志の通信が終わった。

 

 「二人とも、話は後にしよう。これから本部でチーフが話を聞きたいとのことだ。今日は徹夜だね、こりゃ」


 先ほどまでの緊迫感を消そうと大志がおどけて言うが、誠とメイリルの表情は晴れないままだった。

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光剣の勇者と神導の魔術師 ~輝石物語~ カエリスト @KERT

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